第171話 荒城16

「以上が作戦説明の概要だ。他に作戦概要で聞きたい事がある人間はいるか?」

ニヤニヤと笑う一華以外の全員は一様に静まり返っている。

八城は、それ以外の反応が返って来ない事を確認し、全ての作戦説明の締めくくりとした。

「じゃあ次に初芽、お前の説明を頼む」

一刻一刻と時間が過ぎる現在の状況において、最も重要な事はどの隊よりも早く7777番街区へ赴き、成功確立の低い作戦の可能性を少しで上げる作為を巡らせる事だが、此処で時間を割いたとしても初芽には聞いておかなければならないことがあった。

「初芽、三シリーズの事で話があると聞いたんだが、どういうことだ?」

八城は話を促すように、腰に携えている異形の刀を軽く叩いてみせた。

「ふむ、そうだね……どこから話したものか……八城は、先日私が7777番街区へ遠征していた事は知っているかい?」

「知ってはいたが、遠征理由までは知らないな」

「……そうだろうね、私が7777番街区へ遠征を命じられた理由は主に三つだ。一つは八城や八城の扱う三シリーズの性能を知っているから。まぁ、コレに関しては私の隊が選ばれた理由に過ぎないけれどね」

ヤレヤレと戯けてみせる初芽だが、肝心なのは此処からだろう。

「そして、此処からは私が何故7777番街区へ向かったのかだが……一つは7777番街区の後始末だ。八城が放ったらかしにした後始末と言えばわかるんじゃないかな?そして、最後。コレが八城にとって最も重要な事さ。八城は多山大39作戦での戦闘記録に単一増殖する蚰蜒を見たと書いていたね?そしてそれを君は『雪光』で何度も切り刻んだ。此処までの事実に間違いはないね?」

八城は聞き取った内容に首肯する。

すると『やっぱりか……』と何処か納得した様子を見せた。

「八城が倒したとされる蚰蜒だが、柏木議長はその個体をとても懸念していた。まぁ、それはそうだろうね。なんせ単一増殖だ。人を食い増殖するならまだしも何も無いところから生まれてしまうような惨事なら、これは重大な問題になりうる。だから柏木議長は7777番街区への遠征の第一目標を蚰蜒の調査として、私達十七番隊を7777番街区へ向かわせた。だから私達はその指示通り、7777番街区に付く前に、君たち八番隊が戦った多山大へ潜入した。そして私は見たんだ――」

一呼吸、含みを孕んだ笑みを浮かべ、その事実がまるで心地の良い物だったと言わんばかりに、初芽は気色満面にその偉業を讃えていた。

「何を見たか分からないかい?無理も無いさ。八城はあの時7777番街区の子供を生かす為に戦っていてそれどころじゃなかったのだろう。八城。君の交戦記録で記載されていた場所で、八城が戦ったとされる蚰蜒の死体があった」

死体と聞き、それがあるのが当たり前だと思うのかもしれないが、事感染者に関して言えば、それは当てはまらない。

「本当に……見たんだな?蚰蜒の死体を……」

尋ねる八城に、初芽は間違いないと頷いて見せた。

此処まで来て嘘をつく理由も無い。であれば、感染体が死亡した個体の腐敗による消滅が起こっていない……いや、遅れている理由はなにか?

