仮初めの遺書

第2話 ……ハイ、ありがとうございます

 その少女は殺風景な部屋の真ん中で正座をさせられ、彼女の周りを大学生くらいの若い男たちが5人程、囲んでいる。いずれも裸身であった。


 少女の方は、まだ二十歳に届かない童顔の持ち主である。

 ただその顔には、整合性の取れた美しさはなく、人に醜さを思わせるための細工が篭められている。


 謂わば人の悪意の射程にある――つまり充分に差別する価値のある顔である。


 少女には不規則に身体中を殴られたような形跡がある。宛らその痣や腫れは、不細工に散りばめられた赤と青である。



 少女は身体をビクビクと震わせながら怯えていたが、どういう訳か無理に歪んだ笑顔を作り出していた。

 少女の瞳からは涙がとめどなく溢れ出していて、拭う努力を無駄にするほどであるのに、どういう訳か彼女は笑っているのである。


 男達は少女の乳房を掴んだり、陰部を弄ったり、頭を叩いたりしていた。少女は自分の身体にありふれた地獄を受ける度に、不可解にお礼を言いながらペコペコするのである。



 やがて男達は身体を乗り出して、少女を羽交い絞めにすると、その下半身にあるものを彼女の口に押し付けて咥えさせたり、陰部に挿入したりした。


 やがて裸の男達とは別に、一組の男女が現れた。二人は少女が犯される様子を笑いながら眺めている。

 備え付けられた地獄が彼らの笑顔を悪質なものに変えていた。その内に、女の方が少女に向かって話しかけた。



「あなたは相変わらず醜い人ですね」

「……ハイ、ありがとうございます」

「あなたの醜さの前では、誰だって自分の醜さを忘れられるでしょうね」

「……ハイ、ありがとうございます」


 少女は女に貶される度に、泣きながら礼を言った。女は頷くと満足したような顔を浮かべた。


「私はあなたが来るのをずっと待っていたのです。私を殴る人はいても、私が殴れる人はいなかったのです。私はいつも殴られてばかりなのでした。ええ、殴られておりましたとも。晴れの日も雨の日も日課のように。だからね、私より弱い人が来るのを待っていました。そして来たのですよ、弱々しいあなたが」


 女はそう言うと、少女を指差して高らかに声を上げた。


「よっ! 待ってました!」


 その言葉を聞いて、男の方がクスクスと笑い出した。女は気を好くして更に続けた。


「こう言っちゃなんだけど、あなたはいかにも殴られにこの世にきた感じの人なんです。私はあなたが来るのをずっと待っていましたよ。とうとう私もこれで苛められっ子から苛めっ子に格上げなんです。


 私、初めて人を殴りました。その時ね、私、あなたに負けたなあって思ったんです。ねえ、無惨って美なのですか?  あなたって、とっても虐げられるのがお上手ですよね? 


 殴られる為の姿勢とか、殴られる為の怯え方とか、本当にあなた、お上手ですね? どこで習ったんですか?  


 ああ、どうしてそんなに魅力的なんですか? それじゃあ、殴らないといけないみたいじゃないですか? そうしないとあなたに悪いみたいじゃないですか? 

 泣いているのは嬉しいからですか? やれと言うのですか? そうですか、それは困りました。わたし、もう手が疲れてきましたよ」



 女はそう言いながら、犯されたままの少女の頭を叩き始めた。すると少女は苦痛に悶えながら咽び泣くのである。


 やがて今度は男の方が女と同じように少女を指差し、彼女に向かってどこか落ち着いたように話しかけたのである。


「僕はあなたのことを愛している筈なのに、どうしてあなたから自分の嗜虐性を引き出されてしまうのか悩んでいたのです。


 そして僕は思ったのですよ。神とは苛められっ子のようなものなのではないかと――僕もあなたと同じように、昔は苛められっ子だったのです。


 しかし、或る時を境に苛める側に回ることが出来たのです。苛められっ子は苛める側になった時、恍惚を得るものです。


 何故かといえば、苛めっ子になった時、初めて僕は孤独ではなくなりました。人を苛める為には、仲間が必要であることがその時に解ったのです。それは一つの同志です。そしてあなたを苛める為の友達ができました。それが彼らです。


 人を苛めるということは、苛める相手を信仰することなのです。もし僕があなたと一対一で遣り合うなら、それは依存です。愛ではないのです。神とは生贄のことです。人は本来、神を踏みつけて信仰するものだと僕は思ったのです。


 踏みつけるものとは人が醜いと呼ぶものです。人は自分よりも醜い相手を見ることによって、幾らか自分の身の上が浮かばれたような気がするものです。つまり人は醜いものを見ることによって、己の美を自覚出来るのです。だから醜いものは尊いのです。


 僕は孤独の中でもきちんと人間は見ていました。寧ろ、孤独の時の方がよく解るのです。いえ、実は孤独ではなかったのです。僕は反対に皆から崇められていたくらいです。苛められっ子としてね。


 ああ……僕はもう、どこにでもいるただの人間になってしまいました。あなたを見つけた時、とても僕のようなつまらない神の出る幕ではないと思ってしまったのですよ。だから神を辞めたのです。あなたは女神様なのです」


 そこまで男は言い切ると、次に女の方を指差した。

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