第158話 荒城6

孤児院にて

久方ぶりに八番隊の凍結が解除された矢先、紬は同室のベッドで寝転ぶ一華を見つめていた。

「八城くんが、碌でもないこぶ付きで帰ってきた」

「おい、そういう言い方はやめろって!その言い方だと俺がふしだらな事をしたみたいな言い方になっちゃうから。違うからね、こいつ相手だけには絶対やってないから」

「八番隊追加隊員が補充されるのは妥当。私と時雨はこの傷では使い物にならない。でもその補充隊員が、一華であるのは納得がいかない」

憮然とした表情を浮べる紬の傍らには、野火止一華が寝返りをうつ。

この事態を説明するなら、少し前に行われた招集会議に焦点を当てる必要がある。

全隊員が招集された会議だが、内容は至って単純である。

放逐処理をされた、野火止一華の処遇。

野火止一華は大遠征という名の下に京都近辺に存在する番街区情報を調べて来る事を命令されていた。

絶対不可能だと思われたこの作戦を一華は、先の招集会議の場で全員の前で提示してみせた。

しかし、罪が罰によって雪がれたとしても、野火止一華を隊長格としてもう一度起用するのは無理がある。

そもそも、自身の率いる隊員を殺した野火止一華を知る人間で、彼女に付いて行きたいと思う隊員は無に等しい。

そして、招集会議で決定した結論としては、

八番隊の凍結解除、並びに仮設十番隊の解体。

元一番隊隊員の再配備。これに関しては、一番隊隊員の現状を考慮の上で決定される手筈になっている。

そして問題の野火止一華であるが、引き受ける為の受け皿となる隊長の適任者が現れ事はなかった。

というのも、自身の元々居る隊員から死人を出すかもしれない人間を挙って招き入れたいと思う隊長は勿論居ない。

そうなれば必然、不祥事続きで元々顔なじみの居る八番隊に、お鉢が回って来るのは当然の結果だった。

だがそれが気に食わない者が約二名。

ブータレている紬と、背を向けままふて寝している桜である。

「桜、不貞腐れてる紬はまだしも、お前は子供じゃないんだから、好い加減聞き分けてくれよ……」

「聞き捨てならない、私を大人の女性として見る事を要求する」とかなんとか騒ぎ出した紬を時雨に宥めてもうらうが、肝心の桜は、八城が声を掛けてもピクリとも動かない。

「なぁって、よく考えてみてくれって、今回の作戦は大掛かりな物になるわけだ。それなら一人でも腕利きが居てくれれば、その分前線の人員を減らせるんだ。今回の前線じゃあ時雨も紬も前回の傷から使い物にならない。なら、連携が取れる事もそうだが、こいつは『雪光』と同質の刀を二本持ってるんだぞ?こいつを前線に立たせないなんて、こいつの無駄遣いも良い所だ」

