第185話 感染者8

乱雑な足取りと、傍若無人に振るわれる恐れ知らすの剣線が砂塵を巻き上げる。

「あ〜あ、いっつも表に引きずり出されてみりゃ、しみったれた化け物屋敷つうのは、どういうことなんだよっと!」

発せられた言葉は間違いなく八城の口から出た言葉だが、纏う雰囲気から攻撃的な口調まで、その場に立つ八城は、誰もが知る『東雲八城』とは余りにもかけ離れた存在感を放っていた。

「あら!あらあらら!久しぶりね〜汚物の方の八城〜余所見しているとあっ、と言う間もなく死んじゃうわよ〜」

「あぁ?ああ!誰かと思えば俺に負けた馬鹿女じゃねえかよ!どうだ?俺に負けた後も、人生楽しんでるかぁ?」

会話の隙間に、手に持つ量産刃を目にも留まらぬ早さで振るい一線。ことごとく迫る攻撃を完璧に斬り落として行く。

「ハハッ!気持ちのわりい見た目しやがって!人が喋ってる時に攻撃して来るってことは、今すぐにでも!死にてえらしいなぁ!」

思考より先に握り込んだ量産刃が閃き、八城が作った間隙を一華は即座に駆け抜けていく。

「おい!雑魚女!雑魚のくせに人の前歩いてんじゃねえ!ぶっ殺すぞ!」

「遅れたあなたが悪いじゃないのかしら〜」

迫るツタを潜り抜け駆け抜ぬけた先に居る『クイーン』を取り込んだ昼顔の本体へ一華は肩口から抜き去った花を抜き、八枚ある花弁の内の二枚を去り際の一太刀で切り裂いて見せる。

肉厚の花弁がヌメリを帯びた体液を撒き散らしながら一華に斬られた逆襲とばかりに、爆発的に広がるツタの伸縮が辺りを飲み込んでいく。

「おい!クソアマ!何やりやがった!」

八城は突如押し寄せるツタの数に、回避に専念したが数本のツタが右足を刺し貫き、もっと近場に居た一華は右腕と左足を成す術も無く貫かれた。

「別になにもしてないわ〜ただちょっと斬ってみたのよ〜そしたらこの化け物が急に怒るものだから〜」

そうクイーンの真横で一華が声を発した途端、昼顔の身体に無数に付いている水晶体の瞳がキョロキョロと無造作に蠢き濁った瞳が一斉に一華の姿を捉えた。

激しい警鐘が脳内を支配する。

一華は本能に従い両足に力を入れその場を後退しようとしたが、貫かれた左足に力が入らず地面を這いずる無数の触手が、いとも容易く一華の右腕を捉え力任せに絞り上げた。

水気を帯びた雑巾から水分を絞り出すかの様に、ビタビタという音と共に赤みを帯びた湿り気が縛り上げたツタの隙間から零れ落ちる刹那、一華は纏わり付いたツタの根元を無表情のまま量産刃で断ち切った。