「確かにそれは、驚くべき事だな。だがそれと三シリーズに一体何の関係があるんだ?」

「この話にはまだ続きがあるのさ。君が倒した蚰蜒はそのまま死体が残っていた。そして、同一個体が多山大学内にて観測されなかった」

八城は今度こそその事実に目を剥いた。

「ちょっと、待ってくれ!あの時の俺は雪光の使用限界まで使い切っていた。留めを刺したのは机やら椅子やらの殴打と、量産刃での刺突だぞ?」

あの時鬼神薬を服用していた八城だが、微かに覚えている内容として、雪光で最後の留めを刺していないことだけは分かっていた。

「そうだね、でも蚰蜒を雪光で斬り、そして他の方法を使って息の根を止めたのは確かだろう。死体が腐敗をやめた事や、クイーンの軍隊の内で蚰蜒の復活が停滞している原因が『雪光』で斬った回数なのかどうかは定かではないが、その刀は斬った相手へ感染する。だからこうして私も助かっている。つまり出ている限りの情報で精査するのであれば、その刀は、私と同様にフェイズ3である蚰蜒をその刀身から感染させたということなのだろうね。未だに他の前例が無いからこれ以上の事は言えないが、他個体が通常の兵装で倒された場合遅くとも一週間で同一個体が復元されるのに対して君が倒した蚰蜒は未だに復活していない。もしかしたらこれから復活をするのかもしれないが、これは今までにない状況だよ。そして、その今までに無い状況を作り出した武装が君たちの持っている三シリーズ、という訳さ」