「へ〜そうなんですね〜じゃあ私がその二本を持って戦いましょうか〜?」

「それは出来ないって何度も言ってるじゃん。好い加減聞き分けてくれよ……」

「だって……隊長は、その人を信用したから、隊に引き入れたわけじゃないですかぁ……」

「だから!それは違うって何度も言ってるじゃん?俺がこいつを信用してるのは戦闘力だけ!精神はからっきしなんだぞこいつは!そんなヤツに!信用もクソもあるか!」

「あ〜あ、でも、腕は信用してるんだぁ……」

「あぁ、もう面倒くせえよ。なんなんだよこいつ。何でいきなり拗ねてるの?もうわけわかんねえよ、何を言ったら気が済むんだよ……」

「私も、桜さんの意見に同感よ、八城くん」

頭を抱える八城の元に、また一つ問題の種が、やってくる。

「八城くん、隊員は家族よ。その家族を平気で殺す人間には、この世界の何処にも居場所は無いわ」

それは美しいブロンド髪に翡翠色の瞳を引っさげた威丈高。誰でもないマリアである。

「落ち着けって、お前はとりあえず子供の面倒を見て来いよ。これ以上状況をややこしくしないでくれ……」

「あらあら、それは頼まれても困るわね、だってほら」

マリアは八城の前に一枚の紙を突き付けた。

『隊異動届け』と書かれた一番下を見れば、そこにはご丁寧に柏木のハンコが押されていたが、異動先の詳細はまだ未定なのか、空欄になっている。

だが、優秀なマリアの事だ。何処の隊でも引く手数多なのは間違いないだろう。

「隊異動するのか?異動先でも元気でやれよ」

「ええ、異動命令が降りるまでは、この場所で待機になるけれど、それまでに孤児院の運営を任せる為の後任を見つけなければならなくなってしまったわ」

「後任か……大変なのはむしろそっちの方かもな」

「ええ、今の東京中央が纏める遠征隊は手が空いている人間なんて殆ど居ないのよ。それに私がその人を信用出来るかも問題だわ」

「お前のお眼鏡に叶う様な優秀な人間を東京中央が遊ばせて置くとも思えないからな」

「本当にその通りね。此処に居る家族を守って貰う為だもの、それから、八城くん貴方にも話があるの……」

マリアは、一呼吸置き、鋭い視線を部屋で唯一寝転がる女へと向ける。

「一華は、この作戦に参加させるべきじゃない。気分次第で誰を殺すか分からない人間は隊に居るべきじゃないわ」

「だからそれは……」

「それでもよ。八城くん。貴方言いたい事は理解しているつもり。貴方が持つその刀でなければ、クイーンを倒すことが難しい事も知っている。そして同質の刀を一華は二振り持っている事もね」

「なら分かるだろ?少しでもクイーンを倒す確立を上げる為なら、人殺しにだって力を借りるべきだ」

「この戦いに一華の参加を許すなら、人に対して最も危険な存在は、『奴ら』でも、ましてや『クイーン』でもない。貴方も知っている筈でしょう?彼女の残虐性は、仲間も平気で殺してしまうわ」

「させないさ、その為に俺が居る」

「貴方が必要になってからでは遅いと言っているのよ。今しかないわ。考え直しなさい。この女は誰の手綱にも繋がれる人間ではないのよ」

その言葉に聞き捨てならないと、一華がベッドから身を起こした。

「ねぇ〜人様の前で〜随分な言い草なんじゃないかしら〜なによ〜本人の目の前で〜裏切る〜裏切らないって〜」

「やめろ、一華。お前が喋ると事態がややこしくなる」

「え〜だってぇ〜」

「マリアに言われている事に関しては、お前の方に責任があるんだ。何も言い返せないだろ」

「それって〜私の〜仲間を気取ってた〜雑魚のことかしら〜アレは〜邪魔なら切り捨てるのが本当に〜正しい使い道ってものでしょう〜!」

「貴方は!」

マリアが掴み掛かろうとしたのを一華は半身で躱す。

「にゃはっ!怒らないでにゃん!悪気はあるけど!許してにゃん!」

猫の様な身のこなしでベッドの立ち上がると、左に半抜きにした太刀を構える。

向き合う二人の視線に温度はない。敵同士に向ける視線が、八城を挟んでぶつかり合う。

「落ち着けマリア。今回こいつは、この一件が終わるまでの間、問題を起こせない!だからお前が心配する様な事にはならない!」

野火止一華にとって重要なのは、東雲八城と八城が持っている武器『雪』そして『歌姫』である。この安全が保証されないまま、一華は東京中央から引き下がる事は出来ない。

であるなら、東雲八城の仲間である八番隊の面々に手を掛ける事など、今の彼女にとっては、意味が無いのである。

「こいつには、こいつの目的がある。此処でこいつは問題を起こせない。だから、やめてくれ。こいつに人を斬る為の理由を作らせるな。こいつに人を斬る正当な理由を作れば、躊躇う事なくこいつは人を斬り捨てる。今のこいつに……野火止一華に理由を作らせないでくれ」

無論、八城も仲間を斬らせるつもりなどない。仮に野火止一華が八番隊の誰かに手を掛けるというのなら、一華を斬り捨てる覚悟はとうの昔に決まっている。

だが、きっと勝てない。今の八城では野火止一華には勝てないだろう。

出来ても一命を賭して、野火止一華に隙を作る所までだ。

「俺もまだ死にたくないんだ。昔の事を忘れろとは言わないが、それでも気になる様なら、お前は前線には向いてない。今からでも遅くないから、異動届けを柏木に突き返してこい。柏木辺りにゴネればどうとでもなるだろ?」

「そうね、忘れる事は出来ないわ。彼らは忘れる事ができない、私のもう一つの家族だった。だから私は野火止一華を決して許せない。でもね、だからよ?八城くん。私は私の家族を守る為に此処に居る。今の私が私の手で、今度こそ守りきってみせる」

マリアはそう言って此方に背を向けた。

この場所に血を分けた家族は一人もない。

だが時間を分けた家族は此処に居る。なら彼女は、もう二度と失わない様に家族を守るのだ。

「今度こそ私は手段を選ばないわ、八城くん」

何を言っているのか分からないと八城が振り返れば、そこにマリアは居らず、締まった扉だけが、引っ掻く様な音を立てた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る