第151話 徒長
翌日
紬は今出来る事をもう一度探り出して、たった一つしか結論が出ない事を再確認した。
それはテルも同じなのか一つ紬に頷いて見せる。
「誰がやっても同じ、だから私がやる」
紬は隣り合わせのテルと二人だけが聞こえる声で、その意思を確認する。
「紬さんがやると八城さんを裏切る事になるっすよ?それでもいいんすっか?」
二人が決めた行為が八城を裏切ると知っていても、白百合紬には、取れる手段が見つからなかった。
「仕方が無い、桜は絶対に出来ない。時雨も旧友、きっとやりずらい。なら私がやる。私が原因の大元を……『歌姫』を殺す」
言葉にすれば、そこから来る予感は、紬の肺腑を不快感で満たした。
だとしても、誰かが手を汚さなければ、大切な人を守れない。
自分の大切を守りたいなら、自分の信条を曲げてでも通さなければならない覚悟が要る。四年前のあの時も、その為に紬は武器を取ったのだから。
彼はきっと無茶をする。その無茶を紬や桜や時雨に至るまで強要はしない筈だ。むしろ彼は八番隊を突き放して事を成す。
そして今回の無茶は、きっと彼自身が命を落とす事になる。
クイーンを討伐掲げるとはつまりそういう事だ。
なら彼が……東雲八城が無茶をしなければならない理由を取り上げてしまえばいい。
後ろを歩く桜を見れば横須賀中央からの客人と会話に花を咲かせている。
桜はきっと怒るかもしれない……いや、きっと幻滅される。だとしても、彼に裏切りの誹りを受けたとしても、彼女に失望の烙印を押されたとしても。
白百合紬は守りたいただ一つの為にその手を汚す事を決めたのだ。
夏の終わりの涼しさと、夏の残滓の蒸し暑さが交互にやってくる昼下がりの街を抜け、紬たち仮設十番隊はようやく東京中央へ帰ってきた。
桜と横須賀中央からの客人を議長室まで送り、一人孤児院に帰ってきた紬は、天王寺催花に宛てがわれた部屋に居た。
天王寺催花も自室のベッドに腰掛け、目の前に居る紬からの言葉を小首を傾げ待っていた。
紬はいつも足りない言葉を補う為に精一杯の誠意を込めて天王寺催花に頭を下げる。
「お願いがある、八城君の為に死んで欲しい」
喋れぬ彼女に、反応を期待した訳ではない。
それでも何か驚きの表情を見せる物だと思っていた紬は、サラサラと手元で起こされた文字に表情を歪ませた。
『八城さんにこの首をあげる約束をしている』
「ならそれは、私が代行する。貴方には今直ぐにでも死んで欲しい」
何故と催花は視線で訴えかけるが、頑なまでに紬はその願いを吐露し続けている。
「貴方は死ぬ事を願っていた。私なら貴方を苦しみ無く殺す事を保証する」
今の状況に巻き込まれているのは、何も八城だけではない。
紬、自身歌姫の持つ声の所為で被る必要の無い心労を味わっているのだ。
だからこそ、天王寺催花には分からない事がある。
『なぜ?私に聞くの?』
差し出された文字に、自分より年下の紬は躊躇うような苦しそうな顔をして、容易く命を奪える筈の拳銃を堅く握りしめる。
絶対優位のこの状況で、紬が天王寺催花に言葉を掛ける理由はないだろう。
だからハタと思い付いた理由をもう一度文字に起こす。
『怖いの?』
見た瞬間、紬の目尻がピクリと動いた気がした。
震えもなく、終始無表情を貫いている紬だが、天王寺催花にはその恐れが伝わってしまった。
そして自分が最後に求められている役割を全うする事も悪くないと、そう思ってしまった。
八城との約束を反故にする事には若干の気が引けるが、それよりも目の前に居る自分よりも歳下の少女に、その引き金を引かせてはいけない気がしたのだ。
『自分で撃とうか?』
気遣いと言うにはあまりにも惨い、誘い文句だと催花自身思う。
だがきっと本当の意味で紬には撃てない。
でも此処に立つ事にも勇気が必要だった筈だ。
その勇気だけで天王寺催花にとっては十分過ぎる誠意の示し方である。
柔らかく微笑んだ催花の細指が、紬が掴むグリップに触れ、ズシリと重たい銃器の硬さを手のひらに渡して来る。
「……ごめんなさい、でもこれしか方法が無い……」
泣きそうになる紬の頭を天王寺催花は優しく撫でる。
「いいよ、大丈夫だよ」
言葉にしなくとも、伝わる感情がある。
それは紬にも伝わった筈だ。
こんなに優しく殺されるなら、こんな最後もきっと悪くない。
天王寺催花は、ゆっくりと黒い塊を側頭部に付け、自らの命を奪う為の引き金を引いたのだった。
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