第148話 逢瀬3

「八城、九音さんに続いて偽城さんも怒らせたのかい?」

居間に居た善が笑いながら八城に喋りかけて来た。

「みたいだな、俺はどうも年頃の女には嫌われるらしい」

「じゃあ君の八番隊は君の事を嫌いという事になってしまうね。どうだい、そんな嫌われている環境を一新して、こちらに寝返るというのは?」

「ついさっき、妹と天音に嫌われたからな……八番隊の中じゃ時雨は女じゃないからノーカンで……ウチの二人の年頃に嫌われてるとしても、トントンだからな、あんまりこっちに寝返る利点がない」

「大丈夫さ、この中じゃ僕も嫌われてる一人だよ。こっちに来れば嫌われ仲間が出来る」

「おいおい、お前も嫌われてんのかよ……」

「見て分からないかい?」

「さっぱり分からないな。そもそもお前の事は分からない事だらけだ」

暗に責めている八城の言葉を軽く受け流し、善は平然と茶を啜る

無駄だと判断した八城は斜向いに座っている初芽と丸子の二人に視線を移した。

「それで?俺の検査結果はどうなったんだ?」

丸子は話を振られた事自体が不愉快そうに、眉根を寄せると、舌打ちを一つに溜め息のコンボを華麗に決め、机の上によく分からないグラフの紙を放り投げた。

「あの、全然分からないんだけど……この紙どうみればいいの?」

裏表とびっしりアルファベットが書かれた表は上下に揺れる線が事細かに何かの結果を示しているのだろうが、八城には見方が分からない。

気まずげに丸子の後ろに座っている初芽に目線を向けても逸らされてしまうため、丸子へもう一度どういう事かを尋ねると、不機嫌そうに啜っていた湯飲みを机に叩き付けた。

「おい、八城てめえ。最初に言っといてやるがよう。こりゃもう後がねえぞ……」

八城は最初疑問に思っていたが、その上下するグラフの意味を知ると途端に無口になる。

というのも、

「その上下してるてめえの脳波だが、何が問題なのかっつうことだが……このグラフはてめえが眠っている間の脳波だごら」

「成る程な、俺の脳内は、眠ってるにも関わらず随分元気に飛び跳ねてるんだな」

「巫山戯てる場合じゃねえぞごら!次を見て見やがれ!」

促されるままに八城は次の紙を捲る、やはりとも言うべきか、そこには八城には理解できないグラフがあるばかりだ。

ただ上下を繰り返していた前のグラフと違い、そのグラフは均衡を保っている。

「こっちのグラフは随分いい子ちゃんじゃないのか?」

「てめえがそれを覚えてんならな」

「どういう事だ?」

「私はてめえが眠りこけてる間に、擬似的な興奮状態を作り出す一定のリズムをお前に聞かせ続けた、α波、β波、θ波、δ波の四つの代表的な脳波観測から見ても、てめえのこの数値は異常だごら!」

