第234話 根城3

鼻にこびり付く肉を焦がした臭気が立ち込める団地内でその異変は確実に姿を現した。

燃え盛るクイーンから一体のヘドロを纏った何かが這い出してくる。

見るからに深手を負ったクイーンに最後のトドメをさしたいところだが公園内はガソリンが燃え盛る火の海となっている。

その中心にいるクイーンへ容易に近づけば八城たちの方が危険であるのは言うまでもないだろう。

だがそれでもクイーンは凄まじい生命力でフェイズ4である昼顔にもたれ掛かった。

「隊長……あれは何をやってるんでしょうか」

桜の呻きにも似た恐れが滲む声音に、八城も思わず顔を顰めた。

公園内に響くのは咀嚼音。

化け物が人を食う姿は何度も見た記憶がある。

だが、化け物が化け物を喰う姿を見たのはこれで二度目の出来事だ

そしてクイーンを覆っていた肉塊が炎で燃え落ち、覆っていた肉塊がヘドロへと変わっていく度にその姿はより鮮明に全員の前に……

いや、浮舟桂花の前に姿を現した。

「ねえ……さん……」

驚愕と共に発せられた呟きが桂花自身の戦意を根こそぎ削ぎ落とした。

握っていた量産刃が手から零れ落ち、自ら火の中に居る化け物へ駆け寄って行きそうになったのを八城は引っかかった指先でギリギリに押しとどめる。

「なっ!なんで!離して!アレは姉さんなんです!姉さん!私です!桂花です!」

叫ぶ桂花には目もくれず、化け物はシリンダーが刺さったままのフェイズ4を一心不乱に貪り食っている。

燃え盛る炎林の中で化け物を食らう人間など居ない。

誰もがそれを理解する中で、ただ一人認められない桂花はそれでも姉の名を呼び続ける。

アレは間違いなく化け物で、だが間違いなく『浮舟茨』の顔を貼付けている化け物を……

「姉さん!戻って来て!そっちは駄目!」

「アア!クソ!桜!こいつを押さえてろ!」

押しとどめられようとも関係ないと、最愛の姉の姿を象った化け物へ駆け寄ろうとする事を辞めない桂花を桜が後ろから羽交い締めにして全力で地面に押し倒す。

「桂花さん!目を覚まして下さい!アレはもうあなたのお姉さんではありません!」

叫ぶ桜と揉み合う桂花を横目に八城は目の前のクイーンへ意識を向ける。

味方……とまでは言えないがそれでも最大戦力であるフェイズ4を喰い散らかすクイーンはまず間違いなく次へ向けた何かをしている最中だ。

奴らは無駄な事をしない。

化け物として化け物らしく、人を食い殺す事だけに長けた異形の頂点がクイーンだ。

追いつめられた状況であれば尚更、好きにやらせておく訳にはいかないだろう。

「紬!撃て!アイツの好きにさせるな!」

「……了解した!」

紬は一瞬の逡巡を見せたが、即座に射撃の構えを取る。

「やめて!姉さんを撃たないで!」

桜の拘束から抜け出した桂花が紬の構えたライフルを取り縋り銃口が思いきり跳ね上がる。

「八城くん!退けて!これじゃ撃てない!」

「あぁ!もう!そんなことは言われなくても分かってる!」

体格差のある紬では上背で勝る桂花を振り解く事は出来る筈もない。

八城と桜は二人掛かりで桂花を引き剥がしに掛るが、それでも取り付いたライフルから桂花は決して両腕を離す事はない。

「八城くん!拳銃を使う!」

見かねた紬は八城の許可を取る間もなく八城の腰から拳銃を引き抜き、弾倉が空になるまで斉射するが輻射熱から視界が揺らぎ結局的中した弾は一発のみだ。

そして、それは決定的な時間だった。

厚い肉を喰いちぎる咀嚼音は、最奥にあるたった一つの部位を飲み下す。

巻き立つ血飛沫が、クイーンへ祝福を与えるように、その形容は姿を変えていく。

フェイズ4、それはクイーンが消費した増殖因子を補うには十分過ぎる力だ。

そして昼顔から増殖因子を人形に留めたクイーンは次に恐ろしいほどの脚力で夜顔へと飛び移り、咀嚼、咀嚼、咀嚼……

まるで此方など気にもしていないと言わんばかりの存在感を放ちながら、クイーンはその姿を変容させていく。

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