第203話 林外2
切迫した状況において信じられない言葉に一瞬耳を疑った八城だが、どうやら彼女は正気らしい。
「おい!お前今の状況でふざけてる場合じゃない事ぐらい分かるだろ!今直ぐ全員に指示を出して撤退させろ!」
焦る八城に反して『浮舟桂花』は全てを諦めたように置落ち着いた双眸を八城へと向けていた。
「いえ、私はふざけていませんよ。東京中央遠征隊No.八としての命令であれば私は従います。そうでなければ従いません。もう一度お尋ねします。それは命令でしょうか?」
機械的な視線の先で、次々に倒れる隊員に一瞥もくれず、浮舟は冷たく言い放った。
「おっ前……何言ってるんだ?お前の隊員が!お前の部下が!今まさに死にかけてるんだぞ!そのお前が!」
「そうですね。私の部下はここで大勢死ぬのかもしれません。これは私の判断ミスです。ですからもう一度お尋ねします。それは八城さんの持つ東京中央遠征隊八番としての命令でしょうか?」
最早一刻の猶予もない。
時間を掛ければ敵が増え、時間の経過が人を殺す戦場で、言い争いをしている暇などない。
どこまでも変わらない、まるで感情が欠落しているかの様な言葉に、八城は出掛かった汚い言葉を奥歯で噛み潰す。
悪態も、口論も現状を打破する手がかりにはなりえない。なら今はこいつらを動かす事が先決だ。
「命令でもなんでもいい。お前らがそれで動くなら、俺の言葉は好きなように解釈すれば良い!だから全体を後退させろ!このままじゃ全滅するぞ!」
「それはつまり八城さんの『命令』という事でいいのですね?」
「お前!いい加減にしろよ!自分の隊員の命が掛かってるんだぞ!」
「……命令、了解致しました。では直ちに撤退の指示を」
急に迅速に動き出した『浮舟桂花』に、その後ろに控えていたG.Oが微かに笑っている。
「おい大男、何がおかしくて笑ってんだよ!笑い事じゃないだろ!」
「いや、笑ってねえよ。だが東雲八城、お前今自分が言った事をちゃんと考えた方が良いぜ?……まぁ、もう遅いかもしれねえけどよ」
哀れむような、それでいて面白がる様子を見せるG.Oだが、今は深く聞いている暇はない。
八城は、全体へ振り返り、現状の打破の為の思考を巡らせる
「総員!四人ずつに別れてまだ息のある奴を連れて行け!四方に居る赤目はなにが何でも討ち漏らすなよ!今やらないと俺達の後を何処までも付いて来るぞ!」
全体へ指示を飛ばす八城の元へ、菫がトテトテとやって来る。
「私はどうすればいいなの!」
「お前は部隊中央に陣取れ。何が何でも全部隊員の中心からは離れるなよ!お前が居なけりゃ、俺達は蜂の巣にされるからな!」
「了解したなの」
大きく頷いた『菫』に八城も頷きを返すと、次いでG.Oの方へ振り返る。
「おい!大男!お前は部隊前方左翼で部隊員を守りつつ、先行して行ったお前んところの隊長を援護しろ!絶対に殺すなよ!俺は後であの馬鹿に文句を言ってやらなけりゃいけないからな!」
「ハッハッハァ〜!いいねぇ〜今回は従ってやるよ!東雲八城!」
大笑いを響かせながらG.Oは指示された前方へ、八城は後方の人員へ手を貸していく。
「おい!動けるか?誰か手を貸してくれ!」
人員をかき集め分配し、まだ息のある者たちをどうにかこうにか引きずっていく中で、八城と隊員の間にまたしても新たな『フェイズ3』の一体が舞い降りる。
「ああ!もうクソ!次から次へとひっきりなしだな!」
だが、八城の手にある武装は量産刃の一刀のみだ。
何処かに武器になる物はと探し、結局目についたのは横で怯える一番隊隊員の量産刃だった。
「おい!お前!その腰に付けてるやつ、使わないなら借りていくぞ!」
真横に居た隊員の返事を待つ事なく八城は有無を言わさぬスピードで、見知らぬ男性隊員の携帯してた、まだ一度も使われていない量産刃を抜き放ち、一文字に目の前の図体を斬り裂いた。
