第172話 荒城17

66番街区から道すがらの777番街区を通り過ぎ、桜は目の前の光景に言葉すら出なかった。

過去に一度、八番隊の面々で通った事のある未開拓ルートだった現在地の山間は、何度となく通過に失敗した苦い思い出の残る場所である。

だからこそ、山間を通ると知らされた時は覚悟を決めていたいたし、その為の準備も桜は怠らなかった。

だが今は、桜の思い描いていた戦況とは大きく異なっていた。

「桜はん、ツムギンは八番隊ではどないな感じなん?友達はぎょうさんおるんか?」

隣を走る偽城天音が、暢気にそんな事を聞いている。

「……紬さんに友達が多いという話は聞いた事ありませんけど、意外な所に知り合が居たりはしますね」

敵を斬りつける最中、桜の隣に立つ偽城が言葉を発し桜もそれに答えながら隊列は着実に前へと進んで行く。

最後尾を守るのは桜と偽城、そして八城の妹である九音だ。

九音は二人の会話に混じる事無く、ただ黙々と眼前の敵を斬り進める一方で、時折最前列に居る八城を見つめている事に桜は気付いていた。

「九音さんさっきから隊長の事が気になるんですか?」

尋ねる桜に、九音は素気無く視線をはずしてしまう。

「いえ、大丈夫です……」

よそよそしく返事を返し、桜から付かず離れずの距離を保ちつつ九音は敵をもう一体斬りつける。

桜としては八城と同じく妹が居る者として、二人の間柄が気にならない訳がなかった。

今まで離れていた時間の分話したい事もあるだろうとも思ったが、兄妹の数だけ兄妹の関わり方があるだろうと気を使い、気になってはいたものの敢えて二人に関して何も聞かないスタンスを貫いていた。

そんな桜を不憫に思った偽城は、状況の説明ぐらいは必要だろうと、軽い態度で笑ってみせた。

「やめとき、桜はん。こちっとしちゃ、君やて渦中の人や。そんな君から話しかけられて九音も面白いわけがないんや」

「私が何したって言うんですか……」

いわれの無い嫌われっぷりに、桜は更に肩を落とす。

「仕方ないんや。それにや、それ自体に気付いてへん所が九音にとって許せへんちゃうんかなぁ?まぁ、私はその辺別に気にしてへんし、九音に関しては兄妹だからっちゅうんもあるんやろ?なんせ命より大事なお兄はんを、訳も分からん輩に横取りされっ……おっとこれ以上は敵を増やしそうやからお口にチャックさせてもらうわ」

偽城を睨みつける九音の視線に気付き、格好だけは謝る姿勢を見せるが、偽城はニシシと笑い全く反省の色は見えない。

それどころか、バレなければ構わないの精神からか桜へもっと近づいてくる。

「でもなぁ、九音も実のところは感謝してる部分もあるんやで。なんたって、自分はおらへんとこで、おたくら八番隊の人らがきっちりお兄はんを守って来てくれはったからこうしてまた会う事が出来たんや。それを分からん九音やない。だからまぁ、本音を言えば九音は微妙なんやろ」

「微妙……ですか?」

「そう、微妙なんや。おたくらと、どう接するのが正解なのか分からへん。だから桜はん、そないに深刻そうな顔する事あらへんよ。アレは単なる不器用やから」

裏表の無い少年のような笑みを浮べる偽城に、桜が最初に感じていた警戒はすっかり霧散し、仲間と遜色ない親しみを感じていた、

だがそれは最も危険で、かつ八城をも陥れかねないと頭を振った。

「偽城さんは、良い方ですね。敵同士の私にも気を使ってくれて」

せめて言葉だけでも警戒をしていると見せ掛ける為に桜は出来もしない虚勢を張ってみるが、それすら見透かしていると偽城は薄く息を吸う。

「ほれあれ、みてみい。ウチの姉さんとそっちのお兄はんが、先頭切って道を切り開いとるやろ?桜はんは、ウチの姉さんを敵に回したいと思うんか?」

最も戦闘において激烈を極める隊列の先頭では、一華と八城の二人が交互に入れ替わり、その先の道を作り続けていた。後ろに控える桜や偽城はその後ろに来る敵を迎え撃ちつつ、八城と一華の作った道を進んでいるだけに過ぎない。

