第258話 根城26
「しっかし、本当に頑丈だな……」
確実に入ったと思われた八城の渾身の一撃はクイーンの外皮を覆う楯鱗の前に成す術なく表面を滑って行く。
分かり切った一撃だったのだが、クイーンの内部の首を粉砕するには至らず、クイーンは目の前の菫を気にした様子はなく拉げた首を不気味に曲げて八城へと振り返った。
「桜は横から!紬はコイツの目ん玉にありったけの弾丸をプレゼントしてやれ!それから菫!そっち側からとびっきりの一撃で頼む!」
八城に気を取られているクイーンへ放つ絶好の機会。
「了解なの」
握る刀の記憶に燻るおぞましさを踏みしめて、菫の知る中で最も信用に値する記憶を絞りだす。
自身の命を守る為の最も新しく、無食の妹としての最後の記憶。
見も知らぬ、自身の生まれた大学構内で初めて見た八城の顔を菫は今も鮮明に思いだす。
握りは軽く
地を蹴る足の接地は重く
腕だけ振るのではない、身体で振るう。
一歩、そして――
「頑丈だからって、余所見は禁物なの」
彼女が振るった量産刃からは、風切り音さえ聞こえない
ただ、うねるような技の冴えは八城と全くの同質でありつつも、その体躯から放たれるには全くの異質。
赤髪が大きく揺れ、八城が放ったのと全く同じ箇所に続け様の一刀は、確かにクイーンの外皮を貫いた。
「若干ってところだが、これでも駄目か……」
八城が思わず零した乾いた笑いの先に、クイーンは何を気にした様子もなく立っていた。
確実に菫の一撃はクイーンの外皮である絶対の鎧である楯鱗を貫いた。
だが、それは貫いただけだ。
「おいおい……こりゃあいよいよどうしようもないな」
八城が呟いた先で、菫が貫いたクイーンの楯鱗が直ぐさま修復されていく途中に紬はクイーンの眼球へ二発正確無比に打ち込んでいくが、それすらクイーンは直ぐさま再生してみせるのだ。
「駄目、これじゃ埒があかない。八城くんこの後はどうする?」
尋ねる紬に八城は鬼神薬がまだ残っている頭で方法を考える。
巨木の脇に立つ人の姿を象ったクイーンは全ての命を吸い取った分だけ再生を続けているのかのように揺るぎない。
満を持しての一撃をたったの数秒で全てを完治してみせるのだ、そして向こうからの攻撃はその全てが感染を伴った致命傷に他ならない。
どうする……
倒せるだけの、方法がない。
ここで逃げれば、進化を遂げたクイーンが今後どんな動きを見せるか分からない以上、野放しにする事は最悪の悪手だ。
それに、このまま撤退すれば、結局ここに生き残った数少ない子供の生活も守れない。
であるなら、この戦いの意味がない。
「このまま全員で掛かってもじり貧だ。ここからは俺が一人で仕掛ける、お前らは俺が時間を稼いでる間にクイーンの弱点を見つけ出してくれ。それから……テル!」
「了解っすよ!」
合図と共にテルが投げて寄越した量産刃を受け取り、八城は刃が欠けボロボロになった量産刃を投げ捨て、新たな量産刃を構え直す。
「保って二分だ、それまでに見つけてくれよ」
言い残し八城は、誰よりも前に躍り出た。
新緑と紅葉の入り乱れた雑林で、何かを口遊むクイーンはあまりにも美しい女の姿をして、八城を出迎えた。
見目麗しいとまではいかないだろう。
主観的ではあるが、見てくれだけで言うなら時雨の方が優れている様に思う。
だが、纏う雰囲気、表情、立ち姿……
それら全てが超然的なまでに完成されている。
まるで人間では有り得ない程に……
「服ぐらい着ろって言いたい所だが、今日ばっかりは俺の特役だな」
八城としては話し掛けたつもりだったのだが、当然の事ながら返事はない。
ただ、クイーンが上機嫌に口遊む穏やかな音色だけは途切れる事なく続いているのを、八城は心底不気味に思うのだった。
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