Ⅰ-ⅩⅣ あの日と同じ星空の下で ④
「俺、朱音さんが好きでした」
不意な一撃だった。
何とか私がお姉ちゃんだと思い込ませることには成功した私は、お姉ちゃんから聞いていた話だけを基に涼太君と思い出話をした。
お姉ちゃん何かあったらすぐに私に教えてくれてたから、思いのほか涼太君の話に合わせることは簡単だった。
このまま何事もなく話をして終わるのかなと思っていた矢先の出来事だった。
「ずっと、ずっとずっと好きでした」
覚悟はしていた。というか私がお姉ちゃんの振りをしたのはもともと涼太君にこの話をしてもらうため。
そして、お姉ちゃんへの想いを断ち切ってもらうためだ。
だからこそ私はこう返答をする。
「ありがとう。でも、ごめんね。私は涼太の気持ちに答えられない」
振りだとしても、好きな人を振るという行為に胸が痛む。
その言葉がお姉ちゃんでなく私に向けられたなら喜んで受け入れるのに。
「いいんです。俺の気持ちにケジメをつけたかっただけですから」
「ケジメ?」
「はい。いつまでも朱音さんを引きずったままじゃだめだなと思って。でもこれでやっとスッキリです」
そして、涼太君は満面の笑みを浮かべた。
「素敵な恋を、ありがとうございました!」
思わず泣きそうになる。その言葉が、その笑顔があまりにも切なすぎて。
だけど泣いちゃだめだ。お姉ちゃんなら、お姉ちゃんなら!
「ふふっ。どういたしまして、ていうのも変かな」
きっと笑うと思うから、だから私もそうする。
すると、段々と辺りが明るくなってきたのが分かった。
「もう、こんな時間……」
日の出だった。
続けようと思えばこの後も続けられるけれど、当初の目的は果たしたから。
だからそろそろお姉ちゃんの幻影とはお別れだよ。
「そろそろ、本当にお別れだね」
涼太君の顔色が変わる。
何か言いたそうだけど、口を真一文字に結んで耐えている。
これ以上、先伸ばすのは涼太君が可哀想だよね。
「じゃあね、りょう――」
私が言いかけた時だった。
「嫌です」
「え?」
思わず聞き返してしまった。嫌ってどういう……。
「逝かないでください」
「……」
「俺はっ……、まださよならなんてしたくないですっ!」
一瞬何が起こったのか分からなかった。
目の前から涼太君が居なくなったと思った途端、鼻孔をくすぐったのは涼太君の香り。私の体に伝わる涼太君の温もり。数秒して抱きしめられたということに気づいた。
「りょ、うた?」
思わず涼太君と言いかけた『君』のところを飲み込む。
咄嗟の出来事で碧依としての自分が出てきそうになるのを必死で食い止めた。
そして思考を涼太君の発言へ向ける。
さよならなんてしたくない。
――無理だよ。だって、私は碧依であってお姉ちゃんではないんだから。
「昔みたいに、また3人で遊びたいです」
「うん」
できないよ。
「お酒も一緒に飲みたいです」
「うん」
無理なんだよ。
「もっと話がしたいです」
「うん」
もう、やめてよ。
「だから……」
「うん」
お願いだから、これ以上は――。
私の両肩が徐々に何かで濡れていくのが分かる。
ごめんね。そろそろ碧依に戻らせて。
私も……、辛くなってきちゃうから。
「逝っちゃ、嫌ですよぉ……」
涼太君っ!
ぐっと、胸が重くなる。
「涼太、ありがとう」
私はそう言って、涼太君を強く抱きしめた。
不思議とドキドキはしたりしなかった。ただ、愛おしいものを包み込む感覚っていうのかな、それに近い。
「私を好きになってくれてありがとう」
考える前に言葉が口から飛び出した。
言った後で気付く。今のって、私が言ったの?
戸惑う私は何故か笑っている。さらに、私の感情とは裏腹に、頬を一筋の涙が伝った。
何で私は笑っているの? 何で私は泣いているの?
「私のこと忘れないでね」
頭の中はぐちゃぐちゃだった。何がどうなっているのか分からない。
だけど、意思に反してに口は動き続ける。
これは私の言葉なんかじゃない。だったら一体誰が……?
お姉ちゃん?
「さようなら」
その言葉と同時に、何か胸の中からスッと抜けていくのが分かった。
お姉ちゃん? お姉ちゃんなの?
