第164話 荒城11

参加を表明した人間の名簿を受け取り、八城を含めた八番隊は一度孤児院へと戻っていた。

十七番隊、九十六番隊、そしてツインズ戦で共に戦った百番隊の面々が参加を表明している。

総勢60名を三班に分けそれぞれを別ルートで7777番街区へと振り分ける必要がある。

戦力を分散させ、尚かつ全員を7777番街区へと向かわせる為に八城が頭を悩ませている時、ふてぶてしい声が八城を呼んだ。

「大将、私も出る。こいつと同じ班に入れてくれや」

嫌そうな天王寺と肩を組んだ、時雨が八城を呼びつける。

「傷の具合は大丈夫なのか?」

時雨は前回の作戦で最も深い傷を受けている、此処数日を養生したところで彼女の全快には程遠いだろう。

「問題ねえ、そもそも同じぐれえの傷を負ってる大将が動いてんだ、私が動けねえ訳がねえだろ?」

「……それもそうだな、こっちとしては参加自体は大歓迎だが……」

隣では心底嫌そうにしている天王寺が必死に首を横に振っている。

「なんで催花はそんなに嫌そうにしてるんだ?さては時雨、お前催花に何かしただろ?」

「人聞きが悪いぜ大将!嫌よ嫌よも好きの内だぜ?芸者同士、お互いに積もり積もった話があるってもんだぜ?」

「お前のインチキと催花の本物を一緒にしたら可哀想なんじゃないの?」

「おうおう!大将!私と喧嘩してえなら素直にそう言えよ!病院あがりに丁度いい相手が欲しかったんだぜ!」

「その威勢は作戦まで取っておいてくれ。それからお前の作戦参加は了解した。すぐ出立してもらう事になるから、天王寺と一緒に必要物資の調達と遠征準備に入ってくれ」

話は終わりだと八城は地図へ視線を戻すが、時雨と天王寺の二人はその場から動こうとしなかった。

「ん?どうした?準備はもう済んでるのか?ちょっとだけ待ってくれ、お前は同じ班にするから、心配するな」

「いや、準備は終わっちゃいねえよ」

「なら準備しないと駄目じゃないの?」

「これから準備はするんだが……大将に一つ聞いておきてえんだ」

「聞いておきたい?ちょっと今忙しいんだが、それは今じゃないと駄目なのか?」

「今じゃねえと駄目だ」

何時にもなく急を要する時雨の態度に、八城は改めて二人へ向き直る。

「大将は、作戦が大事なのか?それとも『歌姫』の事が大事なのか?それとも、天王寺催花が大事なのか?」

巫山戯ている様子ではない。時雨は八城へ問うている。作戦を決行するための建前じゃない。八城自身が望んでいる事はなんなのか。

八城は文字通り命を掛けている。そして時雨も、この作戦に参加する以上その命を掛ける事になる。

なら、此処で噓偽りを言うのは同じ命を掛ける者同士フェアじゃないだろう。

「此処だけの話だが、俺は天王寺催花に死んで貰う訳にはいかない。そいつにはまだやる事が残ってる」

「じゃあつまり、大将はこの女一人助ける為にここまで大掛かりに作戦を決行したって訳だな?」

「まぁ、簡単に言うとそういう事だ。他の奴に聞かれたら怒られそうだから、他言はしないでくれよ」

「そうか、つまり大将。この作戦、達成目標はクイーンの討伐じゃなく、こいつの命が最優先つう事でいいんだよな?」

「改めて言うなよ恥ずかしい。お前のそういう所は、本当に性格悪く感じるな」

本心を突かれ、ばつの悪そうに顔を背ける八城に、時雨はこれでもかとニンマリ笑ってみせた。

「大将の考えは分かった。だから、それが分かった上で頼みがある」

時雨の本題はここからである。

この場所に天王寺催花を連れ立って来た本当の目的。

「大将、何があっても私を信頼しろ」

まるで餓鬼大将の様な物言いだ。

藤崎時雨だった頃なら、こんな顔をしなかったかもしれない。アイドルなら零点の笑顔だ。

コレが今の橘時雨なのだ。

そして八城は、彼女を知っている。たった一人で背を見せたあの場に一人残った橘時雨だ。

彼女が問うた『頼み』という言葉に対して答えるなら、八城はずっと前にその結論を出している。

「お前の事を信用しろって?バカ言うな時雨」

八城の言葉に一瞬落胆した表情を見せるが、話はまだ終わっていない。

「お前の事は、あの場所で会った時から信用してる」

時雨が巻き起こした問題は確かに大きかった。

だが彼女を知る者であるなら、心理に悖った行動ではない。

時雨は時雨の考えに基づいて行動し、最善を尽くした結果でしかない。

初めて出会ったあの場所で、たった一人立ち続ける事が、どれだけの覚悟がいる事か八城は知っている。

あの場所において誰よりも最前線に立っていた時雨は、あの場所に居た誰よりも人を生かそうとしていた。

彼女の行動を信じたからこそ、八城は時雨を八番隊へ入隊させたのだ。

そんな彼女が自分を信じろと言うなら……

「俺はお前を最初っから信じてる。だから、何があろうとお前が決めた事なら信じるよ」

八城にとっては当たり前の言葉だ。最初から決まっていた答えは考えるまでもない。

「ハハッ、いいのかい大将?本当に私を信用しちまってもよ?」

「お前は良くも悪くも、他人の意見に流されないからな。そういう奴はやる事が一貫してる。自分のやりたい様にやる。お前の本質だ。どうせ止めてもコソコソ何かやるんだ。なら盛大にやらせた方がこっちとしてはよっぽどマシだ。それが簡単な計算だろ?」

「計算か?」

「ああ、お前がやりたい事を、やりたい様にやれずにお前が後悔する。お前が勝手に起こした事で俺が後悔する。コレが一番たちが悪い。ならお前が盛大にやって俺が後悔しても、お前が後悔しないなら、お前にとっては釣りが来るだろ?」

「大将……てめえは本当に私の事よく分かってんじゃねえか……」

「お前の事なんか何も知らない。俺が知ってるのは、お前の巻き起こす行動の大半が人に迷惑を掛けるって事ぐらいだ、こっちは尻拭いが大変だよ……」

「元アイドルの生尻を見れるんだぜ?大将は幸せ者じゃねえかよ」

「俺が望んで見たい尻ならな。まぁだが、どうせ尻拭いするなら、盛大に汚してくればいい。そっちの方が洗いごたえがある」

時雨が笑いを堪えきれないと笑い出し、八城もそれに続いて笑ってみせる。

二人はひとしきり笑い、時雨は『じゃあな』と言い部屋の扉に手を掛けた最後時雨は伝えておかなければならない事を思い出す。

「『歌姫』の事は、私に任せろ」

「なんだ?気付いてなかったのか?」

此処まで言わないと気付かないとは、時雨も以外と鈍い所がある。

「最初っから、お前に任せきりだよ」

その答えに満足したのか、時雨はドアを開き天王寺を連れ立って部屋を出て行く。そして扉が閉め切るその瞬間……

「大将、すまねえな」

その言葉に八城は深く考える事なく頷いたのだった。

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