Ⅱ-Ⅰ 質問の答え ①
……遅いな。
俺は腕時計を確認する。時刻は午前10時半。
「約束の時間って10時だったよな」
約束を反故にするタイプでもないし何かあったんだろうか。
俺はポケットからスマホを取り出してメッセージアプリを開く。
するとそこには1件の新着メッセージが。
『(ちょっと遅れます(>人<)) 9:55』
気づかんかったわ。これは俺が悪いな。
でももう30分経つぜ。そろそろ来てもいい頃……。
「ごめーん!」
すると駅の方から声がする。
そちらを見ると長い金髪を揺らしながら向こうから走ってくる女性が。
半袖の白色ブラウスに、赤いひざ丈のヒラヒラしたスカート。
「準備に時間がかかっちゃって……って、佐和?」
「えっと、どちら様でしょう」
思わず聞き返してしまう。こんな女性知らない。知らない人コワイ。
「殴るわよ。私よわ、た、し」
そう言って、彼女はロングの金髪を両手で持ってツインテールを作った。
「柊木さん!? いや、いつもと雰囲気が違うから」
マジで気づかなかった。確かに言われたら柊木さんなんだけれども。
なんというか、髪を下すだけでこんなにも人って雰囲気変わるもんなんだな。
敗北感。身長の低さで気付けば良かった。
「なんか失礼なこと考えてない?」
うぐっ、鋭い。女の人って何でこんなに勘が良いの!?
「いやぁ、そんなことないって」
「ホントに? まぁ、別に何でもいいけど」
柊木さんはそう言って腰に手を当て、プイとそっぽを向いた。
そしてチラッとこちらに目配せをしてくる。
これはあれだろうな多分。
「それにしてもその服すごく似合ってるね。だからかな、いつもと違って見えたのは」
求めてたのはこれだろう。
その証拠に柊木さんはうんうんと頷く。
「70点てところね。期待してたより良かったわ」
……。
いかんいかん、ついイラッとしてしまった。短気は良くない良くない。
しかしだね、俺は言いたいのだよ。
碧依さんはだね、殺人級の笑顔で俺の褒め言葉を受け取ってくれたのだぞ。
正直俺は骨抜きにされたね。あぁ、見惚れましたとも。自慢して言うことじゃないかもしれんけど。
柊木さんだって笑えば可愛いと思うのに、ツンケンし過ぎると男から反感買うんだぞ。ある種の特殊性癖の方々を除いて。
「わー、及第点だー」
だから俺の返しは棒読みになってしまう。
いや、超上から目線に冷静に対処した俺を褒めて欲しいところだよ。
「不満なの?」
「うぐっ」
少し声を尖らせながら柊木さんが言う。
だからなぜそう鋭い。思わずうめき声をあげちゃったじゃないか。
「佐和って分かりやすすぎなのよ。じゃあこういう感じで言えば良かったのね」
ため息をつきながら、柊木さんは両手を後ろに回して組み、少し腰を折り、上目遣いでこちらを見た。
「ありがとう。佐和のために少し頑張っちゃった」
そしてテヘッと笑う。
これはヤバいやつだわ。
胸の鼓動が一瞬で早くなるのが分かる。
柊木さんってやっぱ笑うとめちゃくちゃ可愛いな。いや、笑わなくても美少女感はあるんだけれども、やっぱり笑った方が彼女の魅力が大きく引き出される。
灰本が惚れたのも今なら分かる気がするな。
「効果抜群って顔に書いてあるわよ」
すると、急にニタリとしたいやらしい笑みに変わった。
やべっ、ついその笑顔にボーっと見惚れしまった。佐和涼太一生の不覚。
「ふふん、ホント佐和って分かりやすー」
「うるせー」
やべぇ、ニタニタになってから段々うっとおしくなってきた。
そうだよ、柊木さんってこういうタイプなんだよ。
あぶないあぶない。一時の笑顔に絆されてしまうところだった。
「それよりも今日ってどうすればいいんだ? 俺何も聞いてないけど」
このままだと柊木さんのペースに持っていかれそうなので、話を本題へ戻す。
そうだよ、今日は柊木さんに買い物付き合えって言われたから来てるんだから。
「えっと、あそこの商業施設に行こうと思って」
柊木さんはちょいちょいと指さした。
「あー、最近できたやつ」
「そうそう。行きたい行きたいとは思ってたんだけど、タイミングがなくて」
何でも100店舗以上のお店とかが入ってて、休日ともなると家族連れやカップルなんかで大賑わいってテレビで言ってた気がする。
だから俺もちょっと行ってみたいなあと思ってたところなんだよな。
「どう?」
「いいじゃん。俺も気になってたし」
不安そうに尋ねる柊木さんに俺はそう返した。
すると、彼女はホッとした表情になる。
「良かった。じゃあ決まりね」
そう言って彼女が足早に歩き始めたから、俺は慌てて小走りで追いかけたのだった。
□ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □
「うわー、広いな」
商業施設に到着した俺たち。
中に入ると、ぶわっと開けた空間。冷房が気持ちいい。
天井も吹き抜けになっていて、開放感がある。2階以上はどうやらドーナツ型の通路に店舗がくっついてるタイプらしいな。
それで一番驚いたのはその広さ。東京ドーム何個分だろうか。
「そうねー。全部回れるかしら」
柊木さんも少しワクワクしたような表情でそう言う。
「えっ、全部回るの!?」
「全部回らないの!?」
何言ってんのこの人。100店舗以上だぜ。1店舗10分見て回るだけでも16時間以上かかるんですけど。
「うーん、そうね。よくよく考えると確かに全部回るのは無理かも」
どうやら、まだ彼女に理性は残っていたらしい。そうだろう、そうだろうともよ。
「じゃあ半分くらいかしらね」
「正気か!?」
思わず突っ込んでしまう。半分でも8時間だろうがよい。
「じゃあどうしろっていうのよ」
「いや、こういうのはさ」
俺はそう言いながら総合受付に向かう。
そこでパンフレットを2部取り、1つを柊木さんに渡した。
「まずどんなものを買いたいかっていうのを決めて、気になるお店をピックアップするんだよ。そうすると無駄に他の店回らなくても済むだろ」
「でも、気になるお店が一杯あったらどうするのよ」
「次の機会とかに来たらどう?」
今日回りきらなくても、次の休みの時とかに来ればいいんだ。
それまでのお楽しみとして取っておくのもまた一興ってやつじゃないのかな。
「次の休みっていつになるかしらね」
あ。
「あ」
あまりにも芯をとらえた一言に思わず、心の中と口に出てくる言葉が一致してしまった。
「あ、ってあんたね。これだから総務部初心者は」
初心者って、柊木さんもそこまで総務部経験長くないだろ。
経理担当ってことは元は経理部だった訳だし。確か去年だったっけかな、経理部が総務部に併合されたのって。
「まぁ、そのうち機会はあるよ。ほら、お正月とかさ――」
自分で言ってて悲しくなる。三が日まで俺ら休みないのか。
いやいや、俺の頑張り次第でせめて土日の休みくらいは勝ち取れるはずだ……多分。
「仕事、頑張らないとなー」
「頑張らないとねー」
楽しい休日だというのに、俺と柊木さんは遠い目で広いエントランスホールを眺めるのだった。
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