ダラリとぶら下げた腕を押さえつけ二歩三歩と後退してくる彼女の右腕は、歪な形にひしゃげており、この戦場では使い物にはならないだろう。

「ハハッ!なんだ!それ!ブッサイクな腕になったもんだなぁ!」

その腕を見て笑い転げる八城に、一華は珍しく苦虫を噛み潰したような顔を向けた。

「不細工は流石の私も傷ついたわ〜でも、不細工になってでも、やった甲斐はあったみたいね〜」

一華と八城は無駄話をしている間も意識だけは絶えずクイーンヘと注がれていた。

一華の『花』に花弁を切り裂かれたクイーンは先までの怒濤の攻撃が嘘だったかの様に、ツタによる攻撃がおさまりを見せる。

多山大学中央広場の両脇に生える常緑樹のさざ波立つ葉の擦れ合う音が聞こえる程の静寂が中央広場を包む中、中央広場最奥にそびえ立つ化け物の王は巨体を一つ波打たせた。

始まりを告げる脈動は一つ二つと連続して続き、粘液状の白い物質を花弁の先から建物上部へと放出し始める。

粘性を含んだ白糸が放出され、クイーンは糸を頼りにツタの先を伸ばし中央広場上空を格子状に覆い尽くしていく。

「最後の悪あがきつうところかぁ?」

「六枚残ってる花弁の内のどれかに昼顔の本体の当たりが入ってる筈なのだけれど、まぁただで斬らせてくれる程親切じゃないみたいね〜」

一華の見上げる視線の先、格子状の十字の隙間という隙間に握り拳程の果実を付け始める。

「八城〜化け物の種に気をつけなさいな。あの悪趣味な木の実に当たれば一発でお陀仏よ」

格子の十字の隙間に実をつける甘い芳香を放つ握り拳だいの果実は、急激に赤く熟れ、その実をアスファルトに落とすと果実に入っていた内容物を辺り一面に撒き散らす。

それは無数の芋虫とも付かぬ細長い生き物の形をしており、空気に晒された途端に腐敗を始め、自壊していく。

芋虫の正体。それは長らく人類を苦しめ、解明不明のままになっていた、俗に『感染体』と呼ばれる物の実体だ。

「八城〜早死にしたくないなら、ソレが生きている内は触らない方がいいわよ〜」

果実から生まれ落ち、感染体は数秒しか活動する事が出来ない。

だがその数秒間は地面を蛇の様に這いずり、一華と八城に向かって飛び跳ねて来る。

感染体はその身体全てに感染源となる細菌を蓄えており、感染体自体に貪食作用を有している。

そのため、生まれ落ちた瞬間から感染体の細胞を数秒で食べ尽くす。

結果、生まれ落ちてから数秒の活動しか出来ないものの、あの果実から生まれ落ちた感染体の感染力は、他の個体の十数倍も跳ね上がる。

「いいじゃねえかよ!久しぶりに表に出て来たんだぁ!丁度秋にピッタリのフルーツ狩りをしたかったところだぜぇ!秋の味覚をご堪能と洒落込もうぜぇ!」

一歩八城が踏み出せば、クイーン本体の瞳にも似た水晶体の器官が一斉に八城を捉え、正面からは無数のツタが迫り、頭上からは感染体を内包した果実が降り注ぐ。

「いいなぁ!いいなぁ!最高だぁ!これだから戦いっつうのは痺れちまうよなぁ!」

八城は上部から迫る果実だけを器用に避け、前から来るツタを何度となく食らいながらも絶え間なく動き続ける。

肩口に突き刺さるツタを無理矢理引き抜き、血反吐を吐き、隊服を赤一色に染め上げても八城の高笑いは止まらない。

「どうもぉ!初めましてぇ!お互い仲良くしようぜえ!化け物さんよお!」

鬼神薬を飲み戦いを楽しむ狂気取り憑かれた八城は自身の傷も構わず、誰も踏み込めなかったクイーンの射程を一息に詰めてみせた。

「人の腹ぁ勝手に穴あけてんだ!テメエもたっぷり楽しんでけよぅ!」

八城が自身の『雪』に手を伸ばした刹那、一華が持っていた筈の『花』が八城の足下に突き刺さる。

「そっちを使いなさいな〜戦いは楽しさも大事だけれど、楽しむ為には効率も大切よ〜」

「ハハッ!雑魚の割には、案外良い事言うじゃねえか!最高だぁ!見直したぜぇ!クソアマ!」

八城は大部分が黒く染まった『花』を地面から引き抜き、刃渡り一メートルの全てを使い、感染体の位置などお構い無しにクイーンの胴を一線してみせた。

それは八城の狙い通り、足に負傷を負っていた八城では高い位置にある花弁まで辿り付く事が出来ない。

なら辿り着けないなら、花弁の方から八城の方へやってくればいい。

『花』の大太刀で一線された昼顔クイーンは主柱を失い、傾いでいくその花弁を八城の正面に晒す。

「訳も分からねえ!しかも食えねえ果実しか実ってねえ果樹園は!そろそろ閉園の時間だぁ!」

二刀目の花の斬撃が残る花弁六枚の内三枚を斬り飛ばし『花』刀身はその全てを黒く染め上げた。

だが八城にはまだ無傷の『雪』が残っている。

「ハハッ!よくよくこの顔を覚えて逝きなぁ!そうすりゃ先に俺が殺した化け物どもと、あの世で楽しく!世間話ぐらいはできらぁよぅ!」

冴える刃は、一太刀でいい。

最速にして至高の刃。

八城はそれを完成させる術を知っていた。

音も思考も結果も置き去りに、ただ化け物を殺すためにだけ鍛え上げられて来た一刀は人間ある限り到達しえない領域だった。

そして今、この戦場に純粋な『人間』と呼べる存在は存在しない。

化け物が化け物らしく、血で血を洗う戦いを繰り広げ、強い者だけが最後に生き残る。

「ゲロゲロっと!往生しな!ええ!聞こえてるかぁ!化け物!」

抜きすら見えぬ抜刀。

それは今まで八城が繰り出した中で最も早い一刀は誰の目にも見せず『雪』の刀身が僅かに黒ずみ、それだけが獲物を斬った事を証明していた。

全ての花弁を切られてしまえば、そのどれかに感染体が存在する。

感染体を切られた昼顔本体の瓦解が始まれば、その中から子供の形をした何かが這いずって姿を現した。

「……タヅゥ……ゲェエデェユァゥウ……」

昼顔の遺骸から黒ずんだ液体を全身に纏わり付かせ、内部から這いずって出て来たもう一体。

それは間違いなく、人を苦しめていた災厄の主であり、この戦いに置ける最終目標だ。

だが、その最終目標は人の言葉を使い何かを求めて彷徨っていた。

「マァマァ……」

普通の人間であるなら、人の形を象ったその存在に刃を入れる事に抵抗を覚えるかもしれないが、化け物にとっては運が悪い事に、この場に人間は存在しない。

「あぁ?何の歌だぁ?もっとハッキリ歌ってくれねえとよぅ!全然!聞こえやしねえんだよ!」

ヨロヨロと何かを頼りに近づいて来るクイーンに、八城は厭わし気に回し蹴りを入れると、クイーンはいとも簡単に吹き飛び、全身を覆っていた液体が飛散しその姿が露わになる。

「あぁ?裸の女だぁ?しかも餓鬼じゃねえかぁ!」

だが、今の八城にとっては敵から出て来た相手は敵でしかなく、もっと言うなら敵と味方の区別すら曖昧である。

ただ一つ言える事は、この目の前に突如現れたこの少女を殺す事こそが、この戦いの終着であるということだ。

「そんじゃあまぁ!スパッと終わらせちまうかなぁ!」

そう言って八城が『雪』を振り上げ、何の感慨もなく目の前に居るクイーンの首を斬り落とした。

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