Ⅰ エピローグ
「俺、朱音さんが好きでした」
窓側の席からゆっくりと流れる景色を眺め、俺は今朝の出来事を思い出していた。
「むにゃむにゃ。私、頑張るね~」
隣に目をやると俺の肩を枕にしている碧依が、何やら口をもごもごとさせて寝言を言う。
「ったく。どんな夢を見てるんだか」
そんなだらしない表情をしている碧依が面白くて、思わず笑みがこぼれる。
結局山から下りた俺たちが碧依の家に到着した頃には、朝ごはんというには遅い時間だった。
だけど碧依が鼻息を荒くして「朝ごはん作るから待っててね」と言うもんだから、外食でいいじゃんとも言えず。
結果としてめっちゃ美味かったんですけどね。いや、碧依可愛い補正とか抜きにしても。
ただ、電車の時間もあったから、適当にお風呂だけ済ませてそのまま寝ずに駅へ向かった。
それで寝不足だった碧依が発車早々ぐーすかぴーと寝始めたのだ。
俺も寝たかったけど乗り過ごすわけにもいかないし、こうして外の景色でも眺めて気を紛らわしている。
まぁ、肩に寄りかかる子のせいで目が冴えているという理由もあるけど。
それに、俺には今朝の出来事で少し……というか大分喉元に引っかかっていることがあった。
なんで、碧依はあんな嘘をついたんだろう。
そっと碧依に目を向ける。
「すぴぃ」
ほんと気持ちよさそうに寝てるな。
碧依は昔から嘘をつくときにとある癖がある。
それが鼻をポリポリと掻くというもの。だけれどこれは昔俺が指摘したことがあるから、それからあまり見なくなった。
でも、もう一つ。碧依には分かりやすい癖がある。
それは目を見て話をした時、嘘をついていると碧依は必ず目を逸らす。
多分だけど、碧依はめっちゃいい子だから嘘という罪悪感で目を見て話せなくなるということだろうなと俺は推測している。
だからあの時も、
「なぁ、碧依。お墓から今までのことって覚えてるか?」
と聞いたときに碧依は、
「ごめん。何でこんな状況になってるのか正直分からないんだけど」
と目を逸らしながら答えた。
これが嘘ならば、碧依は全てを覚えているということになる。
でもそれだけじゃ確信しきれなかった俺は、そのあと少しばかり罠を仕掛けさせてもらった。
「ったく、朱音さんには振られちゃったし。やけ食いだぜ!」
「そうだね。でも涼太君には私が居るでしょ!」
なぁ、碧依。
なんでそこで俺に聞き返さないんだ?
えっ、振られたの? とか。
えっ、告白したの? とかさ。
だって、俺は朱音さんに告白したとも、振られたとも一言も碧依には話してないんだから。
俺はこの時に確信した。碧依は全て覚えてるいると。
何で覚えてないって嘘をついたんだろうか。
そこで一つの推論に達する。
あの時の朱音さんは全て碧依の演技ではなかったのかと。
正直信じたくはないけれど、碧依の性格を考えればしっくりとくる。
優しい碧依のことだ。俺の朱音さんに対する想いに気づいて、ああいった場を用意してくれたのかもしれない。
すっかり騙された俺だけど、でも妙にリアリティがあったんだよな。
顔は姉妹で似ていることもあるけれど、最後の方なんて今思い出しても朱音さんとしか思えない。
そしてもう一度碧依を見る。
「むにゃむにゃ」
あー、いちいち可愛いなもう。
この寝顔を見ているとそんなことなんてどうでもよくなってくる。
だけど、仮にだけど、朱音さんが碧依だったとして、俺ってめっちゃ恥ずかしいこと言ってたんじゃないか?
起きたとき確認するか? だけどそれはせっかくの碧依の厚意を無駄にするのと同じだし。
ああーっ! と俺は頭を掻く。
「ったく。お前のせいだぞ碧依」
つんと碧依のほっぺたを突っつく。
「ふにゃん」
すると、まるで猫のような撫で声で返事をした。
思わず恥ずかしくなって、窓の方を向いてしまう。
……。
ま、いいか。とりあえず今のところは保留にしておこう。
あれこれ考えても仕方ないし、碧依も覚えてないって貫き通しそうな雰囲気だし。
事の真相は、もしかしたら時間がたてば自然と碧依の方から話してくれるかもしれないし。
だから今は。
俺はもう一度碧依の方へと向き直る。
そしてもう一度ほっぺたをつんつんと突っついた。
「ふにゅ~」
この可愛い生き物を愛でることで、もやもやした気持ちを紛らわせることにするか。
第 Ⅰ 章 ~ 終 ~
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