第204話 林外3

一番隊隊員たちの間では、死地を抜けたために一時の安堵感に包まれているが、八城は何より減った人数に焦燥感を募らせていた。

当初、60名居た筈の一番隊隊員だが、

現在は40名程しか見当たらない。

それどころか、軽傷者、重傷者18名が四十名の中に含まれている有様である。

だが何より八城が懸案しているのは、彼らの練度の低さである。

まるで『初陣』であったかの様な怯えと、仲間すら巻き込む統率の悪さは、敵としても味方として隣に立つ者たちからすれば恐怖すら覚えるだろう。

八城は全ての事の詳細を尋ねるべく一番隊隊長である『浮舟桂花』の姿を探すとその姿はすぐに見つかった。

八城は休憩している隊員を分け入り、先頭に居る『浮舟桂花』の肩を掴む。

「おい、浮舟。こいつらは……何だ?」

「……見て分かりませんか?西武中央の中でも最強部隊。西武中央遠征隊一番隊です」

言葉を選んだつもりではあるが、浮舟桂花には相当気に障ったらしい、微かな苛立ちを滲ませた双眸を八城へと向けた。

だが、八城とて苛立っているのは同じ事だ。

「そうかよ。碌な訓練も受けさせず、怯える子供に銃器を握らせて、前線で何も出来ないどころか、仲間を撃つ!あまつさえ、そんな結果に後悔する奴らがわんさか居るのが、お前の言う最強の部隊か?」

八城の見つめる後方には、膝を折り、泣き崩れている者が大半を占めていた。

酷い者だと、吐瀉物を撒き散らし、『菫』が介抱している者までいる始末だ。

「もう一度聞く、こいつらはなんだ?何故こんな子供が一番隊を名乗ってこんな所まで駆り出されてる!西武中央は何を考えて俺をここに連れて来たんだ!」

八城を西武中央へ連れて行く、ただそれだけの為の遠征に数多くの犠牲が出ている。

「答えろ!浮舟!お前はこいつらの隊長の筈だ!こいつらは何の為に此処に居る!」

「東雲八城さん。一つ聞いても良いでしょうか?」

尋ねる浮舟に、八城は視線だけで話の続きを促すと、浮舟は柔らかな笑顔でニッコリと笑って見せた。

「私達の敵は何処に居るのでしょうか?」


話題を紛らわす為だろうかとも思ったが、小さく首を振る浮舟の表情に、思わず八城は言葉を詰まらせる。

「私達が相手にする感染者は殺しても、殺しても殺しきれない。そして私達が守るべき殺してはいけない人間。私達にとって、本当に厄介なのはどちらなのでしょうか?」

「……お前、何が言いたいんだ?」

首を傾げる八城だが、浮舟桂花は今にも泣き出しそうな表情を浮かべながら八城の後ろの子供を見据えていた。

「私はずっと疑問だったんです。沢山の仲間が命を賭して守っても、守った人が仲間になってくれるとは限らない。なら私達は何故遠征隊などという組織に身を窶してまで前線に出て戦う必要があるのでしょうか?」

讃えられる事も褒められる事も無い。かと言って成果も出ず、戦う度に戦わない人間から責められる日々。

戦場から命からがら帰って来れば、住人の落胆の表情と嘲る叱責に心をすり減らし、戦場に出て身体をすり減らした事は容易に想像が付く。

「私はもう分かりません。だから貴方に委ねたいんです。たとえそれで貴方から無責任と言われてしまっても……」

最初から八城の質問への回答を明確にするつもりなど無かったのだろう『浮舟桂花』はその場からゆっくりと歩き出す。

「東雲八城さん。私達の誤算は貴方です。中央最強と呼ばれる貴方が私達西武中央遠征隊の誤算です。そして此処に居る非力な子供達の悲惨な末路は無力な私のせいでもあり、東雲さん。貴方のせいでもあるのです」

「俺のせい?それは、どういう意味だ?」

「そのままの意味です。私はここでこれ以上の情報を今の貴方へ与える事を西武中央から許可されていません。ですが、後少しすれば貴方を西武中央へ連れて来た意味を理解出来ると思います」

『浮舟桂花』はそんな一言を残し、八城の元を離れていった。

後少しすれば意味を理解出来る。

そう言った浮舟桂花の言葉は真実だった。

後少し

それは、三十分後。

八城は狭山湖と多摩湖の狭間にある、西武中央本拠地へと到着した。

7777番街区より更に自然豊かな西武中央は、ともすれば森の中とも言える立地条件ではあるが、この木々が上空を飛ぶ『フェイズ3』から人を守る死角となっている。

乱立する木々の隙間を抜け、ドーム状の大きな建物の中へ入っていく頃には、八城の隣には『G.O』と『浮舟桂花』の二人。そして、後ろをチョコンと付いて来る『菫』だけとなっていた。

薄暗い通路をただひたすら真っ直ぐに歩き、明かりの付いた部屋の前で立ち止まる。

「ここからは八城さんお一人でお願いします。菫さんは私が部屋までお連れ致しますので」

「分かったよ……」

八城は仕方なく後で裾を掴む『菫』の手をやんわりと解いていく。

「俺が戻るまでは、何もされないなら何もするなよ?いいな?」

「……了解なの。何もされない限りは大人しく待ってるなの」

浮舟に肩を掴まれた『菫』を一瞥した後に『議長室』と書かれた部屋へ八城が入っていくと、そこには女性とも男性とも分からない性別不明の美人が椅子に座って笑みを浮かべていた。


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