第170話 荒城15
八城、一華、桜の三人は危なげなく多摩川沿いの戦闘を切り抜け、見覚えのある建物の前で立ち止まる。
桜が思い返すのは初めて66番街区へ来た時の記憶だ。
疲弊した避難民を連れこの番街区の呼び鈴を何度か鳴らした時桜は、丸子にこっぴどく怒鳴られたのを覚えている。
東京中央から、目的地である7777番街区へ最短距離で向かうのであれば、66番街区へ立ち寄るのは遠回りにしかならない。
それに現在時刻は昼。
一日の遠征距離にしては些か短過ぎる事から、66番街区への寄り道は無駄でしかない筈だ。
「隊長私ここあんまり得意じゃないんですけど……わざわざ、遠回りしてまでなんで66番街区に来たんですか?」
「あら〜戦闘では役に立たないのに〜意見は一丁前に言うじゃないの〜」
「おい、やめろって……なんでそういうこと言うの?それから桜!お前も明らかに傷つくなよ。こいつの悪口は、呼吸と一緒なんだ。これだけ一緒に居ればそろそろ分かるだろ!」
それでも言われた言葉を気にしてか、二人の数歩後ろにトボトボ付いて来る桜に八城はどうしたものかと頭を悩ませる。
「だって……一華さん強いからぁ……何も言えないんですよぅ……」
「そうね〜可哀想だけど〜桜ちゃんは弱いからぁ〜何も言えないわよね〜」
「ううぅうぅ……たいちょう〜隊長の方から何とか言って下さいよぅ」
仲がいいのか悪いのか分からないが、戦闘での二人は相性が良いという事だけは確かだった。
フェイズ2を難なく倒せる一華に対しフェイズ2をかろうじて倒せる桜の実力は大きく隔たりがあるものの、だからこそ狙うべき敵を見誤らない。
出来るだけ強い相手を選ぶ一華が前に出れば、桜が安全に倒せる敵だけが目の前に残る。
出たがりの二人の後を、八城は最後の討ち漏らしを確実に撃破していくだけだった。
「大丈夫だ、今日一番仕事してないのは間違いなく俺だ。桜は間違いなく俺よりも働いてる。だからこいつの言う事なんぞ気にするな」
「そうね〜いつから、八城は人に戦いを任せる様になったのかしら〜」
一華から非難の絡み付く視線を無視して、八城は66番街区の呼び鈴を鳴らす。
「隊長?それで何をしに66番街区に来たんですか?」
「ん?あぁ、簡単だよ。補充要員を迎えに来ただけだ。最初に言っておくが、喧嘩するなよ」
「……?補充要員って事は味方でうすよね?なんで味方と喧嘩になるんですか?」
「今に分かる」
2度目の呼び鈴で、中の慌ただしさが徐々に近づき、玄関口の扉が開かれる。
「はいは〜い、今開けるで〜ちょい待ってぇな〜」
間延びした関西弁が聞こえ、その隙間から乱雑に切りそろえられた前髪がチョコンと顔を覗かせた。
「おう、お兄さん、随分遅かったやん。もう少しでキリンの首の長さに追いつくかと思うたで」
出迎えたのは、似非関西弁を喋る偽城だった。
そして、桜にとってはそれで十分だった。
「隊長、その人から離れて下さい」
一際低い桜の声がその場に緊張を漂わせる。
「あら〜?桜ちゃん〜何を握ってるのかしら〜抜いても別に構わないけど〜私の部下に向けるなら、容赦しないわよ〜」
量産刃を握り込んだ桜に、一華もまた三シリーズの一本である大太刀の『花』を握り込む。
「落ち着け桜。一華が来たときから分かってた筈だ。俺達には人も実力も足りないんだ。一人でも増やせるなら、敵だろうが味方だろうが俺は構わない」
「だって!でも!この人は紬さんを!」
桜の記憶で傷つけられていた紬がフラッシュバックする。
「分かってる!だが、何処も生き残るのに必死なんだ。俺もお前も、何時こいつらと同じ立場になるかもしれない。遺恨があるなら水に流さなくても良い。だが!肩を並べる以上受け入れろ」
「隊長は!……隊長は!本当にそれでいいんですか!紬さんを傷つけて、時雨さんもこいつらにやられたんですよ!」
桜一人だけが、殆ど無傷で済んだのは、その傷を他の仲間が……紬が、時雨が、そして八城が引き受けたからに他ならない。
「何時また時雨さんや紬さんが……」
思い出すだけで恐ろしい、一歩間違えば人の手で仲間を失う所だった。そんな事は絶対にあってはならない。
だが、八城が偽城の傍から離れる事は無かった。
「こいつらとは目的が一緒なんだ。この一件に関してはいいも悪いもない。人命が掛かってる。打てる手を打たない奴からこの世界では死んでいく。お前も身に憶えがある筈だ」
思い返せば数えきれない。八城の言う事が正しいと分かっていても――