だからこそ、偽城の質問に対して桜は思うのだ。

「一華さんは……出来れば敵に回したくありません……」

勝てるビジョンが思い浮かばない相手として真っ先に名前を挙げるのであれば、桜は間違いなく野火止一華の名を挙げるだろう。

認めたくはないが、勝てないとはつまり敵に回したくないという言葉と同義であるのは間違いない。

「せや、ならウチらが真っ先に名前を挙げるならそりゃあ、おたくらの東雲八城ちゅうことになるやろうな。でもおたくの隊長さんは、比較的言葉が通じる。それはこっちとしてはすこぶる有り難いんや。ウチの姉さんはその点言葉が通じひんからほんまに、日々ヒヤヒヤやで」

「……?何が言いたいんですか?」

『ほんまに怖いで〜』と言いながら手のひらを擦り合わせる偽城は、よく言えばわかり易く悪く言えば大袈裟だが、桜にとって分かり易いのは何よりも有り難い。

だが有り難い故に偽城が言いたいとしている事は今ひとつ伝わらないのである。

「なぁに、簡単や。ウチらは担いでる神輿がちゃうだけで結局は一緒なんや。腕っ節に頼る相手が一華の姉さんか、八城の兄さんかちゅうところやろ?なら別にウチと桜はんが敵対する必要なんか一つもあらへんのとちがうんか?なんたってお互い別の場所に一番怖い者があるんやから、此処でお互いがいがみおうてもしかたないやろ?」

確かに野火止一華を敵に回したくないというのは桜の本音ではある。だが野火止一華率いる偽城天音や三郷善には桜が根本的に相容れない何かがある様に思えてならない。

「本当にそうなんでしょうか……」

「せやで、桜はんの事は知らんけど、ウチは大局を動かす人間やない。結局何処かの神輿の下に付かなウチは生きていけへん。それがたまたま桜はんの敵だったちゅう事や。せやけど、別の場所に敵を作りたくてウチは此処に居る訳やない。生き残る為に仕方なく此処に居るんや。桜はんは違うんか?」

生き残る、と言えばきっとその答えは一つだろう。

だが桜の中でハッキリとしている事があるのも事実だ。

「違いません……でも、一華さんと私は絶対に相容れません。だから私は隊長の下に居るんです」

眼前の敵の靄の掛かる思考と共に斬り捨てれば、偽城の面白くなさそうな顔が真正面に見える。

「ハハッ、桜はんは向こう側の人間やね。えらい眩しいわ」

「良ければ仲間に入れて差し上げますよ、偽城さんなら大歓迎です」

「うれしいなぁ、じゃあ全部終わったらちょっと顔でも見せに、お邪魔させてもらうわ」

言葉を幾つか交わしていれば、山間部は終盤に差し掛かり、敵の包囲網も疎らになっていく。

最後尾の桜と偽城が最後の一体を振り払い、数分最前列に居た八城が立ち止まる。

「あら?どうしたのかしら〜?疲れちゃったのかしら?」

「よく分かったな。お前と喋ってるとすこぶる疲れる。俺は此処で休憩してくから。桜!それから初芽!こいつらを先に7777番街区へ連れて行ってやってくれ。俺はここで少し野暮用を済ませてから向かう」

八城が立ち止まったかと思えば、桜を最後尾から呼び寄せた。

「野暮用ってなんですか?それなら私も一緒に行きますけど」

最後尾から呼び出された桜は列を抜け八城の元へ小走りで近づいていく。

「お前は7777番街区にとっての繋役だろ?7777番街区の人間と唯一接点があるのはお前だ。それにこいつらの事を説明出来るのもお前だけだ……それから食料を少し分けてくれ、俺も野暮用の前に何か腹に入れたい」

疑いの視線を向け訝しむ桜だが、携帯食料と余っていた水をとりあえず八城へと手渡し、手渡された八城はそれを食べる事はせずそのまま懐へと仕舞い込む。

「じゃあ、桜頼んだぞ。俺も野暮用が終わり次第直に7777番街区に向かう」

まるで早く行けと言わんばかりに、念押しする八城に違和感を感じつつ、その場に残る八城を置き去りにして桜を先頭に7777番街区へと向かって行く。

八城は全員の後ろ姿が見えなくなったのを確認し、今も耳元で鳴り続けているインカムのノイズを正常値へと合せれば、そこから聞き覚えのある声が聞こえて来る。

「よう、大将。随分待たせやがって……」

「随分声が窶れてるな、大丈夫か?時雨?」

インカムから聞こえて来るのは八番隊隊員であり、紬班と共に東京中央を出立した筈の時雨の声だった。

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