第283話 旅程4

信じられない……

こんな偶然があるだろうか?

お世辞にもここは八城が通っていた高校から近いとは言えない。

それに、八城の知る限りでは看取草は東京から通っていた生徒だった筈だ。

にも拘らず学友である『看取草紫苑』は今八城の目の前に確かに居る。

「なんでお前がこんな所に……」

「八城!八城!八城!八城!八城!怖かった……私ぃ怖かった……」

感染者に襲われていた緊張が解け、八城へ取り縋り泣き始めそうになる看取草を背中に庇いながら八城は後ろから来ていた一体の頭を振り向き様に斬り飛ばす。

「悪いが、再会の挨拶は後だ!奴らが来る!」

看取草が大声を出したせいか?

……いや、生きている人間が二人も居れば感染者が集まって来るのは当たり前だろう。

早くこのデパートを脱出しなければ状況は悪くなる一方なのは確かだが、その為にはここに取り残されている人間を救出しなければならない。

「看取草、この建物の中にはお前の他にまだ生き残りが居るだろ?そいつらが今何処に居るか見当はつくか」

店内の状況は八城が想像していた三倍は悪い。

このままではあっという間もなく、八城と看取草は感染者の餌となるだろう。

焦る気持ちを押し殺しながら尋ねると怯えた表情の看取草は上の階を指差した。

「三階の医薬品売り場に行くって言ってたから……多分三階にいると思うけど……」

歯切れの悪い看取草の言葉通りならやはり雛が見たのは三階に立て籠った人間という事だろう。

だが今の看取草の言葉で何より重要な事が分かった。

取り残された人間の目的は『医薬品』

という事はという事は『朧中学』は機能しているという強い確証が得られたという事だ。

戦場の直中に物資調達に来る人間の具合が悪い訳が無い。

それはつまり、何処かの場所に具合の悪い人間が居るという事だ。

そしてその候補として最も確立が高いのは、言わずもがな避難所として使われている『朧中学』だろう。

「でも八城!三階にはあの化け物がいっぱい居るんだよ!ここから三階に上がるなんて無茶だよ!」

「無茶でも何でも俺はやるしか無いんだ。死にたくなかったら俺から離れるなよ」

八城は看取草を守りながらどうにか二階フロアを走り抜け、奴らの多い階段を避け、二階フロアと直結している立体駐車場への扉を開こうとして看取草が八城の伸ばした手を止めに入る。

「開けちゃダメだよ八城!そっちは外と通じてるから!内側に居る奴よりもっと数が多いの!」

「大丈夫だ、むしろ外と通じてるなら、あの馬鹿女がどうにかしてる筈だ」

確証はない。

だが一華の事だ、何かしら手を打っていると信じるしかない。

八城は意を決して看取草が掴んでいた手を解き、勢い良く立体駐車場に通じる扉を開ける放つ。

「……あれ?……なんで、あんなに数が多かったのに……」

そこには極端に少なくなった感染者がチラホラと歩いているだけだ。

予想していた数と合わない感染者の数に愕然としている看取草を引っ張り、大回りをしてロータリーを駆け三階の駐車場へと駆け上がると、そこには未だ多くの感染者がひしめいていた。

「結局そこまで上手くはいかない訳かよ、クソったれ……」

数は二十体前後だろう。

さっきは看取草が居らず、通路が狭い事で数をどうにかする事が出来たが、この数にこの立地、加えて看取草を守りながらでは間違いなく八城の方が餌食になるだろう。

「看取草、俺の後ろについてろ!もし俺がダメそうなら自分の判断で構わず逃げろ!」

一人で走り抜ける隙間は……ある。

だが今の八城の技量ではこの数を全滅させるのは不可能だ。

なら取るべきは一つだ。

ここまで来るのに散々に経験して来た囮役

せめて彼女と扉向こうに居るであろう逃げ後れた人間が逃げられる時間は稼ぐだけだ。

最悪この場で看取草さえ生き残れれば、避難所である『朧中学』へ入る事は出来るだろう。

迷っていられる時間はない。

合法の麻薬で依存性があるとかなんとか一華は言っていたが、全ては命あっての物種だ。

見て知っている訳では無いが、一噛みでも受ければその場で八城の人生は呆気ない終わりを迎える。

目の前に広がる数の暴力に、このままでは誰も助からない。

なら今は、迷いは捨てるべきだ。

野火止一華が使えると言ったのなら、それはきっと真実だ。

野火止一華は嘘をつかない。

なら嘘をつかない一華の言葉を信じるしかない。

八城は手渡された丸薬を噛み、躊躇う事なく一息に……


飲み込んだ。


喉を通る砕けた破片と口の中にクセになる甘い味が広がり……

ゆっくりと意識が切り替わる。

最初に来たのは気分の高揚。

そして死への恐怖が消えた。

次いで、陶酔にも似た快楽が背筋を駆けて腕を巡り、自らの意思とは関係なく刃を一閃に振るわせた。

大きな余韻と、燻る感情に乗せて一刀振り抜いて……

たったそれだけで、今までの世界の見え方全てが違う事を理解出来た。

「ハハッ!これは凄いな!最高の気分だ!」

劣情のままに一体、欲望の赴くままにまた一体とこれまでの戦いで学習した全てを踏襲して八城は常人ならざる早さで身体を動かしていく。

状況に八城の身体が最適化されていくと言った方が近いかもしれない。

そして気付けば、八城は周辺に居た23体を全滅させていた。

ただ足が遅いだけ。手を伸ばし飛びかかって来るだけしか能がない相手など、戦いに最適化された八城の相手にはならない。

八城が構える豪奢な設えの日本刀の血みどろに濡れた切っ先から滴り落ちるのは全て奴らの体液だけだ。

見知った八城の手先と学生服は、看取草が見た事が無い程に真っ赤に染まり切っている。

「俺が囮になる必要もなかったな……」

看取草はその場から一歩たりとも動いていない。

何故なら八城が目に映る全ての敵を片づけたからだ。

駆け引きも、作戦もない。

ただの暴力で八城は数の暴力である感染者の全てを蹂躙してみせたのだ。

八城は戦いが終わった物足りなさを荒い息で整えて刃を鞘に納める。

そして、後ろに座り込んでいた看取草に手を差し出した。

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