第259話 根城27

今すぐにでも仕掛けるか?

いや、無策のまま迂闊に近づけば鬼神薬効いているとはいえ、八城が完全不利には違いない。

いつ仕掛けるかのタイミングを八城が計っていると突然クイーンの鼻歌が途切れ、瞬間八城も反射的に量産刃を振るわせた。

八城が欲しいと手繰り寄せて来るクイーンの手のひらを弾き、人の形をした腕の関節を強引に圧し折る。

それでも勢のままに噛み付こうとしてくるクイーンの口に腰に差してある量産刃の鞘を押し込み口の中を掻き混ぜるようにクイーンの顔面を無理矢理に地面へ押し込んだ。

最早動作の読み合いではない、それは純然たる速さ対速さのぶつかり合いだ。

遅れた方が攻撃を食らう。

そんな単純明快なルールに支配された戦場だ。

このスピードに人の姿でついて来られるのは、菫と鬼神薬を服用している桜ぐらいのものだろう。

だが、そんな桜から見ても八城の動きは常規を逸していた。

「すっ……凄い……あんな動き、人間業じゃありません」

一撃が人間をバラバラにしてしまいかねない豪腕の雨を八城は一撃たりとも食らう事なくいなし続け、間隙の合間に鋭利な一撃を叩き付ける。

それはつまり、たった一人という戦力と頼りない量産刃一本のみでクイーンを足止めしているという事に他ならない。

紬とテル、そして桜の三人掛かりでようやく押しとどめたクイーンを、八城はたった一人で押し返している様にすら見える。

まさに、異様としか言い表す事は出来ないだろう。

「アレが、隊長の実力なんですね……」

あまりにも遠過ぎる、鬼神薬を用いたとしても遥か遠く。桜では実力が及ばない。

手に届くなど思うだけで生温い。

隣に立つ事すら烏滸がましい程に今の八城は強過ぎた。

「桜、今は見蕩れている場合じゃない。クイーンの弱点を、何でも良いから見つけ出して」

焦りが滲み出る紬の言葉に、桜もクイーンの頑強さに焦燥を募らせる。

「すみません……でも、あのクイーン、隊長の実力でも何処にも刃が通らないですよ」

命を賭けて稼ぐ時間は、今だけは何よりも重い時間だ。

クイーンからの攻撃をいなすだけであるなら、量産刃を新しい物に変える必要はなかった。

八城がわざわざ量産刃を変えたのは、その刃でクイーンの至る所を斬りつける為だ。

そして八城がその身を危険に晒してまでクイーンへ攻撃を加え続ける理由は、クイーンの攻略法を此方で見つけてくれという合図だ。

「もう一分経ちます……そろそろ、私も!」

前に出ようとする桜を、紬は押しとどめる。

「駄目に決まっている。八城くんと桜をこの場で二人とも失う事になったら、この場に居る誰もあのクイーンの攻撃に対応出来ない。だから八城くんは桜をここに残して今一人で時間を稼いでいる」

「そんなの分かってますよ!でもこのままじゃ隊長が!」

クイーンの持つ学習という、大きなアドバンテージはこの一分という短期間で八城に迫りつつある。

弾く速度、いなす刃、全てにおいて八城が上回っているが、体力の消耗と共に何時かは覆されてしまうだろう。

だがそれが分かっていたとしても紬は桜を出す事だけは出来ない。

「分かっているなら余計な事を考えるな、今はクイーンの弱点を見つけるのが先決だと言っている。もうこの場に居る誰もこれ以上は疲弊出来ない。仕掛けるのならせいぜい後一度か二度が限界」

桜はこの場に揃っている人員を見据える。

誰もが誰も、身体中が傷だらけで息が上がっている者がほとんどだ。

未だに勝ち筋の見えない戦いの中で消耗だけが強いられている現状において、無駄に仕掛けた回数だけ死人が増えるのは誰が見ても明白だ。

「でも紬さん!」

「八城くんとの約束まで、まだ三〇秒ある!八城くんを信じてもっと前を見ろ!戦場の隅々までよく目を凝らせ!私達ではあの場所には立てない。だから代わりに今の私達に出来る事に全力を注げ!」

八城が大きく斬り掛かり、クイーンは害する者など居ないかの様に避ける事なく量産刃へ対峙する。

何度となく楯鱗を滑らせた刃は、最初と比べるまでもなくボロボロになっていた。

だが、それでも八城は全ての刃渡りを使って斬り続ける。

脇、脛、頭、銅、脇腹、背中、項、間接部分、だがそれら全てを斬り付けたとしても悉く刃が通る事はない。

「お前は本当に厄介だな……」

この場に『雪光』が在ったと仮定しても、この楯鱗を貫く事は出来なかっただろう。

それ程までに、クイーンの外皮は肉の内へ衝撃を吸収しザラ付いた表面だけを滑らせるのだ。

「表面は、何処もかしこも隙がない、間接も骨格が浮き上がってる訳じゃないから、刃一枚通らない……これでどうやってお前を倒せばいいんだよ……なぁ化け物!」

二分を超過して十秒が過ぎた時、八城の身体に異変が起こる。

握る手元に温い感触を感じ、手元に滴った何かを見ればそれはおびただしい量の血液だ。

「おいおい……クイーンのくせに精神攻撃か?お前の裸が刺激的過ぎて鼻血が凄い事になっちまった……クソっ」

無論性的興奮による出血ではない。

鬼神薬の最高到達地点。

人の姿で、上り詰める事が出来る限界の淵に八城は立っている。

ここより先に進めば、どうなるかは八城自身が誰よりも理解している。

視界が歪み、のぼせた様に熱くなり続ける体温は八城自身の限界を示している。

だが、一歩引く事も間々ならないこの戦場で八城は悪手だと理解した上で更に前に出た。

八城にとってもギリギリの攻防だったのだ。

最早限界の近い八城は万全ではない。

クイーンからの力任せの一撃を薙ぎ払い。

次いだ腕を強引に肩からたたき落とし――

口遊む、鼻歌を掻き消すように八城の切っ先は加速し、流れる所作で次の一撃を脳天に決める刹那

八城は、絶対に捕まってはならない相手……

掴まれれば、逃げ出す事は不可能な、クイーンの手のひらで振り下ろそうとした腕を掴まれていた。

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