第184話 感染者7

地面に滴る血液の量は動く度増している。

軽く身を翻し、伸び来るツタの隙間に量産刃を挟み込み、全体重を掛けて斬り落とす。

八城は大きな傷を負いながらもクイーンに貫かれた腹部の痛みを然程感じてはいなかった。

理由は分かっている。

鬼神薬、その薬は服用せずとも、ある一定基準値を上回る脳内快楽物質が分泌される事で体内浸食を開始する。

鬼神薬に引っ張られる意識の中

ぼやけていく視界を凝らし

遠ざかる雑音に耳を澄ませ

鼻孔を抜ける血なまぐささを嗅ぎ分け、舌で吟味して飲み下す。

手に持つ量産刃の重さを見失わないように握りしめ、伸び来る連撃を搔い潜る事で、鬼神薬をどうにか遠ざける事が出来る。

「一華!今通信が来たんだが、マリアが来て早々に向こうでピクシーのなめろうを作ってるらしい!時雨から苦情の電話が届いているぞ!どうなってるんだ?!元隊長!」

「あらぁ?マリアってあの甘チョロマリアかしらぁ?なんでこんな所で漁師飯を作ってるのかしらね〜あの子は!」

一華と八城はどうでもいい話をしながらも、ギリギリの連携を駆使してどうにか目の前のクイーンへ前進して行くが、人間離れしている二人でさえ、前進を阻む昼顔+クイーンの猛攻を凌ぎきる事が出来ていない。

躱しきれずツタに刺し抜かれ、かすり傷を負いながら互いの致命傷をカバーし合う攻防の中で、体力を消費すると同時に二人の体内からは感染体が浸食していく。

「あら、嫌だわ〜気持ち悪いと思ったら血が口から出るわね〜コレで何回目かしら〜」

「俺はこれで四回目だ!どうせ運が悪ければ死ぬだけなんだ!今はそんなどうでも良い事を気にするな!」

通常感染体に噛まれてしまえば一〇分としない内に、人は動く事すら出来ない嘔吐と痙攣に苛まれる。

次いで三十分から一時間程度で『奴ら』と呼ばれる感染者に成り代わる。

そして今、八城と一華はその一〇分の壁に差し掛かろうとしていた。

「あら〜八城〜?動きが悪いわよ〜?話が違うんじゃないかしら〜?私より良い所を見せてくれるんじゃなかったの〜?」

弾き、斬り、躱す中で、八城の動きだけが見るからに遅くなっていく。

一華は八城の連携が崩れた事により傷を負いながらも、八城へ来る攻撃を次々に斬り飛ばして見せていた。

「八城〜アレ使いなさいな。今のあなたじゃ使い物にならないわ〜」

「……まだ……やれるだろ」

息も絶え絶えに、八城は刀を振り迫る攻撃を受け流すが、精彩を欠く技で生き残れる程、ぬるい相手ではない。

息継ぎの遅れが行動の遅れを呼び、その遅れが決定的な隙を生む。

八城は無理矢理に身体をねじり、地面を這いつくばりながら攻撃を躱したが次ぐ二撃を回避する術を持たない。

だが迫る攻撃を一華が二刀持つ量産刃で斬り飛ばす。

「はい、一度死んだ〜八城〜あなたは今死にました〜ねえ、このままだとあなたのせいでみんな死ぬわよ〜全員の死因は八城が本気を出さなかったこと〜って言いふらしちゃうぞ〜」

「……お前も死ぬのに、どうやって言いふらすんだよ……」

一華は間一髪で温存していた『花』を抜き、迫る攻撃を斬り飛ばすが『花』の刀身はその一撃で半分近く黒く染まってしまうが、一華に気にした様子は無い。

「あら!言われてみればそうね〜そういえば、私も感染してるんだったわ〜でもそろそろ選んでくれないかしら〜鬼神薬を飲んでみんなで生きるか、鬼神薬を飲まずに皆で死ぬか〜」

「出来るなら飲まないで生き残りたいもんだな……」

「それは無理よ〜それに、此処まで散々あなたの仲間?だったかしら〜?八城もあの子猫ちゃんの我が儘に付き合ったのだから〜もうそろそろいいでしょう?そもそも此処に立てる人間でもない子猫ちゃんに何かを言う資格はないわよ〜」

立てない者に、言う資格は無い。確かにその通りだ。

「確かに最前線に立つのはいつも俺とお前だ。だからお前も俺も、人としておかしくなっていた……だが、アイツは俺やお前と違って弱くない。何時か桜はは桜のままこの場所に立つ日が来る」

「あら〜そうなの?でもそんな日が来るとしても、それは今日じゃないわ。それに私達を助けるのは何時だって私達だわ〜誰かに期待するのはそろそろ辞めたと思っていたのだけれど〜八城の悪い癖ね〜」

「ならお前の悪い癖は、誰も信じないことだろうな」

「失礼しちゃうわ〜私ぃ〜八城は信じているわよ〜あなたは使う。それこそどれだけ重要な約束があってもね〜だって八城はそれで助かってしまったもの。コレは間違いないわ〜」

誘う一華の指先に、赤い丸薬を爪で弾いて八城に寄越す。

「さぁ〜行きましょう〜私達の戦場へ」

丸薬を片手で受け取った八城は、一度校舎に居る桜を見渡すが、その姿は何処にも見つけられない。

戦場のど真ん中で動きの鈍くなった八城に他の選択肢はない。

生き残る事は即ち、目の前の敵を殺す事だ。

だから仕方がない。

生き残る為に

人を生かす為に

そして、死んで行った者達の為に

たとえ、『野火止一華』と同じ人を躊躇いなく殺める鬼になったとしても……

「行くか、久しぶりの戦場だ」

発した口に、八城はそのまま鬼神薬を放り込む。

口内を突き刺す酸っぱさを噛み砕き飲み下す。

ぼやけていく視界を手放し

遠ざかる雑音を脈打つ鼓動の音で掻き消し

鼻孔を抜ける血なまぐささをすら心地よいと、血の生温さを舌で舐めとる。

手に持つ量産刃の重さが軽くなった瞬間、八城の視界は塗り変わる。

三日月を思わせる笑みを湛えた口元と獰猛な視線が瞳に宿した八城がそこに立っている。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る