聞き終わり、八城はただ一言「そうか……」と呟いた。

今までこの『雪』と名付けられた刀を握って来た回数を噛み締める。

強敵と戦い、勝つ以外の選択肢は無かった。

あの場所で多くの人間が死に、取り残されていた子供も全員無事に帰還する事は叶わなかったが、間違いではなかった。

単一増殖が可能となったユニーク個体である蚰蜒はあの場所で倒さなければならない化けもだった。

そして恐ろしい化け物であるが故に、三シリーズの武器の特性をまた一つ知る事が出来た。

「じゃあ、つまりこの作戦の成功確立が上がったっていう事だな」

敵は一匹でも少ない方がいい。

それが単一増殖を可能する強敵であるなら尚更だ。

強敵の不在。八城は確かに感じ始めた勝利への確信と共に、全員を見渡し重い腰を上げた。

それに続き桜と初芽、おまけに雛が続いて立ち上がる。

「八城は〜本当に面白いわね〜何時でもピンチで、死に損なうのね〜」

続いて一華もケラケラと無邪気に笑い、寄りかかっていた壁から立ち上がる。

一華の挙動に続き、偽城、善、九音が順にその場に立ち上がる。

一華は自身の率いる人間を見てニンマリと笑い、その笑顔のまま八城へと向き直る。

「ねぇ〜八城〜?聞いていなかったのだけど〜貴方の命令に従わなければ〜私達は〜どうなるのかしら〜?」

「そんなの決まってるだろ。ただ単に俺が困るだけだ」

「あら〜そうなのね〜でも良かったじゃないの〜」

「何も良くないだろ。お前が居る事がこっちとしては、そもそも困ってんだよ。これ以上俺を困らせんな」

何も気にしない一華だが、八城としては堪ったもではない。

なにせ、野火止一華が居て困らなかった試しがない。八城が方々を駆け回り火種を消しても、彼女が火遊びを辞めないのだから、手の付けようがない。

「あら〜困らせないわよ〜だって八城、今回は絶対に勝ちたいのでしょう?ずっと前にも言ったわよ〜私と貴方が居れば勝ち戦よ。なら此処には勝ち戦が揃っているわよ」

二人の視線が交わり、それ以上に互いは互いを信頼以上の時間の蓄積が取り交わされる。

二人だけにしか分からない共にした時間は背中を合わせた経験から来る信頼である。

何方も生き残り、生き残れば当然伴った実力の証明となる。

一華は八城の背を守るに足る力を備え。

八城もまた一華の背を守るに足る力がある事を証明した。

「それにしても、それを八城に渡して〜正解だったわね〜やっぱりあの老人は、私と同じく八城を一人にしたもの、でも私にとって誤算だったのは桜ちゃんかしらね〜」

八城から視線を外し、後ろに立つ桜へ視線を移す。桜は見られるのも嫌だと視線から逃れようとするが狭い室内でそんな事は叶うはずもない。

「私の読み通り、八城は強くなったわ〜それこそ死物狂いで生き残って来たかしら?でも八城は狂いきれてないのよ〜そして、その原因はきっとあなたね〜桜ちゃん」

「……どういう……意味ですか?」

獰猛な瞳に睨め付けられようとも、桜は四肢に力を込め、逃げようとした自身の足をその場に縫い止める。

だが、一華からすれば壊れない玩具が自分から遊びに来たと桜のなけなしの勇気すら楽しむのだ。

「そのままの意味よ〜でもね、残念。そんな八城は今日でお終い。幾ら貴方がそこに八城を押しとどめても、今は、こんなに私の指の届く場所に八城がいるわ〜この作戦で私は八城を完成させる。もう他人任せは辞める事にしたの。だから桜ちゃん、ご愁傷様〜」

