Ⅱ-Ⅰ 質問の答え ②
「つ、疲れたー」
俺は、3階フロアの喫茶店でテーブルに突っ伏した。
目の前に座る柊木さんは呆れたような顔でこちらを見ている。
無茶言うなよ、これだぜ。
俺は、両脇の紙袋の山を見る。そう、これはすべて柊木さんが購入したもの。
案の定持たされるのは俺。なにこの罰ゲーム。
「男のくせに体力ないわね」
そして慈悲の無い一言。泣いてもいいですか?
途中にお昼ご飯食べた以外休憩なかったんだから疲れるのも無理ないでしょ。
「ま、でも荷物持ってくれてるのは助かるし、ここは奢るわよ」
そう言って、柊木さんは近くの店員さんを呼んだ。
「コーヒーブラック、ホットで。あんたは?」
柊木さんはメニュー表を手渡してくれる。俺も軽く眺めるが、まぁ、コーヒーでいいわ。
「俺はアイスコーヒーで」
店員さんはサラサラと手元のメモに記載をしていく。
「かしこまりました。コーヒーのアイスとホットをお一つずつですね。アイスの方はミルクとシロップはどうしますか?」
「あ、お願いします」
「かしこまりました。少々お待ち下さい」
店員さんはそのまま軽くお辞儀をすると、奥の方へと歩いて行った。
「ってかこの暑いのにホットなの?」
俺はさっそく突っ込む。前々から思ってたけど、柊木さんってホットコーヒーしか飲んでないんだよね。
「温かい飲み物が飲みたいのよ。だってここちょっと寒くない? もう1枚羽織るもの持ってくれば良かった」
柊木さんはそう言いながら両腕をさすった。少しフルフルと震えている。
「もしかして冷房とか苦手なタイプ?」
「うーん、そんなにだと思うんだけど。ただここは効きすぎね。私自分の部屋では28度で設定してるから」
「あー、なるほど。だから会社ではいつもホット飲んでるのか」
俺は納得する。総務部の部屋の冷房も25度くらいで設定されてるから柊木さんにとっては寒すぎるのかもしれない。
「藍那が暑がりだからね。総務部の部屋の冷房管理してるのもあの子だし、上を羽織ったりすれば我慢できなくもないから」
「へー」
俺はちょっと感心した。
「お待たせしました。こちらホットコーヒーとアイスコーヒーになります」
すると店員さんがさっき注文した飲み物を運んできてくれた。結構早かったな。
「ごゆっくりどうぞ」
手早くテーブルの上に置くと、最後に伝票らしきものを俺の方へ置いて去っていった。
それを柊木さんは見送った後、伝票をさっと自分の手元へ移した。
「ホントにいいの?」
なんか申し訳なくて尋ねてしまう。今日こうなったきっかけはこっちから作ったようなものなのに。
「いいわよ。この後もじゃんじゃん働いてもらわないといけないし」
柊木さんはそう言ってコーヒーを口に含んだ。
え、なに? これで終わりじゃないの? まだ買うの?
これからの重労働に辟易とするけれど、まぁ、それならばご相伴にあずかることにしようか。
「じゃ、いただきますで」
俺は、一緒に持ってきてもらったミルクとシロップの封を開け、コーヒーの中へ入れる。
「佐和はブラック派かと思ってたけど」
不意に柊木さんが尋ねてくる。
「ブラックも飲むけど、どっちかというとミルクと砂糖は入れる派だな。甘いものとか結構好きだし。柊木さんは甘いものとか苦手なの?」
俺はストローでコーヒーをかき混ぜながら答える。カランカランと氷が良い音を立てた。
「苦手って訳じゃないし、むしろ私も好きなほうなんだけど――」
「なんだけど?」
俺が尋ねると柊木さんはもごもごと口ごもる。
そんな言いにくいことなのか?
しばし疑問の目線を向け続けていると、柊木さんはため息を一つついて、口を開いた。
「太るじゃない」
ぼそっ、蚊の鳴くような声でつぶやく。
柊木さんこんな華奢な体で体重気にしてたのか。
「別に気にするほど太ってないでしょ」
むしろ、もう少しくらい肉付けてもいいのでは? とも思ってしまう。特に胸の辺りとか。
「あんた今胸見ながら……」
「気のせいです」
「そのレスの速さが余計に怪しいけど」
くっ、思わず油断して彼女のこの勘の鋭さを忘れていた。女性は特に男の視線に敏感とも言うし。
そこで俺は笑顔で柊木さんを見続ける作戦に出た。ここで目を逸らすといった挙動は愚行であると、碧依のそれで学んでいる。
そして、だんまりのまま見つめあうこと数秒、「まぁ、いいわ」と柊木さんが諦めた。よしっ、上手くいったぞ。
□ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □
その後、俺と柊木さんは30分ぐらい雑談をした。
そんでもってそろそろ場も温まってきたと思い、俺は本題を切り出すことにした。
「そういえば、柊木さん。そろそろ約束のお答えをいただきたいと思っておるんですが」
「約束? 何それ?」
柊さんは、まるで初めて聞きましたみたいな顔でこちらを見る。
「柊木さんに好きな人が居るのか居ないのかって話だって」
「違うでしょ! 彼氏が居る居ないの話だったはずよ!」
「ちゃんと、覚えてんじゃねーかこんちきしょう」
柊木さんはしまったといった顔で固まる。
こいつ、しらばっくれるつもりだったのか。これはちょっとばかり言い間違ってしまった自分で自分を褒めたいな。ファインプレーだ俺。
「ふん! いいわ、教えてあげるわよ」
柊木さんは少し悩んだ末、不貞腐れるように両腕を組んだ。
「居ませんけど何か? どうせモテないわよ、悪かったわね!」
そして柊木さんはそっぽを向いてしまった。あーあ、怒っちゃったよ。
え、何? これ俺が悪いの? 超面倒くさいんですけど。
どうやって返答しようと思っていたら、柊木さんはぐいとコーヒーを飲み干して立ち上がる。
「さ、気が済んだでしょ。まだまだ買い物あるんだからしっかり働きなさいよ」
そして、伝票をわしっと掴むとズンズンとレジのほうへ歩いて行ってしまった。
多分これ、前半戦の倍は働かされるな。俺はそう感じながら柊木さんの後を追いかけていったのだった。
~ とある男同士のやり取り ~
* * * * * * * * * * * * *
灰 本
既読 14:19(はいもとー。こないだの話しな)
既読 14:20(柊木さん彼氏いないってよ)
〇(ホンマに!?よっしゃー) 14:25
〇(どうやって聞いたん?) 14:26
既読 14:33(さっき本人から聞いた)
〇(さっきって、メールで?) 14:34
既読 14:35(いやいや)
既読 14:35(今、駅前のモールに2人で来てて)
既読 14:36(休憩がてら雑談の中で聞いた)
〇(は?2人で?) 14:37
既読 14:38(おう)
〇(ほな、横に居てんの?) 14:39
既読 14:39(今は居ない)
〇(どゆこと?) 14:40
既読 14:41(さっき下着買いに行った)
〇(くぁwせdrftgyふじこlp;@) 14:42
14:43(どしたwww)
14:45(灰本?)
14:55(おーい)
* * * * * * * * * * * * *
「お待たせ。誰かとメッセしてたの?」
「ああ、うん、ちょっとな。それより良いものあった?」
「良いものって言ってもその辺のと変わりないけどね。お父さんから頼まれてた下着のシャツ」
「それもそうか」
「はい、じゃあ荷物持ちよろしく」
「……、うっす」
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