第249話 根城17
痩躯で不健康を絵に描いた少女は背に43名の少年少女を携えてその時を待つ。
「おい、お前テルとか言ったか?本当にここで待ってて大丈夫なんだろうな?」
『浮舟衣』は不機嫌を隠そうともせず、テルの視線の先にある茂りを見つめていた。
雑林を抜けた見通しのいい広場は、機動力の長けたクイーンにとっては絶好の狩り場になる。
何より43名の少年少女は、体力も気力も限界に近い。
どれだけ、作戦前に少年少女を鼓舞しようと
身近の死は戦う気勢を削ぎ、
身体の疲弊は精神の余裕を消し去る
隊長の焦りは伝播し、やがて隊としての機能を失っていく
だが、それが分かっていたとしてもテルは彼らに力を借りる他なかった。
「大丈夫、と断言出来る材料はもう何もないっす。でもこの子供たちの力を借りなければ向こうで戦っている八番が大丈夫でなくなる事は確かっす」
大丈夫な人間など最早何処を探しても居ないだろう。
だが、ここからなのだ。
ドン底もドン底に落ちてから……
いつだってそうだ。
子供の少年少女が知らずとも、ドン底に落ちて落ちて落ちて落ちて、その場所からようやく始まるのだ。
にもかかわらず、此処に居る全ての隊員は感染者に対する恐怖から、足を竦ませ獲物を握る気力さえ失っている。
これでは勝ち負け以前の問題だ。
「こいつらは、徹頭徹尾……ほんとにムカつくっすね……」
小さく、小さく吐き捨てるように口の中だけで呟いたテルは押し込めた表情を作り笑いに変えて生き残った43名の隊員へ振り返る。
「此処に居る全員も聞いて欲しいっす。これからこの場所に来るのはたった一体のクイーンっす!そして、そのたった一体を倒しさえすれば、この戦いを終わらせる事が出来るっす!そして、今この先の森の中で戦い続けてるたった四人の仲間は此処に居る43人の為に……いえ、元居た140名の隊員の為に今も戦い続けてるっす!中にはここで守られているきみらと変わらない歳の少女も居る……私達に時間はなかったすっよ!決断を迫られるより先に、四年前の夏には武器も技術の知識もない……あまつさえ準備をする間もなく戦いの場に叩き出されてここまで来たっす!」
今、クイーンとの戦場に立っている彼らはきっと言わないのだろう。
戦場に少年たちを立たせてしまった負い目から、ふとして思っても決して口を割る事はない。
だからこそ、テルは目の前の無力な少年少女に苛立ちを募らせているのだ。
「君らはもう四年間、考える時間があった筈っすね?だから、もうきみらに……此処に居る全ての人間に、逃げ場はないんっすよ」
テルはずっと、此処に立った瞬間から思う事がある。
目の前に立つ少年少女。
テルと変わらない年齢の少年たちはあまりにも恵まれ過ぎて居ると。
彼らは誰かに守られるのが当たり前になってしまっているのではないのか?と
テルにとって自身の身を守るのはあくまで自分だった筈だ。
避難所での生活から番街区での生活に切り替わってもそれは変わらない。
目の前の少年少女が今まで誰かに守られて来た事を無自覚にして来た結果、この無様を晒しているのなら、その責任は誰でもない少年少女自身にこそある。
「きみらに死んでくれとは言わないっすけど、でもこの先で戦っている人間は間違いなくきみらより価値のある人間で間違いはないっす。そして不思議な事に、この先に居る彼らは彼ら自身の命と比べて、君たちを選んでしまうような大馬鹿のお人好しの集まりでもあるっすよ」
価値の有無など言葉にすれば呆気なく、きっとこの場の誰もが理解している一つの事実は少年少女達の表情に暗い影を落としこむ。
士気などとうの昔に置き捨てて来た彼らに今更士気の有無など関係はないが、それでも士気を下げる事になんのメリットもありはしない。
だが、それでもテルは少年少女に教えなければいけない。
教えて来なかった大人の代わりに、テルが手を汚すのはテルにとって汚すに値する相手が含まれるからだ。
テルにとって雨竜良が残した言葉に有効期限はない。
だからこそ、東雲八城が易く、安く扱われる事はテルにとって雨竜良の価値を下げる事に等しいからこそ耐え難いのだ。
「ちゃんと聞いてるっすか?きみらの命に価値を見出した人間がこれからきみらに助けを求めてここに来るってことっすよ」
彼らを救うのは、言葉でも優しさでもない。
それは純然たる『生き残った』という結果だ。
生き残った結果だけが此処に居る43名にとって経験という糧になる。
だが、結果を与えるのはテルではない事だけは確かだ。
テルは情報屋として、知っている情報をこの少年少女に教えるだけ。今は一欠片として価値のない目の前の43名に、テルが価値ある情報を教えるのは情報屋としては失格なのかもしれない。
「それでもっすね。此処に居る人間の全員はきみたちの味方で間違いないんっすよ。各個人として価値が違っても、それでもきみらの事を八番隊が命を賭けてでも守るのは、きみらが同じ仲間だからっす」
『東雲八城』も『真壁桜』も『白百合紬』も、きっと今のテルと同じ事を言うのだろう。
彼らは優しいから、まだ子供で年端もいかない少年少女にきっと優しくて温かい葉を掛ける。
「きみらにとって仲間を守るのは難しいことっすか?」
だから、テルは彼らの事が心底気に喰わないのだ。
少し考えれば理解出来る状況を理解しようともしない。
微かにその視線を上げれば見える現実を見ようともしない。
そんな彼らが心底気に喰わなくて仕方がない。
「見捨てるっすか?あの人たちを?きみらを助けようとしてくれる……この世界で唯一とも言える大人を、きみらはそれでも見殺しにするっすか?」
訪ねた視線のその先に二人の隊員が息も絶え絶えに突き抜けて来た。
水簿らしくも切り傷と土埃で彩られた、戦いの跡を携えた紬と桜が茂りの薄い雑木林の隙間から、突出してきた。
「「テル!」さん」
見た瞬間、テルは思考を切り替える。
伝えるべき作戦などない。
そもそも訓練もまともに受けていない少年少女にテルは最初から期待しなどしてないのだ。
「了解っすよ!お二人さん!後はお任せっす!」
突き抜けた二人を先頭に、空気の揺らぎが生じ人間の姿を模したクイーンがその姿を現し、テルは唯一彼らに望む願いを呟く。
「全員、動かないことっすね。彼らを助けて、自分たちも死にたくないのなら、その場から一歩も動かない事をオススメするっすよ」
後ろに控える無力な少年少女らに小さく言葉を添えてテルは初めて前へ一歩前進した。
それは、敵への一歩
即ち、テルが戦場で戦う為の一歩だ。
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