第153話 荒城1
銃声が鳴り響き、硝煙が未だ揺蕩う室内で恍けた声が紬に尋ねる。
「君が紬ちゃんかな?困っちゃうね、こんな勝手をされると」
部屋に突如として現れた闖入者は、天王寺催花を穿つ筈だった銃身を逸らし、その銃器を天王寺催花の手から奪い取った。
「それに天王寺催花……君もだよ。自分勝手に死のうとしているなんて、許せないな……」
誰もとも知らぬ男に向けられた痛ましい表情と言葉は、天王寺催花を困惑させるのに充分だったと言える。
僅かな思考の空白で紬は小太刀を抜こうとして、奪い取られた銃口が自分に向いている事を理解して両手を上げた。
「……何が目的?」
「俺の目的かい?それは簡単さ、天王寺催花だよ。この子を殺される訳にはいかない。君達の理解を得るなら、東雲八城との約束でもあると言っておこうかな」
紬は相手の手にある拳銃を睨みつけ機を伺うが、巫山戯た調子と対照的に似つかわしくない隙のなさが、相手が相当の場数を踏んでいることを証明している。
紬にとって、人相手に場数を踏んでいるという事が彼の人物像を悪い方向へ結ばせる
「お前は……人殺し?」
「君は随分物怖じしないんだねえ!」
心底可笑しそうに笑う男が紬の後ろに視線を移した。
「おいおい、こりゃ何の騒ぎだ?」
銃声は東京中央街区内全域に鳴り響いてた。
同じ建物内居る時雨は気付いて当然だろう。
「そっちの男はどういう了見で、それを紬に向けてんだ?」
銃口を向ける先に両手を上げた紬が居る。
「そこの紬ちゃんが俺を殺すのを辞めてくれるなら、俺もこれを降ろせるんだけれどね……それから、マリアさん。影が見えてるよ」
ドア向こうで拳銃を構えたマリアの影が西日によって照らし出され、時雨の後ろから見え隠れしている。
マリアは溜め息を一つ、構えを解き扉の後ろから歩み出る
「あらあら、嫌だわ。人の家で家主の許可無く発砲するんですもの。殺されても文句は言えないんじゃないかしら?」
「多勢に無勢だね。困ったちゃうな〜」
「困っているなら、とりあえずそれを置いたらどうかしら?私達も貴方の勝手な振る舞いに困っているのよ?」
「そうなんだね!それは申し訳ない事をした。でも最初に勝手な事をしたのは何処の誰だったんだろうね?そう思わないかい?八城」
全員の視線が廊下へ向くと最後の一人が歩み出る。
両脇に一本ずつの刀を引っさげている男は一人だけだろう。
「お前が来るって聞いてないんだけど?」
「言っていないからね、そもそも言ったら八城は止めただろう?」
「そうだな、俺はお前が嫌いだからな。止めるも何も、俺の知り合いの誰一人としてお前に会わせたいと思わないからな」
「それは心外だね。俺は君を思ってここに来たのに」
「嘘を付くな、気持ち悪い。お前は催花の事を思って此処に来たんだろ?月下かおる」
後ろの天王寺催花が息を吞むのが分かる。
当然ながら月下かおるの名前を、天王寺催花は知っていた。
その名前は彼女『看取草紫苑』がよく口にしていた名前だ。
天王寺催花が唯一贖罪をしなければならない相手。
そして殺されても文句を言えない相手。
その背中は紬と天皇催花の間を区切る様にして立ちふさがっている。
ならその理由は一つだろう。
あのままであれば、壁を穿った銃弾は天王寺催花自身を貫いていた筈だ。
そして月下かおるはそれを止めた。
天王寺催花は、その事実を理解すると同時に、次第にその瞳は潤み月下かおるの背中に縋り付いた。
「ごっ……」
「君に謝られても困るよ」
天王寺催花から、反射的に零れた言葉に月下かおるは優しくその口を手で覆った。
「かおる、そろそろ撃つ気のない拳銃を下げてくれ。うちの隊員が殺気立ってる」
「了解したよ、あっ!でもその前に紬ちゃん」
月下かおるはニコニコと胡散臭い表情で紬に近づき、その手に拳銃を手渡すと同時に、紬をグッと自分の方へ引き寄せた。
「君は卑怯だね」
耳元で囁かれた言葉に紬は奥歯を噛み締める。
見られていた。
月下かおるは全てを知った上で、この場に居る全員にその事実を隠し通した。
それがどのような意味を持つかは分からないが、一つだけ言える事がある。
紬は、月下かおるの矜持と信念に負けたのだ。
「さっ八城行こうか?俺から八城へとっておきのプレゼントだよ」
だがそれを黙って見ていられない人物が一人。
「おい!大将!好い加減にしやがれ!てめえ!いきなり帰って来たと思ったらまたどっか行くつもりかよ!少しは紬の心配もしやがれってんだ!」
時雨が八城の前に立ちふさがったのだ。
八城は、俯いたままの紬を一瞥し直にその視線は時雨を見据える。
「身体は大丈夫なのか?時雨」
「あぁ!?大将てめえは!」
それでも八城は時雨の言葉を遮った。
何かを確かめる為に、念を押す様に八城は時雨に尋ねる。
「大丈夫なのか?お前は今、動けるのか?」
「……クソったれ。私は大丈夫だ、心配すんじゃねえ」
八城はその答えに満足そうに薄く笑い、次に紬へその視線を移す。
「紬、お前は大丈夫か?」
その問いかけに対して紬は返答すべき答えを持っていなかった。
当然だ、紬の思いは、八城のとなりに立つ男に悉く打ち砕かれたのだから。
「……八城君帰ってきて」
紬は限界だった。頼るべき者が居ない場所に今の紬に居場所は無い。
掠れる声も、零す言葉も、震える指先も一人の存在が居れば紬には事足りる。
「……お願い……八城君、此処に帰って来て」
涙は出ない。
だが、その顔を見られない様に紬は、八城の腹に顔を埋める。
「紬、離してくれ。すぐ帰ってくるから」
「八城君は……嘘を付くから……信じない」
「今日は何処にも行かないから。一先ず柏木に挨拶をして来るだけだ。だからこの手を離してくれ」
八城の胴に回された腕を解き、紬に頭を優しく撫で、八城は伝えるべき言葉を伝える。
「お前は悪くない。悪いのは何も決めなかった俺だ」
八城の言葉に紬はその場に頽れた。
悪いのは八城だ。だからこれは、紬が背負うべき罪悪感ではない。
「マリア、紬を頼む」
「私はいつもこんな役回りね」
「頼めるのがお前ぐらいしか居ないからな」
すれ違い様マリアにそう言い残し八城と月下かおるはその部屋を出て行ったのだった。
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