「納得はできません……」
桜には仲間を傷つけられた事は割り切るのは出来る事ではなかった。
「アッハハ!可笑しいわね〜八城を傷つけたのは桜ちゃんじゃないのかしら〜?人のせいは良くないぞ〜」
「それは貴方が!私に!」
「鬼神薬を飲ませたからかしら〜?桜ちゃんが飲んだから、なあに〜?結局桜ちゃんの握った猛々しい一物が、八城を刺し抜きした事には変わりないわよ〜」
「だから!それは貴方が!」
「そうね、私が桜ちゃんに飲ませたわ〜でも飲まされたのは、桜ちゃんのせいじゃないのかしら〜?飲みたくないなら抵抗すればいいのよ〜?でも、桜ちゃんが弱いから〜組み敷かれて〜私に負けたから〜結局鬼神薬を飲まされた、私の言ってる事、なにか間違っているかしら〜?」
「なっ……何言って……」
力量も、曲がった信念も圧倒的な一華の言葉に、桜は一歩たじろぎ視線で八城へ助けを求めたが、八城はただ事の成り行きを見守っている。
「弱さを〜負けた言い訳にして〜人を責めるなら〜目障りだから〜今すぐに死になさいな〜」
眼前にある一華の整った顔が、桜にとっては何より恐ろしい。
「だって、あの時は貴方が無理矢理……」
「そうよ、私が無理矢理したわ〜でもそれは桜ちゃんが私より弱いからよ〜もし、桜ちゃんが私より強かったら、善に苦戦することなかったし、紬が傷つく事もなかったんじゃないのかしら〜フフッ、あら?あらら?聞いてビックリだわ〜全部桜ちゃんが弱いのが原因じゃないのかしら〜?」
「そっそんなの……」
ぐちゃぐちゃの思考からは、続く言葉は終ぞ出なかった。
言葉を荒げる事も、相手の言葉を否定する事も出来ない。
一部の隙もない一華の論理の中で桜の行動の結果が全てを物語っていた。
弱さは野火止一華にとって、無意味で無用。
それはある一定の意味合いにおいて桜も同じ結論を見出しているからこそ、彼女と対比されてしまえば桜は何も言い返せない。
一華は強く、桜は弱い。それだけで言葉は要らない。
「ほらほら、鳴きなさいな。きゃんきゃんって、あら?違うわね〜?私から八城を取った桜ちゃんはニャーニャーの方がお似合いだわ〜負け犬の、泥棒猫ちゃん」
「わっ……わんっ……」
一華の雰囲気に吞まれた桜が、本当に動物の声真似をする直前、八城は桜の口を手で塞ぐ。
「本当に鳴く奴があるか、だからお前は馬鹿なんだよ」
「だって……わだじぃ……弱いのでぇ……」
「泣くな馬鹿。本当2救い様が無い馬鹿だな。一華の馬鹿の言う事を真面目に聞くんじゃない馬鹿。そんな事で一々謝ってたら本当に馬鹿になるぞ、この馬鹿」
「そんなにぃ……馬鹿っていわないでくださいよぅ……」
隊服に縋り付く桜に限界を悟った八城は、庇う様に一華の前に出た。
「ああ、もうお前はいいから。桜は一華と話すの禁止。もし話しかけられても桜は返事をしない事、いいな?」
「しませんよぅ……」
「あらあら〜桜ちゃん〜?お菓子をあげるから〜こっちを見なさいな〜」
「ふぇ〜嫌ですよ〜どうせまた、いじの悪い事を言うんですぅ」
一華は桜の反応が面白いのか、桜の前に回り込むが、八城の後ろに逃げ回り込んでは逃げ、八城の周りをグルグルと回り出す。
「けったいやでぇ〜お兄さん〜美女二人侍らせて羨ましいかぎりやな〜」
三人の様子を見ていた偽城は口笛を吹き、その様子を楽しげに眺めているが、されている八城からすれば面倒この上ない。
「……いいから、皆の所に案内してくれ」
「ハハッ、了解や」
そう言って偽城を先頭に、八城、桜、一華の順に階段を地下へと降りていく。
「せや、十七番の隊長はんが、お兄さんに話す事があるちゅう言うて、慌ててたで〜時間ある時話きいたげてやってえな」
「初芽が?何の話だ?」
「なんでも、お兄さんと一華の姉さんの持ってる三シリーズの事言うてはったで、内容は知らん」
「そうか、わざわざすまないな」
「なぁに、気にせんでええよ。こんなの手間でもなんでもあらへんもん、それよかお兄さん、作戦はどないになったんや?」
「それは全員揃ってからだ」
「ハハッ、せやな。じゃあまぁ、東京中央シングルNo.八の実力を拝見させてもらうで」
降りていった階段の最奥の扉を偽城が開く。
八畳程の部屋に、十七番隊隊長である初芽。
66番街区『ラボ』最高責任者である丸子。
善に雛、そして実の妹である『東雲 九音』が勢揃いしていた。
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