第221話 後顧3

宿舎内へ入った八城は然程綺麗にはないっていない薄暗い通路を歩いて行くが、室内は何処を見ても人の気配はない。

ただ、歩く度に補強用に用いられるモルタルの欠片を踏みならす音が寂しげに響き渡る。

八城はこの静けさを、噛み締めなければいけない。

近い未来にいずれ必ず訪れるであろう静けさを、ただなにもせず迎え入れる訳にはいかない。

今日何度目かの鉄扉の前に立ち、一息の呼吸と共に開け放てば、数百の瞳が一斉に八城を捉えた。

奇異の言葉が飛び交う中、八城は直線上の壇上へとゆっくりとした歩調で上がっていく。

少年兵、約二〇〇名。

この場に居る全員が完全武装を着込み、この場に整列している。

指先に力を込めれば、相手を撃ち抜く事が出来る武装を各人一人一人が持ち、常備食の他、帯刀している量産刃の替え刃までも上限いっぱいまで携帯して居並んだ少年たちは誰がどう見ても大規模作戦を前にした部隊招集で、この部隊招集を掛けたのは誰でもない、八城本人だった。

八城はその先頭に立ち、彼らに最初の命令を発する。

「あ〜お前達にはこれから、番街区周辺の資源調達に行ってもらう。各自、今持ってる小銃並びに武器弾薬を全て床に下ろせ」

困惑の木霊は、直ぐさま訓練場全ての少年兵に伝播した。

だが困惑をしただけで、意義を唱えるものは居らず、全ての少年兵が身につけていた小銃並びに弾薬を床に置いていく。

「よし!全員置いたな、じゃあ次はこの中で年長者十名、前に出ろ!」

力強い言葉に釣られ、一〇名の年長者が前に出る。

「おめでとう。前に出たお前らは今日から分隊長だ。これから行う資源調達での指揮を取れ。それから……」

そう言って八城は全員に九ミリの拳銃と替えの弾倉をそれぞれに与えていく。

「弾数は一人、二十発だ。お前らの指揮する隊員の誰かが噛まれた時だけ使う事を許可する。それ以外の用途で使う事は原則許可しない」

それから八城は、分隊長と決めた一〇名へ簡単な銃器の扱いについて手ほどきした後、二〇〇名を一〇の部隊に分割する。

全十列、一列19名の隊員の並ぶ隊列に、拳銃を持たせた分隊長を割り当てていく。

「じゃあ、今列の先頭に立ってるのがお前達の隊での最高責任者になる。お前らはこの物資調達の際、その隊長の指示に従って行動する事が義務づけられる。もし今先頭に立っている者に命を預けられないと思う者が居るなら、今この場で挙手してくれ。理由如何によっては隊の移動も許可する」

――数秒、八城は沈黙の時間を確認し一つも手が上がらない事を確認する。

「よし、じゃあ今選ばれた分隊長は隊の中で副隊長を決めろ」

少年兵は疑問を挟む余地もなく、矢継ぎ早に飛ばされる八城からの指示通りにそれぞれの部隊編成を決めていく。

「よし、じゃあ最後に経路の説明を……」

っと、そう言って番街区周辺地図を取り出したとき、八城が先ほど出て来た鉄扉が無遠慮に開け放たれる。

きっと騒ぎを聞きつけ、何を置いても急いで来たのか、そこには息を切らした浮舟桂花の姿があった。

「なんだ?そんなに急いでなにかあったのか?」

壇上から変わらぬ様子で尋ねる八城に対し、怒気を孕んだ瞳が屹度向けられた。

「何があった、ではありません!これは一体どういうことですか!」

「どういう事?ああ、ここの食料資源が不足してるからな、こいつらにはこれから自分の飯を自分で確保してもらうだけだ」

「なっ!食料については私が!私が丹桂に掛け合って来ますから!今直ぐこんな馬鹿げた事はやめさせて下さい!」

「馬鹿げた事?なんだ?馬鹿げたことって?こいつらの飯をこいつらが用意する事の何がそんなに馬鹿げてるんだ?」

「なにがって……そんなこと聞くまでもないでしょう!この子達が今外に出る危険を犯す必要がないじゃないですか!」

厚底のブーツの靴音をツカツカと鳴らしながら大股で歩み寄る桂花は、今までに見せていたどんな表情よりも分かり易い怒りを見せている。

「そうか?俺はそうは思わないがな」

見るからに肉付きの悪い身体に、管理の行き届いていない宿舎。

一見しただけで、この場所が高待遇とは言えない事が見て取れる。

そして、ここの住人から感じた違和感を八城は何より危惧していた。

「この弾は弾頭八グラムの九ミリ弾だ。そしてこいつらの命の重さでもある。だがこの八グラムをここの住人は出す事を拒否した。これがどういう意味かお前に分かるか?」

一人一発。計二〇〇発の弾丸を要求した八城に、武器武装を管理する1番街区の住人は断固拒否してきた。

これらの弾薬全ては、紬からの預かりものだ。

「一発。この一発は決して敵を討つ為の一発じゃない。この一発はこいつらが人間として死ぬ為に必要な一発だ。だがここの住人はそれすら。使わない住人が弾丸を出し渋るんだ、これが住人も必要な食料ならどうなるんだろうな」

「でも彼らは……」

桂花が言い淀むのも頷ける。

特に彼らの目の前で『死ぬ事が義務づけられている』などという言葉を平気口に出来る者など八城が知る中でも一華ぐらいなものだろう。

「だが、これからこいつらが生き残っていくなら絶対に必要な技術になる。戦いも知らず、ここまで来たこいつらは知らなきゃいけない。

死体を漁っても生き延びる、それがたとえ仲間であっても、そんな単純な事を今までこいつらに誰も教えてやらなかった。だからここで良いように大人に使われてる。こいつらに今必要なのは経験と技術、そして敵を敵としてみる目だ」

「今更そんな事をやって、何の意味があるっていうんですか……」

「意味の有る無しじゃない。身に付かないなら遅かれ早かれ死ぬだけだ。だから、こいつらがこれから行く場所で必要になる技術は、こいつら自身がこれから先で生き残る為に必要になる」

どちらの言葉が正しいのか、それを決めるのは結局のところ目の前の少年二〇〇人が生きた結果でしかない。

ただ、桂花は八城が言葉で示した以上の説得力をこの場で見い出す事が出来なかった。

その黙り込む桂花を確認した八城は、少年たちへ視線を戻す。

「二日後の夕刻までにここへ戻って来い!この場所は!お前達が唯一帰って来てもいい場所だ!俺はお前達をここで待つ!それまでの二日間!食料を調達し!寝床を確保して、仲間と共に目の前の敵を打ち倒せ!そして……」

今の彼らは死人同然だ。

そして、死人に背中を預けられる筈もない。

彼らには彼らの身を危険に晒してでも強くなる必要がある。

だから――

叶う筈のない望みを、戦場という盤上に追いやられてしまった彼らにせめて托すのだ。

「必ず、全員この場所に生きて帰って来い!」

願った言葉が決して叶わないと知りながら、八城は彼らの未来を望み送り出す事しか出来なかった。

ずっと一緒に居てやれないのなら甘やかすべきじゃない。

だからきっと物資調査が終わった頃に、少年たちは知る事になる。

これまで彼らの前に立って来た多くの大人が目を背け、彼らに突き付けて来なかった苦く渋い、口に入れれば吐き出してしまいたくなる現実の味を……

知らせる大人が此処に立っているという事を

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