第149話 逢瀬4
いち早く此処での話し合いの決着を付けなければならない八城に会話を楽しむ余裕は無い。
「俺はお前達の仲間になる事は出来ない。だがお前達の力を借りたい」
「それはどういう意味かな?」
三郷善は、朗らかに笑顔を見せその真意を八城に無言のまま問う
「簡単だ、お前らと俺でクイーンを倒す。出来ない話じゃないだろ?」
「クイーンを倒す〜?八城には、私達が慈善団体にでも見えるのかしら?」
一華は八城のその言葉に実につまらないと、首を巡らせる。
「だろうな、だがお前達にとっても今回の話を断るのは都合が悪いんじゃないのか?」
「歌姫の事かい?そういえば、横須賀が歌姫の処分を決定したらしいね。それが、どうかしたのかい?」
「歌姫は今、俺の本拠地に居る。そしてクイーンの討伐の成功のみが歌姫を生かす唯一の条件だ」
この事実は向こうの陣営にとっては、寝耳に水だった筈だ。
「お前らは歌姫が重要なんだろ?なら歌姫の確保は悪い条件じゃない筈だ」
「八城は歌姫を殺したいのかい?」
「違うな、俺は歌姫を使ってクイーンを討伐したいだけだ。そして東京中央が八番隊へ向ける不満を払拭する。お前達は、クイーンを俺と共に討伐した後に歌姫を貰い受ければ良い。お前らにとっても悪い条件じゃない筈だ」
「クイーン討伐で八番隊への不満の払拭が本当に出来るのかい?」
「こっちの都合を、お前達が気にする必要は無い。お前達が決めるのは、俺と一緒にクイーン討伐をするのか、それともしないのかだけだ」
八城が言いたい事は言った。後は向こうの出方次第だろう。
善は情報を整理しているのか顎に手を当て瞑目している。
「クイーンレプリカ計画」
野火止一華は何の前振りもなくその言葉をだけを喋った。
八城には何を言っているのか分からないが、善と丸子は信じられないと目を剥いていた。
「おいごら!てめえ一華!」
「一華さん、それを今言うべきでは……」
二人はそれぞれに一華の喋り出そうとする口を止めようと言葉を掛けるが、当の一華は楽しそうに口元を歪ませた。
「だってねえ!八城は、つまり歌姫を私達と同じ使い方をしようとしてるってことでしょう?」
「だから一華さん!それは!」
何か不都合を言おうとする一華を必死に止めようとする善だが、野火止一華とはそれで止まる女ではない。
「なぁに?善は何時から私に指図出来る程偉くようになったのかしら?」
この場において野火止一華と対当に会話が出来る人間など、シングルNo.の人間ぐらいなものだ。
実力を認められているか、能力を買われている者だけが野火止一華の前に出る事を許されている。
なれば片手片目を失い、野火止一華から生成されるフレグラ服用者である三郷善は黙る以外の手段はなかった。
「東京中央はクイーンが、柏木光が居るものね〜そりゃ安心安全に暮らせるわよね〜?でも、それってどうなのかしら?それ以外の人はどうなのかしら〜?私気になるわ〜安全に、安心に、健やかに〜暮らせているのかしら〜恐ろしい目に遭っていないといいのだけれど〜」
「回りくどいな。はっきり言えよ」
「私達はね、クイーンのレプリカの開発に成功したのよ。それを使って街一帯を囲めばどうなると思う?」
「クイーンのレプリカがどういう物か分からないが、それがクイーン特有の性質を備えてるなら……」
クイーンは一定の距離を保ち、お互いに干渉し合わない。
つまりこの性質を持っているクイーンレプリカが在るなら……
つまり偽物があるとして、その偽物で街を囲う事が出来たなら……
「とんでもないなお前達は……」
それはこの四年間誰もが待ち望んだ人類の領地。
奴らの侵入を許さない、絶対の確約となるだろう。
「そうよ?だから八城もこっち側にくればいいのよ。そうすれば誰も、何も困らないわ。クイーンレプリカ計画のピースは、歌姫と八城が揃えば、私達がこの東京中央に求める物は何もないものね」
確かに歌姫が居れば、彼女達が言うクイーンレプリカ作戦はリスクが大きく減少するのだろう。
「一華、一つ聞かせてくれ。お前は何処にも所属する事無く、どうやってここまで人員を集めた?」
今現在こうして一華の周りに人材が集まり、大局を動かす事が出来る所まで来ている。
純粋に野火止一華がどんな手段を用いて人材を集めたのか気になる所だ。
「あなた達が言ったのよ?」
ドキリと鼓動が跳ねた。悲しむ様な懐かしむような、八城の知らぬ一年間が、野火止一華に哀愁を纏わせた表情をさせてるのだ。
「だから行ったのよ?私……ちゃんと帰りたかったから、ちゃんと終わらせたわ」
『行った』
その言葉は彼女でなければ一笑符にされてしまう事実だった事だろう。
