第159話 荒城7

翌日昼前。

昨晩決定が下されていなかった作戦の参加の有無に向けた詳細の確認が行われる。

柏木が立つ壇上に八城が並べば、会場は水を打った様に静まり返った。

それが合図と、柏木は全体を見渡した後、口を開く。

「昨日、今日と遠征隊の諸君に集まって貰ったのは、他でもない。昨日説明した通り、作戦参加の有無の確認を取りたい。今回の作戦における参加決定権は隊ではなく、個人に委ねられる。参加自体は自由だが、参加を決定した者はその後如何なる理由があろうと、今作戦への辞退は認められていない。で、いいのかい?八城?」

目配せを送る柏木に、八城は軽く頷いた。

「じゃあ、此処からは作戦最高責任者である八城に説明をして貰う事にしよう」

壇上中央から柏木が退き、代わりに八城がその場所に立つ。

「八番隊隊長の東雲八城だ。昨日各隊に口頭で伝えた通りだ。早速伝える事があるんだが。ハッキリ言ってこの作戦、俺が立案しておいて言うのも可笑しい話だが無謀も良い所だ。どの辺りが無謀かと聞くなら全てが無謀だ。作戦概要は聞いたら絶望するから、此処では言えない。多分言ったら、誰も参加したがらないからな」

その言葉に八城を知る少数に含み笑いが起こる。

「俺を知ってる人間が笑う気持ちも分かる。俺も場所が場所なだけ笑うのは控えるがそれでも思わず笑いそうになるからな。だが、この作戦の作戦目標は単純だ。遠征隊No.四百四十四番、天王寺催花。通称『歌姫』。彼女はその声だけで、半径二キロ圏内に居る奴らを引き寄せる事が出来る」

会場内にどよめきが起こる。当然だろう。シングルNo.と一部の隊員を除いて彼女の存在は秘匿され続けてきた。

此処に居る殆どの隊員達にとって八城の口から発せられる情報は初耳なのだ。

「お前らの言いたい事は理解出来る。批判は後で聞くから、今は最後まで話を聞いてくれ。今その女の子は生きる為の価値を求められている。もしその価値を証明出来なければ、彼女は俺達の都合で殺される事が、現時点で決定している。先の話しに戻ろう。今回の作戦目標は彼女の価値を証明する為のクイーンの討伐にある。作戦の参加は強制じゃないが、兎に角人の手が居る。お前らの力を貸して欲しい」

一つ頭を下げ、頭を上げれば、96番隊隊長である、風間麗が手を上げる。

「どうした?九十六番」

「八番に質問だけど、アンタ自分が都合のいい事を言っている自覚はあるのかしら?」

「どの辺りだ?」

「そうね、まず作戦内容も周知せず、参加の有無を問う。この時点でアンタに命を預けるメリットが見当たらない。それから此処に居る殆ど全員が思ってる事だと思うけれど、『歌姫』の情報を秘匿していた理由の説明を求めるわ。最後に、これは個人的な意見だけれど、アンタが何故『歌姫』に拘るのかを聞きたいわね。まさか答えない事はないでしょうね?アンタが言ったのよ?参加権は個人にある。ならアンタ個人の意見を聞くのは当然でしょう?」

「……作戦内容の周知については、漏洩を防ぐ為だ。それ以上の意味は無い。それから歌姫の情報を秘匿していた件だが、これに関しても同じだ。周知させても何ら良い事が無い。歌姫の性質上の事もそうだが、彼女自身が元々有名人というのが、秘匿の大きな理由だ。それから、俺の個人的な理由についてだが……」

天王寺催花について考えると、どうしても一人の名前が頭を過る。

電話越しに八城へ訴えた最後の願いは、今でも八城の耳にこびり付いて離れない。

何時かの願いは八城の行動に充分過ぎる意味を与えている。

「約束なんだ。『歌姫』の友人と交わした。最後の約束だ。確かに九十六番……違うな。あくまで個人の参加を募ったなら名前で呼ぶべきだな。麗、お前の言う通りだ。俺は都合のいい事を言ってる。お前らの命はお前らの物だ。お前らにとって意味のない事に掛けられる命があるとは思わない。だからこの作戦に……お前達に対して意味を付け加えるなら……」

何時か、一華が言った言葉を思い返す。

だがその言葉はなぞらない。野火止一華ではない東雲八城だから

「俺が、お前たちに、勝ちを見せてやる」

根拠もない、理由もない。示せるだけの可能性すら持ち合わせていない。

だがそんな八城にも一つだけあるとするなら、これまでの実績だけだ。

「お前らの親、恋人、友人、子供を食い殺した奴らの恐怖する顔を、お前らに見せてやる。今度こそお前達の周りで散っていった仲間達の勇士に光を当ててやる!お前らの噛み締めてきた苦節の日々と!これまでの遠征隊の敗北を!俺がこの作戦で意味のある物に変えてやる!」

辛酸を舐めた日々の中で、叶わず托された願いの数は、失意の中で失われて逝った者たちの数だけある。

なら今、この場所で生き残った誰もが、失意の意味を知ってる。

「そう。それがアンタの答えって訳ね?」

「そうだ。だからこの作戦は誰にも無理強いは出来ない。此処に居る全員が自分の価値を自分で決めてくれ。他に質問はあるか?」

全ての隊員の視線が八城に集まっているが、麗に次いで手を上げる者は誰一人として居なかった。

「居ないな。今が1100だから、昼食後、作戦参加者は装備を整えて1300時までに孤児院横にある礼拝堂に集合してくれ。そこで作戦詳細について説明後、今日中には作戦地区に向けて移動を開始してもらう事になる。各員の勇士に期待する」

深々と頭を下げ、八城が壇上を降りれば、入れ替わる様に柏木が締めの言葉を吐き出し、その場は解散となった。

最後、会場に残ったのは、17番隊。斑初芽の部隊のみとなった。

彼女たちが残った理由の大体は察しがつく。

十七番隊副隊長は形相を険しく、八城へと歩みを進め、その勢いのまま八城の頬を張った。

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