第248話 根城16
だが、八城はそれでも量産刃を持ち直し紬の二の腕の肉を切っ先で引っ掛ける。
少なくない血液が紬の腕から飛散する中、紬は八城に背を向けクイーンと桜の方向へ走り出す。
「桜!」
紬が呼ぶより早く桜はクイーンの脇を走り抜け紬の行く方向へ追従する。
クイーンは逃げた目の前の二体の獲物へ視線を移し、獣のように四つん這いになり地面を蹴った。
一合、後ろから迫るクイーンを桜は真正面から迫る頭部を量産刃で打ち落とすが、クイーンの両腕は力強く地面スレスレを這うように桜の足首元目掛け切迫する。
両腕の力を僅かでも両腕の処理へ回せば、押し返される。
単純な力比べでは、桜は人間の域を出ていない。当然人外であるクイーンの力に真っ向から向かい合えば押し返される。
「紬さん!」
紬は即座に反転、腰の拳銃とサバイバルナイフを抜き放ちながら、桜の懐へ滑り込み、クイーンの両目へ均等に一撃づつ撃ち込んだ。
楯鱗に覆われている外皮とは異なり、紬の突き刺したサバイバルナイフは驚く程スムーズにクイーンの眼球に突き刺さった。
数瞬たじろいだクイーンの腹部へと示しわせる訳でもなくほぼ同時に桜と紬が蹴りを入れ、二人は一目散に背を向けて走り出す。
向かう場所は自然公園の中央にある広場だ。
然程遠くはないが、追い縋るクイーンは次は紬へと手を伸ばす。
この夏にかけて少し伸びた髪を掴まれ、桜は咄嗟に量産刃で掴まれているギリギリのラインで紬の髪を斬り飛ばす。
「すみません!」
「構わない。おかげでスッキリした」
四肢の強靭な肉体で木々を伝い、獣のように移動するクイーンはまさに人間にとっては天敵とも言える動きだ。
そして不幸中の幸いだったのは――
「おいおい!クソの人間もどきぃ!人様の獲物に手ぇ出してんじゃねえよぅ!」
八城の矛先がクイーンに向いた事だろう。
誰も気が付けなかった。
紬や桜、そしてクイーンですら、その声でようやく彼の存在を認識する。
クイーンのその後ろから突如現れた八城は静かに、そして狙い定めた刃を鞘へと仕舞い込む。
地面を蹴る音は、緩やかに
刃は風を置き去りにする。納刀――
そして、音が消えた瞬間。
弓なりな風が吹いた
張りつめた太い糸が鈍い音を鳴らすように耳に残る残響に桜は思わず振り返って……
「嘘……ですよね……」
目の前で起こった信じられない状況に桜が思わず息を飲む。
起こった事は単純だ。
傷一つ付かなかったクイーンに八城は一太刀で傷を付けた。
それも、一目で分かる大きな傷を。
八城の刃を受けたクイーンの脚部を見れば、その箇所は大きく曲がっていた。
決して鮮やかではない荒々しい暴力の一刀は、それでも間違いなく無類の強さを秘めている。つまりは斬り飛ばせずとも、打撃は内部の組織を破壊してみせた。
八城は、いとも容易くクイーンの四肢、強固な楯鱗に覆われた内側の骨を砕いて見せたのだ。
「……あの八城くんはただ事じゃない」
「というか……アレは、人間というより……」
桜が言いかけた言葉を紬は小さく頷いて肯定する。
「そう、あの八城くんの身体能力は人間というよりも、むしろクイーンに近い。だから人間の私達がアレとまともにやり合う事は考えるだけ無駄」
だが、それでも即座に再生を終えたクイーンは八城に圧し折られた足など気にした様子はなく、桜と紬の行く方へ視線を傾ける。
「紬さん、どうも私達気に入られてしまったみたいですね」
「私達の方が美味しそうに見えるのは当たり前、八城くんは見るからに不健康そうで不味い」
「クイーンのわりには人を見る目がありますね」
「その一点に関してあの化け物は賞賛に値する」
クイーンから無視された八城は不機嫌を露わに立て続けにクイーンへ量産刃を叩き付けるが、並外れたクイーンの再生力の前では八城が与える傷など問題にならないのだろう、先にいる桜と紬へ標的を定めまた一歩大きく跳躍する。
「来ます!」
「分かってる!」
泥を巻き上げながら、クイーンが紬と桜の居た地面へ着地。
二人は片腕で土煙が漂う視界を守りながら、ようやく目的の場所へと辿り着いたのだった。
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