第154話 荒城2

孤児院を後にした八城と月下かおるは、議長室前に立ち止まる。

中では人の話し声がチラホラと漏れ聞こえて来ていた。

「先客が居るみたいだね。どうする八城?一端あの孤児院に戻るかい?」

「馬鹿言え、今戻ったら俺達は、二人仲良く八つ裂きにされるぞ」

「おお、怖いね。僕らは死に直面すれば仲良出来る所がなお怖い。それで?戻らないならどうするんだい?」

「大丈夫だ、中に居るのは結局知り合いだからな」

扉の向こうに居る人物の声には聞き覚えがある。

入った所で大した問題にならないと踏み、八城が扉を開ける為に手を掛けると、向こう側から扉が開く。

「あっ……隊長」

「おお、桜か?孤児院に居ないと思ったらこんな所に居たんだな」

桜は八城を見た瞬間、何処か気まずげに目を逸らす。

出て来た桜の後ろに続いて、テルが軽い会釈したその後ろから、見た事のない顔が現れた。

テルの奥から現れた少女は、八城の顔を見た瞬間ピタリ挙動を停止させた。

「東雲八城でよろしいのかしら?」

八城がこの少女に感じた第一印象は『機械的』だった。

「ああ、俺が東雲八城で間違いないが……何処かで会ったことあったか?」

「いえ、私と東雲八城は初対面であっているわ」

「それは良かったよ。最近俺は女に怒られる事が多くてな、お前もその一人かと思った。それで?お前は何処のどちらさんなんだ?」

「……横須賀中央No.三、三番隊隊長、天竺葵と申します。此の度、歌姫の処分の見届け人を承り東京中央への足運びとなりました」

「そうか……わざわざ遠い所から悪いな。東京中央の問題に横須賀を巻き込んで。まぁあれだ。お互い仲良くしよう」

礼儀上八城が差し出した手に、天竺葵は快く握り返す。

「東雲八城。噂では聞いているわ。かの89の英雄。こちらにもその逸話は届いているもの」

「そりゃ過大評価だよ、あんまり期待されても困るぞ」

「あら?そうなの?歌姫の有用性を示すと言った張本人なのでしょう?」

「まあ、何とかしたいとは思ってはいるんだが、どうも当てがなくてな」

「あらそうなのね?私はてっきり何とかする算段があって周りを巻き込んでいるのだと思って此処に来たのだけれど?ねえ月下?」

八城の後ろに身を潜めていた月下かおるは、バツが悪そうに顔を覗かせる。

「知り合いか?」

「……知らないよ、仮に知ってたとしても、君等の前で知ってる訳にはいかないかな」

月下かおるの様子から察するに、横須賀中央直轄の彼女と、一介の番街区隊長である月下かおるが面識がある事は、どう考えても都合が悪いだろう。

「そりゃ難儀だな、いっそ死んじまえば楽になるんじゃないか?」

「事あるごとに俺を殺そうとするのは八城の悪い癖だよ?」

「さぁな。お前が嫌いすぎて、心の底から言葉が溢れ出てくるんだよ。別に悪気があってやってる訳じゃないから許してくれ」

「それは逆に悪気があって欲しい珍しい例だよ……」

肩をすくめる月下かおるは、それでも前に座る柏木から送られる視線が気になるのか、また八城の後ろに隠れてしまう。

「桜」

「はっ!はい!どうされましたか?隊長」

「何だよ、別に名前を呼んだだけだろ?そんなびっくりされたら傷つくだろ」

「いっ……いえ……それで、なんですか隊長?」

「長旅で疲れてるだろ?客を部屋に連れて行ってやってくれ。テルも桜も二人もさっさと休め」

「隊長は……その……一緒に戻らないんですか?」

「今来たばっかりだろ?俺はここで柏木に報告してから戻るから、先に戻っててくれよ」

八城の視線を的確に読み取り、後ろに居たテルは小さく頷いて見せる。

「さぁ!戻るっすよ!私もお腹ペコペコっす!私は早くマリアさんの名物料理を食べてみたいっすよ!」

「さあさあ!」とテルは桜の背中を押しつつ、天竺葵を連れて部屋を後にする。

部屋に残されたのは、八城、月下かおる、そして議長室に座る柏木だけだ。

「それで八城?君は僕に何を教えてくれるんだろうか?」

「教える……ね?柏木はもう……知ってるんだろ?」

八城は抑えていた苛立ちを、柏木へと向ける。

「さぁ、君が何を言おうとしてるのか僕には分からないからね、今君が何を喋ろうとしているのかという事は知らないよ」

