第222話 後顧4

少年達の居なくなった乾いた室内で、荒々しい足取りの足音が一つ八城の行く手を阻み桂花の酷く凍てついた声色が訓練場に響き渡る。

「これはどういう、つもりですか……」

「どうって?あぁ、あの餓鬼の事か。アレは使える人間と使えない人間で選別しただけだ」

そう言った瞬間、八城の頬で空気が弾けた。

じんわりと広がる熱と痛み、桂花が振り抜いた手の平にもほんのりと赤みが差しているところを見れば、思いきり叩いたのだろう事は予想が付く。

「最低です!何故今になってそんな事をする必要があるんですか!これ以上先のない彼らを苦しめて、一体なにがしたいんですか!」

「……なにがしたいって、俺は最初から選別してるって言ってるだろ。遠征中みたいに、敵を前にして逃げ出すような使えない奴に背中を任せるつもりはない」

「ですが、彼らの存在は犠牲を事前提に用意されています。その彼らに今更何かを教えるなんて無意味です!」

「今更?お前、今更って言ったのか?それでなんだ?死ぬ事を前提に考えてるから、アイツらは大人しく死なせとけってか?」

怒りが張り付いた八城からの視線が交わり、桂花は思わずその視線を外す。

「そうです……長く苦しむよりは!そっちの方がずっとマシの筈です!」

彼女の背景は把握している。何が起こり、彼女が何に足を取られているのかのおおよその予想も出来ている。

ただ、それでも八城の中で譲れない一線を踏み越えるなら、八城は決して容赦をするつもりもない。

「そっちの方がマシ?おいおい……偽善も大概にしろ。別にアイツらが死のうが生きようが、俺としてはどちらでもいいが、お前が死にたきゃ一人で死ね。お前が感じてる姉に対して罪悪感のはけ口にアイツらを使う事だけは、俺が絶対に許さない。アイツらの死はアイツらだけのものだ。他人が美化していいものじゃないだろ」

「なら!あなたのそれはどうなんですか!アナタが今あの子達にしてる行動は偽善じゃないって言うんですか!」

資源調達をした彼らの生存確立は未知数だ。

ただ、200という額面の数字から少なくなって帰って来るのは確かで、それこそこの世界で生きていくという事に他ならない。

隣人の様に死がひっそりと何時でも視界に隅に入る。

自身を守るものは自身でしかなく、彼らを守るものは同じ境遇の彼らしかいない。

そして、八城は無力な彼らに行けと言ったのだ。

非力な彼らが目を背けぬ様に、向かわせた。

『偽善じゃないのか?』と問うた彼女に、八城は再度問い直す。

「人を殺す偽善がこの世界にあるのか?」と

桂花の言葉が詰まり、それでも抗議を告げる表情だけは八城へ向けるが八城はそれ以上の軽蔑を桂花へと向けていた。

「お前は、今生かして、後で殺すんだろ?それもお前が責任を負わない形でなら、お前の言ってる事は偽善だ。それでお前が誰よりも先に最前線で死んだとしても、お前はアイツらを諦めてる時点で、お前の言葉は本物の人殺しだ」

弾かれたように一歩後ろへ下がった桂花は、俯いたまま悔しさに震える指先をキュッと握りしめる。

「お前の姉はお前を人殺しにする為にお前を生かしたわけじゃないだろ。お前の姉はお前に何を願ってお前を此処に立たせたのか、よく考えろ」

八城はそう言い残し、前を塞ぐ桂花の脇を通り抜け重く堅い鉄扉を力任せに開き、その場を後にする。

多少の堅苦しさを感じていたのか、首を回し宿舎内を抜けて外に出ると些かの息苦しさは霧散していた。


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