第240話 根城9
巡る血流の音すら聞き逃さない絶対の領域は、鬼の間合いだ。
突然に命絶つ切っ先の鋭さを向けられたとしても、同じ鬼を宿す桜だからこそ、廻られた一刀を受け流す事が出来た。
鬼神薬を服用し、鬼の力を我がものにした桜の研ぎすまされた感覚を持ってしても、風切り音すら遅れて聞こえた一刀は重く鋭く、絶望にも似た煌めきを持って戦場に鳴り響く。
「隊……長?」
刃を受けた桜の量産刃が一欠片の破片を撒き散らし、その刀身に揺らぐ八城を写し出しだせば、怪しく笑みを含めた表情が無情にも今の八城を物語っていた。
脱力にも似た量産刃を構え、常識から逸脱した速度で刀を振るう膂力。
紛れもない……ソレは決して見紛う訳もない
過去に二度目にした姿を、桜が忘れられる筈もない。
「隊長……もう……駄目だったんですね……」
落涙にも似た言葉の粒が、桜の口元から切なげに零れて落ちる。
八城が懸念していた事は一つ。
桜の鬼神薬は未だ人格を有するほどの経験を積んでいない。
だが八城は違う。
積み重ねた時間が違う。
潜り抜けた激しさが違う。
よって、桜と八城に現れた結果は違うのだ。
「隊長!正気に戻って下さい!」
一合、二合と打ち合う量産刃の火花を散らしながら、常人ならざる刀の筋を追いながら、桜は鬼神薬に蝕まれた八城と相対するが、楽しげに笑う八城は無情にも量産刃を味方である桜へと振るい続ける。
八城は過去の戦いにおいて、約四年もの間、何度となく鬼神薬を使い己に宿る『鬼』に経験を積ませてきた。
人格を有している八城の鬼神薬は、菫からの命令をはね除けてしまうほどの自意識を有しているかが、この戦いにおいての『プランB』である。
そして、八城が仮に鬼に飲まれてしまった場合において、紬は八城から言伝を預かっていた。
「桜下がって!」
言葉と共に放たれた銃弾は八城の動きを制限するように銃声を鳴らし隊服を掠めながら木々の隙間を通り抜け、無理矢理に桜と八城を引き剥がす。
「このまま、八城くんだけをクイーンと戦わせる」
一撃、二撃と、次々に放たれる銃弾は八城を後退させ、反対に居るクイーンへの距離を詰めていく。
「でも!あの敵に一人は無茶です!それに、まだ子供達も避難しきれてません!」
「分かってる!でも、八城くんはそうしろと言った!私は仲間を撃つ苦しさを分かってる!八城くんにそんな思いをして欲しくない!」
八城の元へ向かおうとする桜を声で制した紬は、89の時を思い返しながら、それでも諦めた様子はなく事細かに八城の一挙手一投足を見定めていく。
「大丈夫。チャンスはある。今ここで桜が居なくなったってしまった方が本当に後がない。だから今は引いて。大丈夫、あの八城くんは敵を見たら放って置く事はない、それに……」
紬は八城の姿に89作戦を思い返す。
たった一人、それも、三シリーズを使うことなくツインズの片割れ『大食の姉』を退けた姿を思い返す。
「それに、なんですか?」
「それに、あの八城くんはあの程度の相手には負けない」
そう言って、悔しげな表情を浮べた紬は、フェイズ3、4との戦闘でたった一本だけ残った『シリンダー』を堅く握りしめたのだった。
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