八城へ薄く抱きつき、蛇の様に腕を絡ませる一華に、八城は嫌悪感を露わに抱きついて来た身体ごと振り払うが、それでも身体をベタベタと触って来るのは不気味でしかない。

「一華、桜に話しかけるなと言った筈だ。それから桜、こいつの言う事に耳を貸すな」

八城は桜を後ろへ庇ったが、桜はそれに反して一華の前へ歩み出る。

桜としても今の言葉を一華から聞いて、ずっと考えていた決心が固まった。

「一華さんお願いがあります」

自ら歩み出た桜は八城が止める間もなく次の言葉を吐き出した。

「一華さん、私に鬼神薬を下さい」

ニタァと不気味に笑う一華の表情が八城から見えた。

「あら!あら!あら!あら!素敵じゃないの〜ちょっと見直しちゃったわ〜」

一華は近づいて来た桜の髪の毛を弄びながら、桜の反応を楽しむが桜はその事に関して微動だにしない。むしろこの中で最も取り乱していたのは八城だった。

「桜!自分が何を言ってるのか分かってるのか?」

だが桜は八城の静止を振り切り、もう一歩前へ一華の吐息のかかる距離まで自分から近づいていく。

その答えは、桜がずっと悩み考え……

そうして考え抜いた末にようやく出した結論だった。

八城はこの作戦できっと鬼神薬を使う。

そして使えば八城は次こそ戻って来ないかもしれないという予感が桜の胸をざわつかせた。

ならもう、自分を足枷にするしか、桜には他の手段が思い付かなかった。

「一華さんは鬼神薬を持っていると聞きました。それを私にも下さい」

「でもぉ〜私が貴方に渡して〜一体何の得があるのかしらね〜?」

ここで桜がたじろぐ姿を見せれば、きっと一華を喜ばせるだけだと分かる。

緊張でかじかむ喉元で一つ息を吞み込み、一華が好む言葉を探り出す。

「……じゃあ、そうですね。鬼神薬をくれたら前回私にキスした事は水に流します」

面食らった一華の表情は直に綻び、絶賛の笑顔を見せた。

「アハッ!いいわ!良いわ〜!凄く良いじゃないの〜!今の答えは〜私好みよ貴方本当に素敵だわぁ!」

まるで自分の玩具だと言わんばかりに一華は今度こそ踊る様に喜び、桜を抱きすくめる。

だがそれが何を意味しているか分からない八城ではない。

「おい!一華!好い加減にしろ!それに桜もだ!」

「あら〜?好い加減にするのは貴方の方よ〜八城〜?今良い所なのだから、茶々を入れないでくれないかしら〜」

下を向いたままで表情は読み取れないが、底冷えする声音だけは野火止一華という女の本気を示している。

そして一華は透明な容器に三粒入った鬼神薬を桜ヘと手渡した。

「桜ちゃん、きっと貴方も〜私に似た素敵なレディーになれるわよ〜一日一錠、朝でも昼でも夜でもね〜食前食後何時でも気にせずに飲めばいいわよ〜」

桜は何も感情を浮べずそれを受け取り、そのままポケットへと突っ込む。

その一連の様子に八城も黙っていられず声を上げようとした時、桜が八城へ向き直る。

決意と悲哀が満ちた視線に八城は言葉が出なかった。

「隊長……私は、隊長が鬼神薬を使わなければ、私も鬼神薬を使わないと約束します。ですが、隊長がもし鬼神薬を使う事があれば、私も迷わず鬼神薬を使います」

八城は鬼神薬の恐ろしさを嫌という程知っている。

桜も鬼神薬の恐ろしさを知っている。

八城は仲間を大切に想い、桜は大切にされている事を知っている。

そして仲間の内で鬼神薬に耐性があると証明されている人間は桜だけだ。

なら八城に鬼神薬を使わせない為に桜が取れる行動は一つだった。

「お願いです隊長。私は鬼神薬を二度と使いたくありません。ですので隊長も……もう鬼神薬は二度と、使わないで下さい」

声が震え嗚咽が漏れそうになるのをなけなしの根性で堪え、桜は自身の願いと共に八番隊員全員の願いを代弁する。

『近くに居なければ止められない。だから八城くんをお願い』紬が出立する直前桜へ初めて頭を下げて願った言葉だ。

そして桜が願った事でもある。桜に全てが足りないのは承知の上だ。

都合のいい事を言ってるのは分かっている。

だがそれでも、全てを捨てても勝てない相手であろうと、捨てて欲しくない物が確かにあった。

「隊長はきっと、私の言葉に約束して下さらないと分かっています。だからこれは、私から一歩的にする約束です」

苦虫を噛み潰したような表情の八城を見て、桜も自身の胸の内が痛い事に気が付いた。

それは桜が二番目にして欲しくない顔で、その顔をさせているのが自分だという罪悪感から来る痛みだと分かっている。

だが一番じゃない。

一番じゃないのなら、胸を突き刺すこの痛いなど桜にとっては痛みですら無い。

「隊長は、私の知らない場所に何時もいらっしゃいます。でももう、一人では行かせません。足手まといの私でも、例えその場所がどんな場所でも、その後ろにへばりついて付いて行きます」

ある意味では、告白と大差ない言葉だっただろう。

八城も肩の力が抜けたと誰にでも分かる大きな溜め息を付いて軽い頭痛を抑える為にこめかみ揉み込む。

「お前が地獄まで付いて来る必要はない……」

一華と居ればよく分かる。

強くならなければ死にたい場所も選べないのではない。

強くなれば成る程に、死にたい場所が選べなくなるのだ。

そしてそれは八番隊で、八城がそれを先導していることも桜は分かっていた。

だがそれを知ってなお、桜は首を横に振った。

「私は八番隊です。何処でも隊長が行くのであればそれが例え地獄でもお供いします」

此処まで来て最早ブレる理由はなかった。

桜自身の弱さに項垂れることがあっても、泣き顔を腫らしても、芯にある八城への想いだけはこの場に居る誰にも負けたくない。

それは今桜の後ろに居る恐るべき彼女であろうともだ。

「隊長の後ろが私の居るべき場所です。ですので隊長はご自身の思う道を進んで下さい」

次にどんな言葉が飛んで来るか分からなかった桜はキュッと目を瞑っていたが、聞こえて来たのは、笑い声だった。

フッと目を開ければ、八城が笑い初芽も釣られて笑っていた。

一頻り笑い終えた後、八城はまだ抜けきらない笑気を隠そうともせず、桜を真っ直ぐに見つめる。

「お前は何時からそんな模範的な隊員になったんだよ……正直気持ち悪いわ」

「たっ……たいちょう!あんまりですよ〜人が真剣に話をしてるのにぃ……」

気の抜けた何時もの桜がそこに居て、何処か安心して八城はようやく動き出す。

「行くぞ。どこまでも付いて来るんだろ?」

大きく頷いた桜は八城の背中に付き従うように歩き出し、初芽もヤレヤレとその後ろへ付いて行く。

こうして、東雲八城率いる八番隊と、野火止一華率いる新設、一番隊が揃い、全員はようやく66番街区から、7777番街区へと出立したのだった。

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