第152話 諡
とある通信録
八九作戦
それは東雲八城が天王寺催花を回収する少し前の事。
八城は汗を拭う間も厭わしいと規定ポイントに向かい走り続けていた。
「こちら八番隊東雲八城!看取草!聞こえてるなら返事しろ!」
通信は未だ繋がっている。
ノイズに混じり奴らの呻き声が耳に付けたインカムに流れている。
「おい!看取草!そこに居るんだろ!歌姫の現状況を教えろ!お前達は今何処に居る!」
八城が受けた任務の概要は歌姫の確保。そして東京中央中継地点までの護送である。
自身の八番隊隊員を最終防衛地点に残し歌姫の秘密を知る八城一人がこの任務を請け負っている。
早く任務を終わらせ戻らなければならないという焦り。
早く二人を見つけ出さなければならないという焦り。
二つの焦りが八城の声音に苛立ちを募らせる。
「八城君……だよね?あれ?これ……私の声聞こえてるのかな?」
息が切れそれでも呼吸を繋ごうと拙い息づかいが八城のインカムに届く。
「おい!その声、看取草だな!良かった!何度も呼び掛けたんだぞ!お前今何処に居るんだ!」
「大丈夫、催花は規定ポイントまで送り届けたよ」
「催花は?……どういう事だ?」
八城の問いかけに対してインカム越しに嗚咽と咳き込みが混じる。
「……私は駄目だったみたい……ごめんね。八城」
あまりにもあっさりと、その事実を口にする看取草の声は震えていた。
「巫山戯るな!お前は今何処に居る!早く居場所を言え!今すぐに迎えに行ってやる!」
「駄目だよ、八城。……八城は歌姫の確保が最優先でしょ?私は……もう此処でいいから……」
「いいわけがあるか!何処に居るんだ!早くお前が今居る場所を言え!」
看取草紫苑は東雲八城のクラスメイトだ。
珍しく八城にクラス内で友人と言える人物が居たとするなら、それは『看取草紫苑』と『月下かおる』の二名だろう。
その友人の一人をこんな形で失う事は八城には容認出来ない。
「何処に居る!看取草!返事をしろ!」
「……大丈夫聞こえてるよ八城。でも駄目だよ、八城を此処に来させる訳にいかないから。八城は私より催花を守ってあげて」
「いいから!居場所を言え!何度も同じ事を言わせるな!看取草!」
今現在八城の手には『雪光』がある。
これがあるなら噛まれたとしても命を繋ぐ事が出来るだろう。
八城にだけ許された特別扱いは、看取草紫苑になら適応される。
その時インカム向こうから咳き込む声と共に、夥しい量の液体が流れ落ちる音が八城の耳に届いた。
「おい……看取草、今の音は何だ?」
インカムが音を拾う範囲は決して広くない。その事実が分かっているからこそ、その音は、走っていた八城の足取りを重くした。
「聞かれて……た?恥ずかしいな……ねぇ八城。一つお願いがあるんだ」
「お願い?お前!こんな時に……」
八城はそれを幾度となく聞いてきた。
自分の最後を誰かに托す、八城が最前線に立つ度に、しがらみの数は増えていく。
「私ね、催花と平和になった世界で一緒に歌を歌う約束をしたんだ。だけど……もうね……私は叶いそうにないからさ……」
「俺は歌なんて歌えない!その願いは、お前にしか叶えられないだろ!」
「フフッそうだね、八城は歌なんて歌えなかったね。……でもさ、平和なった世界で、催花が何も……気負わず自分のままで歌える時が来たら……八城がそれを見届けてくれないかな?」
水気を帯びた激しい咳き込みと嗚咽を繰り返し、激痛に苛まれながらも看取草は笑ってみせる。
「八城に、お願い出来るかな?」
「分かった、だがそのコンサートはお前も一緒だ!ついでに月下の奴も連れて三人で見に行くぞ!」
「それ、いいね……でもかおるは、うるさい所苦手だから……付いて来ないかも……」
「そりゃどうにかして彼女のお前が言い包めろ!何方にしても、お前が居なけりゃ始まんないんだよ!」
「……楽しい夢だね、八城……」
「俺もお前も生きてんだ!楽しい夢の一つも見なけりゃ、この世界やってられないだろが!」
「……夢かぁ……私ね、誰にも言ってないんだけど、夢があるんだ……」
「それはいいな!どんな夢なんだ?笑わないから言ってみろ」
何でもいい言葉を繋げ、彼女が深い眠りに着いてしまわないように。
「やる事は何でもよかったんだ。でもね、一つ条件があってさ……誰にも出来ない事をしてみたかったの……催花みたいに。催花は、誰かの心を奮い立たせて、誰かの為に歌を歌ってた。私も誰かの為に何かをしてみたかった……だけど、駄目だったみたい……私の夢は結局、叶わなかった……」
八城は看取草に見えないと知りつつもそれは違うと首を横に振る。
「違う!お前は……声を失った天王寺催花の声を!お前が大好きだった歌姫を!もう一度取り戻しただろ!それはお前にしか出来ない事だった筈だ!看取草紫苑!お前は……俺にも!月下にも!誰にも出来ない事をしただろ!」
そうだ、こいつは、看取草紫苑は凄い奴だ。
天王寺催花の声を取り戻し、その人物を支え続けてきた。
誰にでも出来る事じゃない。
「……そう……そう、だったんだ…………私の夢、あの時に、叶ったんだ……」
「そうだ看取草!お前の夢はもう叶ってる!!お前は、今お前の叶った夢で生きて行くんだよ!その為に俺が今すぐ助けてやる!だから!お前が今居る場所を言え!」
「……最後なのに……こんなに嬉しい事が起こるなんて……生きてればいい事があるんだね、八城」
「最後じゃない!お前をこんな所で終わらせるか!何処に居るんだよ!早く居場所を言え!看取草!」
だが看取草の耳にはもう何も届いていない。
触覚、味覚、嗅覚、視覚そして今看取草紫苑から聴覚が失われた。
だからこの言葉は、八城が聞いていると信じて喋るのだ。
「八城、伝言をお願い……かおるにさ、身体に気を付ける事と……それから催花に絶対に生きるようにって、伝えてくれる?それから……八城。最後に貴方が傍に居てくれて私、幸せだったよ……ありがとう」
最後の言葉を聞き届けた瞬間、爆砕音が鳴り響きインカム向こうの通信が完全に途切れる。
八城は震える手でインカムを外し、感情のまま地面に叩き付ける。
「クソ野郎がああぁあああああ!!!!!!」
八城が、自分自身に向けたその声が、トンネル内に木霊した。
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