第160話 荒城8
パンっと頬を叩かれた乾いた音と、それに伴い伝わる痺れる痛みに驚きは無い。むしろされて当然だとすら思う。
「八番。叩かれた理由は説明する必要はないですよね?」
「説明の必要はない。約束を破ったのは俺の方だからな」
想像したより、ずっと冷静で、乾いた声音。十七番隊総勢二十名の視線を代弁する副隊長の女が八城の前に立っていた。
「説明をする義務が貴方にはある筈ですね?」
「そうだな、その通りだ……」
「なら答えて下さい!私達の隊長は何処へ行ったのですか!何故八番だけが中央へ帰ってきているのですか!」
叫ぶ副隊長の彼女の後ろで、一華が八城に向けて投げキッスを寄越す。
余計な事を喋るなと、言っている事だけは見て取れた。
「……一緒に帰って来れなかっただけだ。十七番は怪我もしていないし、お前達が心配する様な事態にはなってないから、一先ずは安心しろ」
「なら!何故!何故八番と帰って来れなかったんですか!答えて下さい!何故私達の隊長は!中央へ帰って来れなかったんですか!」
「だからそれは……」
「ねぇ〜十七番って〜八城と一緒に居た〜あの子の事よね〜?」
「お前は本当に、黙っててくれないか?」
「え〜だってぇ〜この子達だってぇ〜自分の隊長が何処に居るのか心配なんじゃないかしらぁ〜?可哀想だと思わないの〜貴方が巻き込んだのでしょう〜?八城は本当に酷いわ〜ねぇ?貴方もそう思わない〜?」
野火止一華は副隊長の彼女の肩に手を回し、頬をこれでもかと近づける。
「一華!いい加減にしろ!」
「あっらぁ〜怒っちゃあ、やぁよ〜ニャン!ニャカ!ニャン!」
副隊長の彼女は何が何だか分からないと、混乱しているが八城としては気が気ではない。
「一華、お前は此処で問題は起こせない。そうだよな!」
「ええ〜その通りよ〜でも〜私も人の子なの〜他人の幸せに貢献したいと考えるのは〜自然な事でしょう?」
「おまえ、何言って……」
「簡単じゃない?この子達が求めている情報をこっそり、一華お姉さんが教えちゃうんだぞ〜」
「お前ふざけるな!」
一華に近づこうとした瞬間、十七番隊員が八城を取り囲む。
「八番は黙っていて下さい。これは十七番隊の問題です」
「だが!お前らを巻き込みたくなくて十七番は!」
「それでも!それでも私達は!あの人に付いて行きたかった!あの人が望まなくても!たとえ力及ばずとも!私達はあの人と共に歩みたかった!」
「あら〜良い事言うじゃないの〜そうそう!そういうの!お姉さん大好きよ〜人の為に何かをしたい!誰かの力になりたい!お姉さんはそういう気持ちを大切に育てたいんだぞ〜」
「お前がそんな人間かよ。三文芝居も大概にしろ」
「魚心あれば〜水心よ〜この子達が戦場に立ちたいなら〜私には止める理由がないもの〜そうそう、早速本題に入りましょうね〜」
「一華ぁ!」
八城のそんな叫び虚しく、一華は斑初芽の居場所を、十七番隊副隊長である彼女の耳元で囁いた。
「この作戦に参加すれば、隊長に会えるんですね?」
「ええ〜その通りよ〜その為に私が此処に居るんだもの〜ねえ?八城?」
八城が睨みつけ、睨みつけた感情の分だけ一華は笑って見せる。
だから、言葉が咄嗟に口を付かなかった。出来なかったと言った方が正しいのかもしれない。
無言の数秒の間が十七番の居場所を物語ってしまった。
「居るんですね?その場所に隊長が。……分かりました。私達もこの作戦に参加させて頂きます。異論はありませんよね?八番」
「……問題はない。だが、お前達は本当に、それでいいのか?お前達の隊長はこんな事を望んでない」
「私達の戦場は、隊長が戦っている所です。私達の居場所は隊長が居る場所です。それ以外の場所に私達が居るべき場所はありません」
十七番隊全員の瞳に意思が宿る。
それは何時か見た、八城の記憶と重なる。
何時かの過去に見た、八番隊という部隊を背負った彼ら彼女らが八城に向けていた、瞳と遜色のない眩しさだ。
程なくして八城は全ての隊を解散させた。
孤児院に戻り、昼食を取り終えた昼下がり。
もうすぐに、作戦参加者の人数確定の時間がやってくる。
八城たち八番隊が立ち止まっているのは、孤児院から礼拝堂へ続く扉の前。八城は扉に手を掛けたまま動こうとしない。
「なぁ、紬。もしこの扉開けて誰も居なかったら、俺達どうすればいいんだろうな?」
「その時は、全員を連れて、何処か遠い所に移住して幸せな家庭を築くべき」
「それもいいかもしれないな、安全な土地を目指して旅にでるか……」
「お!そりゃあ良い大将!そうしたら、ここまで大騒ぎした大将はきっちり私を養ってくれよ?」
時雨と紬の笑えない冗談を聞いた所で、八城の気分が晴れるわけもなく、当然行かなければならない事自体は変わらず、その現実から目の前の扉に両手を付いて項垂れた。
「ああぁぁぁ!いぎだぐないぃぃいい!いぎだぐないぃよぅ!!!」
情けない八城の姿を見て、桜はいつも通りの八城が戻ってきた事に対する安心と、いつも通りの八城に対する若干の苛立ちを覚える。
「隊長が言い出したんじゃないですか!その隊長がこんな所で駄々捏ねてたら!参加してくれる人たちに示しがつきませんよ!ああ、もう!隊長!好い加減に立って下さい!もう時間まで余裕がないんですから!」
桜が肩を揺らせば、もう既に時刻は、自らが決めた1300を過ぎようとしていた。
「ああ!クソったれ!!全員覚悟は出来てるか!」
「覚悟が出来てないのは隊長だけですよ」
「桜の言う通り。私はとっくの昔に覚悟は出来ている」
「右に同じくだ」
白けた目を向ける三人から、八城は逃げる様に孤児院から続く礼拝堂の扉を勢い良く開けたのだった。
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