「負傷者の傷の処置は後にしろ!ここでグダグダやってたら、お前らまで死んじまう!」
今の八城の周辺に、技で往なすだけの余裕は無かった。
『フェイズ3』に片時でも余裕を与えれば、傷つき逃げ後れている隊員が確実に食われてしまうだろう。
力任せに量産刃を振るいつつ、敵の目標を絞らせない戦い方というのは、大胆にして粗雑であり、体力の無駄遣いと言えばそれまでだが、敵の意識を引きつける事だけは成功している。
「おい!そこの隊員!頼むから今の内に逃げてくれ!」
敵を挟んだ向こう側に取り残されている一人に、八城は声を掛けるが腰を抜かした様子で力無く首を振るばかりだ。
「あぁ!もう!このクソ忙しいときに!」
真正面から打ち合うごとに、削られていく量産刃の刃渡りに焦りを覚えながらも、連撃を真正面から受け止める。
腕から肩へそして背中へ流れる鉛の様な重たさと痺れに歯を食いしばり耐え忍ぶが、こんな戦い方では身体も量産刃も限界はすぐに訪れるだろう。
「時間もない!体力も無い!装備も無い!使える人員も居ない!極め付けには余裕も無い!どうなってんだよここは!」
目の前の『フェイズ3』へ、そんな愚痴を零してみたものの、慰めてくれる筈もなく、喉元へその歪な節足を伸ばして来る。
「そうだよなぁ!お前らは人間が喰いたいだけだもんな!余計な事も考えず、真っ直ぐに喉元に食いついて来やがって!」
掛けられない時間に、八城は一気に後ろへ後退する。
隊員数名の息づかいが後ろから聞こえる距離。
前には『女郎』が一体。
八城はおもむろに、手に持っていたボロボロの量産刃を地面に落とす。
「助かりたいなら動くなよ!お前ら!」
一人目の隊員の腰から、八城は量産刃の一刀を横一線に閃かせる。
「丁度いい立ち位置だ!」
今しがた力任せに振るわれ刃こぼれを起こした一刀を捨て、また一人の隊員の腰から抜刀し、直ぐさま捨てる。
「こりゃあ楽でいい」
他隊員の腰から引き抜く連続抜刀は八城にとって敵を殺す為の必殺の一撃でもあるが、手持ちの武装の関係上こんなにも連続してする事はまず有り得ない。
だが、棒立ちの隊員がそこかしこに居るのであれば話は別だ。
「おいおい!化け物!まだまだあるぞ。折角遠路遥々呼ばれても居ないのに来てくれたんだ!遠慮なんかしないで全部味わっていけよ!」
豪腕で振るう量産刃は、一刀を使う度に使い物になら無くなる為に使い捨てる。
足を斬り落とし、胴を切り裂き、粘着性の糸を絡めとる。
四刀目の刃が『女郎』の甲殻の隙間から、突き刺さると夥しい体液が乾いたアスファルトの上に飛散していく。
『女郎』はまだ息があるものの、全ての足が八城によって切断され、再生も追いついていない。
そのため芋虫のようにモゾモゾと動くばかりとなった『女郎』の口へ、八城は後ろの隊員から奪い取った小銃を口に突き付けトリガーを引き続ける事数十秒『女郎』の内部が僅かに膨れ上がると、焦げ臭い香りが立ち込め『女郎』は最後の嘶き共に地面に沈む。
時間にして一分にも満たない八城の攻防だが、それでも少年たちの瞳を釘付けにするには充分過ぎる戦果となっていた。
だが八城はそれらの視線を一切に気止める事無く、視線の先に居る腰を抜かし動けなくなっていた一人を小脇に抱き抱え走り出す。
隊列は縦長一列に連なり、二十メートルほどの長さを保ちながら『東村山』の駅に背を向け来た道を引き返していく。
四方に赤目を見つけ次第殲滅しながら後退を繰り返す事数十分、奴らの影は見えなくなり、ようやく一息付けると全体の進行が停滞したのだった。
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