すると、途端に体が動かなくなり、私は涼太君の胸へ倒れこんだ。
「あ、朱音さん?」
涼太くんが涙声で私に尋ねる。
「涼太……君?」
数秒の後、徐々に戻ってきた体の感覚を確かめながら、わずかに動く口で私はそう言った。
「碧依なんだな」
その声は安堵と落胆が入り混じったような切ないものだった。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆
その後何とか私の体は動くようになった。
その間ずっと涼太君の胸を貸してもらったままだったから、すごく恥ずかしかった。でもごちそうさまでした。
「碧依、その、なんだ……。大丈夫か?」
ゆっくりと体を動かす私を気遣うように、涼太君は声をかけてくれる。
「う、うん」
どう答えていいのか分からない。
そして涼太君は間髪を入れずに尋ねてくる。
「なぁ、碧依。お墓から今までのことって覚えてるか?」
涼太君は真剣な表情だった。
思わず私は視線を逸らしてしまう。
「ごめん。何でこんな状況になってるのか正直分からないんだけど」
そして、鼻を掻きそうになるのを必死で我慢した。
これは昔涼太君に指摘された嘘をつくときの私の癖だ。
だから、嘘だとバレないように必死でこらえる。
「そうか」
涼太君は何かを考える仕草をした後、すごく落胆した表情でそう言った。
そして涼太君はお墓からここに来るまでの経緯を簡単に説明してくれた。
お墓から歩いて山までやって来て、そこから登って頂上に着いて、私だと思ってたらお姉ちゃんでっていう具合だ。告白したとかそういうところは省いていたけど。
「そう、なんだね。でも、良かった涼太君ちゃんとお姉ちゃんと会えたんだ」
よくこんな酷い言葉が言えたものだと自分が嫌になる。
涼太君が喋っていたのはお姉ちゃんじゃなくて、演技をしていた私だというのに。
「そうだな。全部碧依のおかげってところかな」
ハハッと笑って、涼太君は「ありがとう」と言ってくれる。
胸が痛くなる。私はお礼を言われることなんて何もしていないのに。
「もう朝だね」
だから私は辛くなる前に話題を逸らす。
「だな。そろそろ降りるか」
そう言って、涼太君は私に手を差し出してきた。
無言で私はその手をとる。
ほのかに胸に温かい感情が込み上げてきた。
これで、涼太君と手を繋ぐのは何度目だろうか。
「さてさて、腹も減ったし。ってか俺たち結局何も食ってなかったな」
「だねー」
私もお腹はペコペコだ。睡眠欲以前に食欲が沸いてくる。
「ったく、朱音さんには振られちゃったし。やけ食いだぜ!」
うがーと涼太君は空元気を振りまく。
さっきとは打って変わってもう大丈夫そうかな。
「そうだね。でも涼太君には私が居るでしょ!」
ここで私の存在を涼太君にアピールしておく。
いつまでもお姉ちゃんの影ばっかり追ってないで、少しは私も見て。そう意味を込めて。
「そうか……だよなー!」
涼太君はニカッと笑ってギュっと私の手を握った。
思わずドキッとしてしまう。
「えっ、えっ!? 涼太君?」
「じゃ、碧依の家に向けて出発!」
ぐいぐいと私の手を引いて涼太君は歩き出した。
ちょっと、涼太君。今の返事の意味を詳しく教えてくれないかな!?
そうは思うけど、素直に聞けない私も相当ヘタレだね。
はぁ、とため息一つ。そして道中で最後の現象について思い出す。
あれは、やっぱりお姉ちゃんだったんだろうか。
最後だけは私の演技じゃない。勝手に口が動いていた感じだから。
涼太君の言葉に反応して、お姉ちゃん帰って来てくれたのかな?
だとしたら。
ありがとう、お姉ちゃん。
心の中で感謝する。
涼太君に会ってくれてありがとう。
だからここからは私が頑張らなくちゃいけない。
振り向かせるためにはより一層の努力が必要だよね!
『碧依、頑張って』
不意にそんな言葉が聞こえた気がした。
気のせいかな? ううん、多分気のせいじゃない。
お姉ちゃんはきっとどこかで見てくれてるんだと思う。
だから。
「私、頑張るね!」
「どしたんだ碧依?」
急に大きく声を上げた私にびっくりする涼太君。
私はそれに答えず駆け足で涼太君の前へ出た。
「早く行くよ!」
そして彼の手を引いた。
手始めとして、彼の胃を掴むことからスタートしよう。
『朝ごはん大作戦』の決行だ!
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