「一華……お前……本当に、終わらせたのか……」
八城は知っている。彼女は嘘を付かない。
「行ったわよ、行けば私は帰れると聞いたもの。そしてあなたちは私に嘘を付いたわ〜」
彼女は嘘のつき方を知らないのだ。
無邪気で無秩序。
純粋で邪悪。
生まれたばかりだから、分からない事の方が多く。
だからこそ、知りたい事が多い。
自分の望みに真っ直ぐで、それ故に甚大な被害をもたらした。
言葉を理解し、喋る赤ん坊ほど恐ろしい者も居ない。
それが大人の肉体を持っているなら尚更だろう。
「でも違ったみたいね、私は帰れるのだと思った、でも違った。貴方たちは、嘘つきだわ」
人殺しに変える場所など無い。それを野火止一華だからと言う理由で許してしまえば、東京中央は立ち行かないだろう。
「そうだな、俺達大人はみんな嘘つきだよ」
「そうよ。でもね、それも含めて全部が正直どうでもいいわ〜だって気付いたもの〜貴方たちが裏切るなら、私はもう一度、一から自分で作るわ。今度は間違えない。私と八城の居場所をね」
「こんな嘘つきに居場所を作ってくれのか?」
「嘘つきには、嘘を付く場所が必要じゃないかしら?」
野火止一華の名前は、達成不可能な任務をやり遂げ、雪がれる筈の汚名だった。
当時、そう信じていたのは野火止一華ただ一人だけだったが……
それでも信じた彼女は、帰りたいと、ただそれだけの願いの為に前に進んだのだろう。
そして前に進んで、思い知ったのだ。
経験を知らない赤ん坊は、善と悪を学び、自らが進んで来た後ろを立ち返る。
「新しい居場所ね、どうせそこでもお前は、そうして作った居場所で、また人を殺すだろ?」
善悪を学んだとて、きっと今の彼女は善行を選ばない。
だからこそ、野火止一華は誰の手にも負えないのだ。
「人は簡単に死ぬわ〜私が何かしても、しなくてもね〜全部私のせいにされたんじゃ堪らないわね〜」
「お前は人を殺そうとして、殺すだろ?」
「昔の話よ〜あの頃は若かったわ〜それこそ、今は違うかもしれないじゃない?」
「全員にフレグラを飲ませてる人間がよく言うな」
雛は言わずもがな、善更には偽城もフレグラ特有の鼻づまりに近い症状が出ている。
妹である九音にその症状は見られないが、一華と行動を共にしている以上、フレグラを飲まされている可能性は高いだろう。
「あら、心外ね。みんな強くなれて嬉しがってるわよ?」
「全員が強くなって嬉しがってるのは、お前一人だけだろ」
八城はこの笑顔を知っている。
野火止一華はこの笑顔を張り付けて人を殺すのだから。
「そこまでだ、ごら。話が逸れてやがる。一華、てめえが八城の事が好きなのは理解してるがよ、方針を決めなけりゃこっちは動けやしねえ。好い加減結論を出したらどうだ?」
此処で出すべき結論とは?
それは東雲八城が提案した話に乗るか乗らないか。
八城と共にクイーンを討伐するか、しないのか?
「ねえ善?私達の計画に、歌姫はどの程度必要なのかしら?」
「……言いたくありませんが、僕らの現状戦力で指定誘導ポイントまでクイーンを動かす事はほぼ不可能です」
「それってつまりどういう事なのかしら〜?」
「歌姫は僕らの、クイーンレプリカ作戦において必要不可欠な存在と言う事です」
「あら!そうなの〜じゃあ、八城に歌姫ちゃんを横取りされると困っちゃうわよね?」
「……そう、なりますね」
「なら、決まりね?」
一華は大太刀を担ぎ八城へ獰猛な視線を投げ掛ける。
「その化け物退治私達の総力を持って当たらせて貰おうじゃない!でも!その代わり!条件を一つ追加させてもらおうかしら〜?」
「条件?物にもよるが、言うだけ言ってみろ」
片方の口角を吊り上げ、指名するように大太刀の切っ先を八城へ向ける
「クイーンレプリカ作戦の時に八城!あなたも参加なさいな。歌姫とあなたがクイーンレプリカ作戦に参加するなら、私は今回の化け物退治、手伝ってあげる。それ以外の条件なら今回の話は受けないわ」
八城は数秒の思案後、首を縦に振る。
それを見た初芽は何かを言いかけ、自分ではどうする事も出来と口を噤んだ。
「決まりね!それじゃあ!私達の久方ぶりの勝ち戦の戦場に帰りましょうか!」
幼かった悪魔は一年という時を経て、戦う理由を得た二刀と共に懐かしの戦場に舞い戻る。
その悪魔を誰も止める術などない。
止める事の出来る唯一の存在は、悪魔の隣に立ちあがる。
罪を雪ぐ一刀を静かに持ち上げ、八城はその重さに懐かしさを覚えたのだった。
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