そして一枚八城の持っていた付箋の貼ってある紙を取り上げる。

「脳波については、そもそも人間の脳内が未知数の領域が大多数を占めてやがる!だがなぁ一つ言える事は、てめえの検診結果は昔の一華との検査結果との類似点が出てやがる」

そしてもう二枚自らの後ろに控えている初芽から同じ脳波表の書かれた紙を受け取った。

一枚は遠征隊No.一、野火止一華と名前が書かれた脳波表そして……

「遠征隊No.七、弟切 師草か懐かしいな」

元遠征隊No.七番、弟切 師草

彼は八城と同時期に見出された野火止一華の後継である。

と言っても、それは昔の話だ。

というのも、今は亡き彼には後継としての役割を果たす事は出来ないからだ。

北丸子は、野火止一華、弟切師草、東雲八城、三つの表を照らし合わせ一つの終着点を見出す。

「てめえの脳波は、この二人が辿った、一定の数値に向かってやがる。私がこれ以上説明してやる必要はねえよな?」

「つまり、俺もそこに至れば全てがおしまいって事だろう?」

「分かってんなら……」

次の言葉を喋る呼吸の間に八城は言葉を挟み込んだ。

「分かってるさ、誰よりもな。俺の身体の事だ、分からないわけがないだろ。それより俺が聞きたいのは、俺は後何回俺のままで鬼神薬が使えるのかって事だ」

互いに睨み合い先に口を開いたのは丸子の方だった。

「辞める気はねえって事だな?」

「辞める理由がないからな」

それでも睨みつける事をやめない丸子の意思が、斑 初芽には痛い程分かる。

そして対照的に、八城がその薬を使う事で幾度となく死線を潜り抜けて来たという事も今なら納得出来る事実である。

だから、二人の言う事は正しい。斑初芽個人の意見を介在させる余地などない。

「で?どうなんだよ丸子。俺は後何回までいけそうなんだ?」

「この症状は回復しねえんだぞ?鬼神薬を飲めば、飲んだだけ進行する。そしてお前の場合、一定の興奮状態まで達した時鬼神薬を服用する事無く、アノ状態に入れる所まで来てる。本当にそれがわかってんのか?」

「もう自覚症状まであるからな。酷使したとはいえ、俺の身体もよく保った方だろ」

自虐的に笑う八城に釣られるように、後ろに居る一華も笑ってみせた。

「クソったれが……」

丸子は諦めたような八城を憎々しげに睨みつけ、余計な情報を遮断するように目を瞑る。

脳内で書かれた三つのグラフを照らし合わせ、今の八城がどの程度の状態なのかをもう一度算出する。

丸子はゆっくりと瞳を開き、温くなった茶を一息に飲み干した。

「てめえが鬼神薬に吞まれるまで三回って所だろうな。三回目の服用で確実にこっちに戻って来れなくなる。それに、二十四時間の間を置かずに連続服用すれば直にでも、あのラインに乗っちまうだろうな……」

「そうか、後三回か……まぁ妥当な所か」

飲み干した湯飲みの底を見つめる丸子と、天井を見つめる八城では見つめる先が違いすぎた。

求める物が同じでも、道を違えるには充分過ぎる理由となるだろう

だから、東雲八城は東京中央に残り。

だから、北丸子は東京中央を裏切った。

そして此処には東雲八城を思う人間が多すぎた。

それは、斑初芽とて例外ではない。

「八城……。君は、まだ……」

初芽は言葉を飲み込みそれでも言い募る為に八城を正面に立ちはだかる。

「君はそこまでして、何を守ろうとしているんだい?私には、もう何が正しいのか分からないよ」

「……俺にも何が正しいかなんて分からない。ただ誓った約束は守らないといけないだろ?」

八城が交わした約束は果たそうが果たすまいが、誰も咎める事は無い。

八城が交わした約束の主は、今も東京中央の地下深くに眠ったままになっている。

「今も昔も、果たそうとして破り続けてきたんだ。ならせめて、アイツが目覚めた時に責められてやるのが、俺の唯一出来る、責任と約束の破り方だろ?」

「約束?責任?目覚めるとは、一体誰の事を言っているんだい?」

斑初が知るわけが無い。

シングルNo.のみが知っている柏木と、柏木の一人娘である柏木光を取り巻く約束と東京中央の最たる機密事項。

八城は何かを求めるように一華を仰ぎ見る。

「なぁに?八城?そんなに私をジロジロみて〜いやだわ〜」

「自意識過剰だろ、俺はお前の後ろにある壁を見てんだよ」

「あら〜妬けちゃうわね。この壁切り刻もうかしら?」

だが、シングルNo.である野火止一華と、北丸子がこの場に居る。

だからこそ八城の口からこの事実を告げる事は出来ない。

それをしてしまえば柏木を、ひいては東京中央を裏切るという事になるからだ。

「八城、私を見たところで何も言ってやれねえぞ?今のこの状況はてめえの責任だ。その女をこの場に連れて来ちまった。その女ごと斬り捨てるか、その女ごと巻き込むかのどっちかだ、ごら。中途半端をすんじゃねえ。それに……」

北丸子は研究所での斑初芽の言葉を思いだし、珍しく笑ってみせる。

「その女はよう、以外に見所があるぜ?ごら」

「そうみたいだな……だが駄目だ。俺から教える事が出来ない」

その言葉に斑初芽は痛みを堪えるように目を伏せる。

「てめえが、それを選ぶんならこっちは異論ねえよ」

机を向かい合い二つの陣営は分たれている。

手前に八城と初芽

奥に一華、丸子、雛、善の四人

「それで〜?八城は此処に何をしに来たのかしら〜何だか仲間になってくれそうな感じじゃないみたいだけど〜?」

「取引がしたい」

八城は単刀直入にそう切り出したのだった。

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