第233話 根城2

この作戦において重要とされるポイントは二つ

一つ目は紬が持つ菫のクイーン因子でどれだけのフェイズ3〜4を戦闘不能へ追い込む事が出来るか。

そして二つ目は、如何にあの場で一四二名の人員が持ち堪える事が出来るかに掛っている。

先陣をきるのはたったの四名。

この四人でクイーンの元まで辿り着き、辺りを取り囲むフェイズ4に菫の血液が入ったシリンダーを打ち込まなければならない。

菫のクイーン因子の影響下に居る限りあの子供達の元へフェイズ1〜2は近づく事が出来ないとは言え、相手取るのは八城たちが討ち漏らしたフェイズ3以上の強敵だ。

そしてフェイズ3、又はフェイズ4はあの場に残っている『菫』と『浮舟衣』が相手をする。

大丈夫だ……

浮舟衣は強い、そして何より大食の姉から受けた戦闘経験が菫の戦闘技術となる。あの二人の戦力は、この戦場での最上級で間違いない

大丈夫の筈だ。

物思いに耽る思考を振り払うようにして鉄壁の様に幾重にも重なる団地区画を走り抜け開けた八城の視界の前に現れたのは、人間の腕が無数にひしめく何かだった。

初めてみるその異形に一瞬呆気に取られてしまったが、即座に動いた桂花は瞬時に無数に伸びる腕を搔い潜り胴と手足を切断していくが、桂花表情は目下の危機を知らせていた。

「八城さん!危険です!こいつは!」

桂花が言葉を言い切る前に、切り倒した筈の一体が逆再生のように起き上がり、無数に生えた腕を桂花へと伸ばす。

「紬!構わず撃て!」

八城の声に呼応するように赤の鏃をはためかせ一本のシリンダーが一体へと突き刺さると、桂花を掴みかけた無数の腕は力を失いダラリと垂れ下がり、その一体は自重を支える足も力を失いアスファルトへ倒れ臥す。

「なんだ……こいつは」

八城の言葉はこの得体の知れない化け物のある一点に集中していた。

「はい、八城さんは見るのは初めてですか?これは融合個体です。臨界を迎えたクイーンが作り出す、幾人もの人間を混ぜた私達にとって最悪の敵です」

フェイズとしては2〜3といったところだろうか?

