第239話 根城8
木片の散乱を踏みしめて、薙ぎ倒した木の向こう側から現れたのは裸の女だ。
傍目から見れば目麗しい女人であろうと、度し難く人間を模した化け物である事に変わりはない。
むしろ、この場での問題となりうるのは、化け物が模した人間の姿の方だ。
まるで、生きているかのように、手足を動かし歩み寄る。
そこにあたかも命があるかのように振る舞う化け物の立ち姿に、たった二人の兄妹の足が止まる。
生き写しではない、入れ物をそのまま利用する化け物の在り方に、浮舟衣も浮舟桂花も変わりない『浮舟茨』の姿に挙動と思考が止まってしまっていた。
「菫!衣!お前らは今直ぐに子供を離脱させろ!」
桂花を狙い澄ましたようなクイーンの視線を遮るように八城が量産刃を抜き放ち、止まって居た時間が動き出す。
「止まるな!浮舟衣!俺との約束を守るんだろ!」
檄を飛ばす八城の言葉に、浮舟衣はどうにか自分の役割を思い出し、子供を集め撤退を開始する。
「隊長!どうするんですか、コレ!」
量産刃を片手に握った桜が隣に並び立ち、再生を始めた目の前のクイーンに切っ先を向ける。
「プラン『B』しかないんだろうな。……すまない桜」
「へへっ……こう言っちゃうと少し場違いかもしれないですけど、嬉しいんです。隊長が私を頼るなんて滅多にないですから」
「……本当にお前は馬鹿だな……だが、今だけは助かる」
八城が危惧した最も手を出したくなかった、作戦。
『プランA』ガソリンを多量に積んだタンクローリーによる爆発と炎上でも『クイーン』が撃滅出来なかった場合のみ『プランB』による作戦を決行する。
『プランB』つまり、敵クイーンが菫の『クイーン因子』によって軍隊を失い、独自進化を遂げた場合。
それはつまり、北丸子が警戒していた事が現実になった時
常人では止める事は出来ないだろうと北丸子は予想していた。
だからこそ、鬼を宿す二人がこの局面に対処するしかない。
つまり、生身での削り合いだ。
「隊長……隊長の方こそ……本当にいいんですね?」
心配するより疑り深く、確かめる桜の問いに八城は軽く頷いて緊張を解すように薄く息を吐く。
「ここまで来たら菫を信用する他ないだろ」
八城は菫に噛まれたまま、未だに残っている腕の傷口に手を添えて自身の痛みの在処を見つけ出す。
ここだ、ここに帰って来なければならないのだと、八城は自身に言い聞かせる必要があるからだ。
「結局、俺もお前とお揃いになったな」
その噛み傷は紛れもない、八城自身が菫の『クイーン因子』に感染をしている証でもある。
桜は誇らしげにニシシと口元を綻ばせたかと思えば、今度は忙しなく口元を引き結ぶ。
「……やりましょう、隊長!」
一つ心を決めた桜と八城は、敵の視線が此方に向かない内にと、同時に赤い丸薬を噛み、飲み下す。
人間を鬼へと変容させる化け物の種。
化け物と対等に並び立つのなら化け物になる他ない。
ただ、人間を守るのなら、それは人間にしかし得ない。
矛盾を孕んだ、二つの問いに、八城はたった一つ答えを出した。
クイーン因子が死人を操る事に長ける
そして意識のある――
つまり、自意識の備わった人間にクイーン因子による命令を下す事は出来ないと菫は言った。
『鬼』と『人間』を分つ自死意識とは何か?
『北丸子』は『自意識』を意地だと言った。
人が生きる過程で、経験と知識が備わっていくその道中で否が応でも身に染みていく習性そのもの
人として生きる欲と理性と矜持こそ、人が人たる自意識であると
なら、今八城の中に在る名もなき『鬼』は
生まれて間もない幼き『鬼』は果たしてその矜持を持っているのか?
桜の中に居る未だ意識を持たぬ鬼は、抗いうるだけの意識を持っているのか?
その答えが今姿を現した。
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