第137話 雲香る3

翌日早朝

7番街区で一晩を明かした八城と初芽は、7番街区第一バリケードの外に、そして「月下かおる」はバリケードの内側に立っていた。

「君達遠征隊は本当に命知らずだ、危険を知っているにも関わらずまた外に出て行こうと思えるなんて、俺からしたら自殺願望者と大差ないね」

肩を竦め、二人を小馬鹿にした表情に、初芽は苛立たしさを隠す事なく睨み返す。

「君達の番街区が、今までも存続しているのは、クイーンの分布を逐一確認する遠征隊あってこその生存圏だという事を理解しているのかい?」

「ああ、そうだ、忘れていたね。遠征隊は命知らずの良い奴らの集まりさ。感謝感激が止まらないよ、何時だって7番街区は遠征隊を応援していると言っても過言じゃない。でもそれは、生きていたい奴らの話だけどね……おっと、これも言い忘れてた。そもそもこの番街区には、生きていたい奴なんて居ないんだったよ」

別れ際であろうとも、巫山戯た口調をやめないのは「月下かおる」という人間性を表している。

だからこそ、斑初芽はその男が心底気にくわないのだろう。

このまま口論を続ければ、初芽が刀を抜きかねないと思った八城は、二人の間に割り込んだ。

「初芽、こいつらはそもそも俺達と根底で考えが違う。死にたがる人間には何を言っても無駄だ」

間に入った八城をそれでも殊更に笑ってみせる。

「それは違うでしょ八城。死にたがりは俺とお前、そしてこの番街区だ。今この番街区で唯一の異端は、そこに居る彼女だけだね」

「その辺で黙れよ。お前の話はとことん面白くない。まぁだが、世話になった。それからクイーン討伐の物資提供の件はお前の方に任せていいのか?」

「それは問題ないよ、こっちの番街区から中央の方に届けるから、そう言えば物資は何処宛に送れば良いのかな?」

突如黙り込み、思案するのは、無論の事物資の送り先である。

そう八城は考えた、そして考えた末八城は一つの結論に辿りついたのだ。

「ちょっと待った、送る場所が無い……」

「……は?」

流石の月下かおるも、この言葉には何を言っているのか分からないと言いたげだ。

「いやいや、届け物は別に特殊性癖のエロ本じゃ無いんだしさ、別に八城が指揮してる隊の本拠におけばいいじゃないの?」

「いや、それは絶対に駄目だ。何も無い場所で起爆されかねない」

「なにそれ、贈り物は花火じゃないんだよ?」

そう、孤児院にはマリアの他に紬や桜が居る。

今、八城が為そうとしている事が、バレていないとも限らない。

そうなれば、紬辺りが怒りに任せて海に沈めてしまう事もある。

それに万が一、子供が触れば大事にもなりかねない。

そうなった場合、八城はクイーンより先にマリアに殺されるだろう。

となると、送る場所が無いのである。

「え?八城もしかして人望無いの?うけるんだけど!マジか!爆薬受け取ってくれる友達すら居ないとか!俺と一緒じゃん!」

「おい!お前と一緒にすんな!友達ぐらい居るから!ちょっと中央に居ないだけだから!」

「八城は学校に居た時から一人で居る事が多かったじゃん?クラスカーストも中途半端だったしさ!そういう奴の方がクラスの寄り合いに呼ばれなかったりするからね〜」

「お前も同じだろうが!お前こそ人の事言えないだろ!クラスじゃいっつも本ばっかり読みやがって!いざ、こうやって関われば女侍らせて、何処のブルジョアジーだよ!」

「八城は学生時代からモテないからね〜。あ〜あ、やだやだ、モテない奴はこれだから」

言い合いの最中堪えきれないと、初芽が笑い声を漏らす。

二人は何処がおかしいのかと抗議の視線を初芽に送る。

「ん?ああ、済まない、やはり安心したのさ」

「何が安心だ!俺がモテないことにか!」

八城は分からないと、初芽に問いただす。

「いや、なに。君達は、戦う事を抜きにすれば普通の人なんだという事さ。環境が君達にその判断を迫った事によって考え方が二極化しているだけで、君達は何もおかしく無い。ただ環境を諦めたか、ただ諦められないかの違いだったのさ」

だからこそ初芽はきちんと「月下かおる」に向き直る。

この、7番街区を纏め、諦めた人々を守る為に悪役であり続ける人間に

「私は八城と同じだ、君のやり方を認められる人間性を有していない。だが、私が君に発した言葉は間違いだったようだ。正式謝罪しよう、すまなかった」

ニッコリと花咲く笑顔を見せる初芽に月下かおるはつまらなそうな表情を見せた。

「ふ〜んあっそう。どうでも良いけどお姉さんは二度とこの番街区に来ないでね」

「ああ、私も此処には二度と来たいとは思わないだろうさ」

月下かおるは鬱陶しそうに初芽を眺め、八城へと向き直る。

「あっそうだ八城、一応君の指定場所に物資を届ける手筈は整えたから二日あれば到着するよ。それから君に一つ。あの資料を読んだなら分かっているとは思うけど、66番街区に行くなら気を付けてね。まぁ、もし俺が君の立場なら絶対に行かないけど」

その声音に剣呑な雰囲気を纏わせる。

「だろうな、お前なら行かないだろ。ただ俺は行って話を着けないと行けない相手が居る」

「そうなんだ、精々気をつけてね……その情報の出所を言うのも野暮だけど……というか八城はもう分かってるよね?」

八城が確認した情報は全てが信憑性の高い情報だ。

まるで本人がその情報を誇示している風でもある。

「そうだな、これは俺に来いって言ってるんだろ?」

「まぁそういう事だよね。俺は君を信用している。だけど東京中央は信用していない。だから俺はね、君だからこの情報を開示した、だから……」

「分かってる、この情報を使ってお前の首を絞める様な事をするつもりは無い。安心しろ」

「そう、それは安心したよ。まぁ野火止一華の事だ。俺の命なんて春の桜より飛ばすのは簡単だろうしね」

「そうだな、精々死なない様にこの番街区から出ない事だ」

「そうだね、じゃあ早速、危ない人が入って来る前にバリケードを閉めようかな」

そう言って「月下かおる」は第一バリケードの門を閉ざした。

「俺が知らない所で死なないでね、君が死んじゃうと張り合いがないからさ」

最後に言ったその言葉に八城は口角を吊り上げる。

「なるべくな、お前も死ぬなよ」

「わざわざ死にに行く君よりは、長生きするだろうね」

「最後まで減らず口だな」

「俺の口数が減ったらそれは死ぬときだよ」

そう返した、月下かおるの言葉に八城も漏れる笑いと共に、珍しく口元を隠したのだった。

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