八城が居るこの場所は未だ菫の効果範囲内である事を加味すれば、フェイズは3程度なのかもしれないが、この集団の中でこの化け物の容姿は異様を極めていた。

人……としてみれば人にも見えるが、元人形と形容するのなら人のなり損ないとでも表現するのが適切だろう。

身体のあらゆる場所から腕が生え、人らしい骨格が浮き出た体躯に張り付いた皮膚は張り裂けんばかりに余裕がない。

「この融合個体は感染体の場所が無数に存在して一つを壊しても、もう一つが即座に再生するせいでトドメがさせません。決して強くはないですが倒す事が出来ないんです」

厄介だが強くはない。なら話しは早いだろう。

「そうか、ならこいつに構うのは時間の無駄だ。先に行くぞ!」

菫のクイーン因子の効果範囲は約700メートル。

紬は使い慣れた銃火機のような手際で次々に襲い来るフェイズ3、並びにフェイズ4へシリンダーを打ち込んでいく。

そして今、開けた団地内に併設されている公園に八城はクイーンを捉えていた。

ギリギリ、の効果範囲ではあるものの最も数の多いフェイズ1〜2を相手せずにすむのが大きいのは言うまでもないだろう。

「フェイズ4の生きた屍が公園内の至る場所に転がり、その全てに赤い鏃の付いたシリンダーが突き刺さっている。

「残りは一つ。どうする?試しにクイーン撃ってみる?」

「今動かれても面倒だ。使わずに取っておけ」

「ん、了解した」

全ての敵を紬による射撃で撃ち抜き、動かなくなった所を八城と桜、桂花の三人でトドメをさす。あまりに簡単過ぎる作業だ。

誰一人傷一つ付く事なく、疲弊もない。

ここまで余裕のある作戦も珍しい。

公園の遊具ほどもある大きな赤子のようなクイーンは動く事なく、その場に踞りただ時折グニャリと突き出た耳のような器官を動かしている。

「そろそろ速達便が届く頃だからあんまり近づき過ぎるなよ」

「速達便?隊長何を頼んだんですか?」

桜が首を傾げ、それに続いて桂花と紬の二人も顔を見合わせている。

「まぁ、来れば分かるさ……っと、もう来たみたいだ、全員下がれ!」

鳴らす駆動音はこの世界ではよく響く。

それは住民から奴らを呼び寄せると毛嫌いされる車の音だが、今の八城にとっては耳に心地よさすら感じるほどだ。

その車の音は徐々に近づき

「八城くん車が突っ込んで来る」

「あぁ、アレが俺の頼んでたクイーンを殺す為の宅配便だ」

黄色いロゴに『SHELL』と書かれた多量のガソリンを積んだトラックが公園のフェンスを破壊して突っ込んで来た。

ボロボロになった車体をクイーンに出来る限り近づけた運転手は眠たげな瞳を擦らせて運転席から降りて来る。

「いや〜お待たせしたっすね〜ここら一体で探すのに手間取ったっすけど、間に合ってよかったっす」

「いや、丁度いいタイミングだったぞ、テル」

タハハッと愛想笑いを浮べるテルを労いつつ、八城は全員をその場から遮蔽物のある場所へ下がらせる。

「テル、下準備は出来てるんだよな?」

「もちろんっすよ、後はあのサイドブレーキを落とせば良いだけっす」

公園内クイーン手前一〇メートルで停車しているタンクローリーが止まっているのは傾斜のある公園内だ。

エンジンをかけたままのAT車のギアをバックに入れたままサイドブレーキを落とせば車は単純に後ろへ進んでいく。

そう、つまりタンクローリーの後ろに居るクイーンへと突っ込んでいく。

「このボタンで下に付けてある起爆装置が作動するっす。タイミングは八番にまかせるっすから」


八城は全員が団地の影に隠れたのを確認した後にタンクローリーのサイドブレーキを落とす。

車が緩やかな下り坂の力を借りて徐々に後退して行くのを確認した後八城も四人が隠れる物陰に身体を滑り込ませた。

「まだ、まだ、まだだぞ……」

固唾を飲んで見守る中、八城はその合図をテルへ送りそれを受けてテルは小さなボタンを押し込む。

小さな炸裂音の後……

「……おい、どうなってんだよ」

期待していた爆発音は鳴らず、そこには今も後退を続けるタンクローリーがあった。

「……あえ?……すいませんっす。あの小さい手作りの爆弾じゃタンクの多重構造を貫けなかったみたいっすね……」

気まずげに謝って来るテルだが、それどころではない。

「おい紬!今直ぐ!何としてもアレを撃ち抜けぇ!」

紬は即座に肩に掛けていたライフルを構え即座に発砲したが、肝心の中まで弾が届いていないのか、何の変化も見られない。

「日本の誇る安全性能が憎い」

「馬鹿なこと言ってる場合じゃないだろ!多分一発じゃ貫けない!同じ場所に当て続けろ!」

「ん、了解!」

一発、二発、そして三発目にして小さな穴から澄んだミドリの液体が流れ出る。

「全員耳を塞いで目を閉じて伏せて!」

紬は淡々と言うと共に、四発目の弾丸を装填引き金を引く。

赤色の一縷が公園内を通過し、その液体へ熱をもたらせば零れた液体から火が立ち上り、濃赤色が流れ出る穴をよじ登っていき、その入り口を火の粉が舐め回した瞬間――

今までに感じた事のない、衝撃だった。

一瞬音が吸込まれるように消え失せ、建物が木々のように撓り揺らぐ。

飛び込んで来た紬の身体を受け止め、きつく抱きしめながらその数秒を耐え忍ぶ。

誰かが息を吸う音が聞こえ、ゆっくりとその身を起こす。

八城は堅く抱きしめていた紬に怪我のない事を確認し、ゆっくりと立ち上がらせる。

「月に一回はタンクを爆発させる事を推奨する」

「馬鹿言うな、こんなの二度とやりたくない。それより、クイーンはどうなった」

物陰から出て公園の方へ目をやれば爆発飛散したガソリンがそこかしこに燃え広がってはいるものの、燃える物がないのが幸いして、火事になる心配はない。

そして中央に鎮座していたクイーンは、爆発の衝撃からその身体を半分にさせ今もなお燃え続けていた。

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