飄々とした口調を続ける柏木に八城は苛立ちを隠す事無く、柏木の座る机を殴りつけた。

「恍けるなよ!柏木!66番街区!お前は北丸子の事を知ってたんじゃないのか!」

66番街区、そもそもがおかしな話だ。北丸子は、八番隊が遠征時に66番街区に立ち寄った時、確かこう言っていた。「東京中央に用がある」

ならばおかしいではないか。

裏切っていた66番街区がわざわざ東京中央に来る理由……

「時雨は一歩間違えれば命が危なかった!桜は鬼神薬を飲まされその妹の桃もフレグラを使った!だんまりで許される範囲じゃない!お前はその事実を知ってて俺達を111番街区に向かわせたのか!答えろ!柏木!」

剣幕で捲し立てる八城に、柏木はそっと言葉を添えた。

「八城、事を起こす時に大切なのは、その情報を誰にも漏らさない事だ」

言葉を理解するより先に八城の身体は動いていた。

老いた身体だろうが関係ない、許せない事は一つだ。

「お前は!人を何だと思ってる!俺達はお前を信じてこの場所に居るんだぞ!」

「僕も君達を信じているよ、そして期待通りの結果を齎した。僕と君達の関係は実に良好じゃないかい?」

「りょう……こう?ハッ!良好ねぇ!巫山戯るなよ!お前は俺達がこうならない結果を選べた筈だろ!」

「そうだね、選べたさ。だが……」

真っ直ぐに見つめる八城の意思から柏木は視線を逸らした。

「八城、その辺にしておきなよ。これ以上言うならそれは八城の我が儘さ。『選べた』なんて、選ばされる人間の感情を無視した酷い言葉だ」

「だが!こいつは!」

「そうだよ、八城。柏木議長は君を選んだ。この場に残る為の言い訳作りの為のアリバイ工作だ。君を切り捨てる事も選べたけど、柏木議長は選ばなかった。それを選ぶ立場になかった八城が責めるのは、お門違いだよ」

事も無げに言う月下かおるは、実に愉快だと口元を吊り上げる。

柏木は苦々しく月下かおるを見た後、皺の寄った額を指で撫で付けた。

「君は長生きしないだろうね」

「恨まれる相手が多いあなたよりは長生きしますよ柏木議長」

「とにかく八城。君が望まない選択だった事は重々承知しているよ。だが僕は謝れない。あの選択は間違っていない。今東京中央は英雄を冠する八番である君を失う訳にはいかない。それだけは理解してくれ」

八番の意味する所を理解するのであれば、柏木の言葉も理解出来る。

「……理解はしてやるよ、だが納得は出来ないからな」

「それでもいいさ八城。君は住人にとっての希望だ。シングルNo.である『八』を背負うなら、それだけは理解してくれ」

八城はゆっくりと、机の上から手を離し、柏木も落ち着いた八城の様子に胸を撫で下ろす。

「……それで?八城。君はここに何を言いに来たんだい?」

八城は改めてこの場所に来た目的を思いだす。

「柏木、俺達は回廊で罪を贖った。そうだな?」

「そうだね、その通りだ。君達は君達が仕出かした事への清算としてその役割を十分に果たしたよ」

「それなら柏木。野火止一華が仮に大遠征から帰って来た場合、アイツの扱いはどうなるんだ?」

野火止一華は、過去の行いによって、三つの中央から京都への大遠征を申し付けられた。

仲間を連れず、絶対に不可能だと思われる大遠征。

それが、仮に帰って来たとしたら?

罪には罰が下される。

絶対に終わる筈のない罰だと誰もが思っていた。

その罰が終わったならどうなるのか?

誰が聞いても、誰に聞いてもその答えは変わらないだろう。

罰が終われば、自由になる。

つまり、野火止一華の罰は雪がれる。

不可能を可能にした彼女は『一番』を背負い中央へ帰還する。

「八城、それは……」

「アイツは約束を守った。なら俺達も、アイツへの約束を守る時べきだ」

建前と道理は相性がいい。だが感情が混じると話しは変わる。

だからこそ、人を率いる柏木は頭を悩ませる。

「八城、君は……」

東雲八城がここへ来た理由は只一つである。

「柏木。野火止一華率いる一番隊の凍結を解除しろ」

その瞬間吹き出した月下かおるの笑い声が、議長室に木霊したのだった。


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