第186話 感染者9

ポトリと首が落ち、クイーンを斬った断面から吹き出る鮮血に、八城は込み上げるままに笑い声を上げ、次の標的である一華へと獰猛な瞳を向ける。

「ハハハァァアアハッ!終わったぜぇクソアマ!次はテメエの番だ!」

八城の朦朧としている剣先が一華へと伸び、一華も絶対窮地にも関わらず掛かって来いと言いたげに表情に笑みを作る。

「ちょっと!ちょっと待って下さい!隊長!」

だが、斬り掛かろうとした矢先、八城の前には全く見覚えのない少女が行く手を阻んだ。

名も知らぬその少女は、急いで校舎から出て来て、何故だか八城自身の事を『隊長』と呼びながら悲しみに暮れた表情を張り付けていた。

「あぁ?テメエ誰だぁ?……まぁいいや!そこに並べよ!今日は景気良くぅ!テメエごと斬ってやらぁ!」

初撃を八城は全力で振るったつもりだった。

だが、その威力は少女が片腕で受け止められる程のものでしかない。

八城が振るった一刀は軽くその少女に受け止められたが、受け止めたにもかかわらず少女は涙を流していた。

「隊長……全部終わりました。だから……もう大丈夫ですから……お願いですから、もう休んで下さい……」

八城が『雪』を振るう度に少女の顔に鮮血が散る。

その鮮血の在処を八城は回らなくなりつつある頭で辿り、それが自身から出ている事にようやく気が付いた。

「あぁ?ああ!そうかよ!つまりテメエから先に死にてえってことかぁ!それならテメエから殺してやる!」

「隊長!好い加減目を覚まして下さい!」

出鱈目に振るわれた『雪』の刀身を桜はどうにか受け止め、防御に専念するがコレだけの傷を負ってなお八城の手数は衰える事がない。

だが桜を最も焦らせるのは、手数でも技術でもなく、八城が動いた後に続く血の轍である。

振るうごとに八城の血液は桜に降り掛かり、桜の隊服は赤一色に染まっていく。

今は時間が無い……そう結論づけた桜は、後ろに控える善と雛に一つ目配せをする。

「隊長……すみません!」

大きい上段からの切り込みに全体重を乗せ手負いの八城の状態を崩すと、八城の後ろに控えていた雛が八城の身体を押さえつけ、善がその隙に八城の持つ刀を取り上げる。

「八城さぁん、優しく落としてあげますねぇ」

背部から押さえ込む雛が八城の耳元で甘く囁き、桜は暴れようとする八城の身体を前から押さえつけ、雛はその隙に常備している注射を八城に打ち込むと、疲労と酷い負傷から途端に八城はその意識を奪われていく。

八城の状態が安定した頃を見計らい、桜は善に八城の応急処置を任せ、八城が斬り飛ばしたクイーンの遺骸に近づいていく。

桜は戦闘前の八城に頼まれていた事を思い出す。

それは作戦前……

「クイーン討伐時に受けた感染は、発症前にクイーンを倒す事が出来れば体内に侵入した感染体もクイーンの死と共に消滅する。だから、もし俺がクイーン討伐時に何かしらの理由でクイーンの生死を確認出来ない状況に追い込まれた場合はお前がクイーンの生死を確実に確認してくれ。そして万が一生きている様なら、その容姿に迷わずにクイーンを殺してくれ」


戦闘前に、桜へ言っていた八城だが、今となっては思い返せば八城自身が鬼神薬を使う事を半ば予測していたのだろう。

桜はクイーンの遺骸と思われる少女らしき、クイーンの本体を見る。

首から上がなく、ただ姿形だけを見れば、それは『フェイズ1』と何ら変わらない様に思える、

「これ、死んで……ますよね?」

八城によって切り離された首と胴だが、胴体部分は腐敗が進んでいるのに対し頭の部分の腐敗の進行が些か遅く感じる。

「一華さん、私クイーンの討伐を初めて見るので分からないんですけど、クイーンの生死は何処で判断すべきなんでしょうか?」

桜は地べたに座り込みながら不機嫌に善から支給されている包帯を巻く一華へ疑問を投げかけると、一華はこれでもかと不機嫌を露わに薄ら笑いを浮べて口を開く。

「クイーンの口に手を突っ込んでみなさいな〜それで噛まれなきゃ死んでるわよ〜」

ある意味究極の選別方法であるのは間違いない。

だが桜は戦闘に参加出来ず、あまつさえ自身の隊長である八城に対して何も返す事が出来ない自身の不甲斐なさを誰でもない前線に立った一華に、気概すらないのかと誘われている様で面白くないのも事実だった。

桜は一瞬の躊躇いを気取られたくないと、その手を思いきりクイーンの生首の口の中へと突っ込んだ。

「……噛みません。間違いなく死んでますね」

数秒、確かめる様に桜はクイーンの口の中に手をいれたまま反応がない事を確認し、ゆっくりと手を引き抜いた。

「アハッ!桜ちゃんいいわね〜私本当に好きになっちゃいそうよ〜どう?私の仲間にならないかしら〜」

「私は貴方が嫌いなので、遠慮しておきます。それより隊長を連れてこの場を離れましょう、7777番街区に行けばもう少しまともな治療も……」

桜がクイーンから離れ、八城の傍らに膝を着こうした時……

『ケタケタケタケタ』

それは校舎屋上から姿を現した。

獅子の様に鋭く尖った四本の指、そしてもう片方には見覚えのある凶刃を携えた異形の存在。

その異形は離れた横須賀の地でも名を馳せているのだろう。天竺葵は口元を押さえあの単語を呟いた。

「アレは……ツインズ……?」

「皆さん!離れて!」

ツインズの脅威を間近で知る桜は真っ先声が出た。

不味い……そう桜が口に出す前に『大食の姉』は東棟屋上から中央広場へと舞い降りて来る。

ケタケタと不気味な笑い声の様な鳴き声が響く中、桜は善が拾い上げていた『雪』を構え、全員を後ろに庇う

何故今になって?

何をしに来た?

桜の思考は回り続けるが、その答えが出る事はない。

『大食の姉』はツカツカと歩きながら、武器を構える桜の数メートル手前で立ち止まる。

それは、クイーンの頭部……

大食の姉はそれをおもむろに持ち――

「やめっ!」

桜の声が止める間もなく、大食の姉は八城がきり飛ばしたクイーンの頭部を一息に飲み下したのだった。

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