第126話 枷鎖1

時刻は1800時

傾いた西日がキツくなり始める時間帯。

夏の終りが近づいているのもあり、空は早くも薄暗くなり始めている。

そんな中央街区の中を歩く天王寺催花は、落ちて行く斜陽に目を細める。

「本当に良かったんですか?私が外に出でしまって」

天王寺催花が持ったホワイトボードの文字を書き、隣を歩く八城へ見せる。

「別にいいんだよ、この東京中央街区だけには、クイーンは寄って来ないからな」

とある理由からこの中央街区にはクイーンが侵攻して来る事は無い。

だが、柏木はそれでも天王寺催花を外に連れ出す事を渋り続けたが、最後はこの東京中央街区外には絶対に出さない事と、声を発さない事を条件に外に出る事を許された。

「久しぶりです日の光を見るの」

催花は手に持ったホワイトボードにペンを走らせ、見え易い様に八城の前に回り込んだ。

二人が歩くのは、議長室のある建物から出てすぐの居住区周辺だ。

「だろうな、お前の事は随分長い間、あの地下に閉じ込めてたからな」

天王寺催花が、中央の決定に恨みを抱いていたとしても、何ら不思議はない。

むしろ恨まれて当然の決定を天王寺催花へ課した。

四ヶ月

この期間の間、天王寺催花は地下特別街区に収監されていた。

東京中央は他を生かす為に、天王寺催花に対して人道的ではない扱いをしたのだから。

「仕方ないですから、それより…」

天王寺催花は一生懸命文字を消し、また新たな文字を書き連ねる

「クイーンを倒せるんですか?」

その文字を見て八城は一つ声を唸らせた。

「今の戦力は俺とお前しか居ないからな…厳しいだろうな」

「諦めないんですか?」

「まぁな、死ぬなら俺とお前の二人でだ」

「私一人で事足ります」

「寂しい事言うなよ、別にいいだろ?二人で仲良く死ぬのも寂しくなくて、悪くないだろ?」

天王寺催花は少し頬を膨らませる。

「悪いですよ」

その言葉一つに込めた気持ちがその一言で片づけられる物でない事は八城にも分かる。だからこそ八城は笑ってみせた。

「喋れないっていうのは、随分もどかしそうだな」

半目でもう一段階頬を膨らませてみせる催花。

ホワイトボードで八城の頭を叩き抗議の意を示すが、八城に気にした様子はない。

「ほれ、着いたぞ、お前のこれからの家だ。一応マリアって名前の怖いお姉さんが住んでるんだが、あんまり反抗しない方が身の為だ」

「怖いんですか?」

催花はホワイトボードで顔を隠しつつ、ゴクリと喉を鳴らす。

「怖い。の一言で片づけるには少し話が長くなるが、簡単に言うなら俺以外の隊員がマリア一人に全滅させられた事がある」

あの時の事は忘れもしない。

そして、怪我をしているにも関わらず時雨の悪ふざけは、今も時折突発的に行われている。

その度に薙ぎ倒され、本末転倒の悲鳴が木霊する孤児院に、変な噂が流れ始めている事をマリアはまだ知らない。

「殺されたくないなら、勝手に台所の食材に手を付けないことだ」

「あらあら、まあまあ…随分な事を言っているのね、八城君」

声だけで八城は諦めがついた。

「最後は、静かな場所で頼む…」

後ろに立つマリアからは尋常ならざる殺気が放たれている。

「いいわね〜殊勝な心がけだと思うわ、事が終わったら見晴らしの良い丘に埋めてあげる」

両手で持つ園芸用のシャベルが、今は何よりも恐ろしい。

だが裏庭で作業していたのはマリアだけではなかったらしく、続けて桜と紬もやってきた。

「あ!隊長!戻ってき…え?えぇえええええ!」

「桜うるさい。次その声を出したら、声帯をねじ切る」

突如として叫び声を上げた桜を睨みながら、紬は被っていた日よけ用の帽子を脱いだ。

「だって!だってですよ!この方!天王寺催花ちゃんですよ!え?何で!うわ!えぇええぇ?!どっどうしよう!とりあえず、サイン下さい!!」

一人盛り上がる桜の脛を紬がけり飛ばす。

「紬さん!何するんですか痛いですよ!!」

「痛くしているから当たり前」

「喧嘩はやめろ、ところで桜は催花の事知ってるのか?」

「知ってるのも何も!藤崎時雨さんが唯一オリコンで勝てなかった人ですよ!時雨さんはアイドルですから、勿論人気商売ですけど!それでも歌も上手かったんです!でも!この天王寺催花さんは、その歌唱力で時雨さんを難なく打ち破った唯一の方なんです!」

桜の熱弁は止む事無く、更に激しさを増して行く。

「お前そんなに凄い奴だったんだな…」

そう言われた催花はハニカミながらボードにペンを滑らせる。

「八城さん、サインあげますよ」

微笑みながら見せて来るホワイトボードを引ったくり、八城はそのホワイトボードで催花の頭を叩いた。

「ちょっ!ちょっと!隊長!何しくさってんですか!許さないですよ!っていうか何で隊長は催花さんとそんなに親しげなんで、どんな関係なんですか!」

「お前は本当に芸能人の話が大好きだよな、それから俺とこいつの関係は…」

チョイチョイと服を引っ張られた八城は、催花のホワイトボードを見やる。

「運命共同体」

達筆な字が妙に腹立たしい。

「八城君と運命を共にするのは私。例外はない」

そして反応したのは眠たげな目を鋭いものにした紬だ。

「おい!紬は頼むから変な反骨心をみせるな、それから催花!お前も余計な事は書くなよ!後々面倒な事になるんだから!」

「面倒?今八城君は私の事を面倒と言った?」

「お前も含めてな」

「誤った解釈、即時の謝罪を要求する」

「そういう所が面倒だって気付いてくれ…」

八城は深い溜め息と共に孤児院の扉を開き、全員を中へと促す。

すると八城は一つの違和感に気付いた。

「おい、何で俺の荷物がここにあるんだ?」

というのも、八城は111番街区で傷を負ってから、東京中央の医療施設で治療を受けていた。

そのため、入院という半軟禁状態を生活していくために、八城の数少ない私物も病院の方へ持って行っていたのだ。

八城の数少ない私物はそれこそ、一つの段ボールに収まり切る物だ。

そして、病院にあった筈の段ボールが、孤児院の片隅に置かれていた。

「それは、私が持って来たました!隊長が出て行った後直に、急患が来て、隊長を含めた全員が部屋を追い出されたんです。部屋の荷物を纏めた後で時雨さんと、それから桃と美月さんも戻って来るみたいですよ」

「おい!ここそんなに入るのかよ!無理なんじゃないの?麗か初芽辺りに頼んで、美月と桃は別の隊の場所に置いて貰ってこいよ」

「え〜何ですか〜良いじゃないですか〜皆で一緒に暮らしましょうよ〜」

「何でだよ!嫌だよ!そもそも孤児院が手狭なんだ!もっと手狭になるだろうが!」

そして八城は自分が言った失言に気付く。

ヒタリと首筋に園芸シャベルの冷たさが伝う。

いつもなら、戦場であるならこんな失態は犯さなかったに違いない。

柔らかなブロンド髪が揺れ、シルクの様な柔らかな手が八城の腕を取る。

「もう一度言ってくれるかしら?何処が狭くて?どうして狭くて?どう手狭なのかしら?」

この場所を誰が取り仕切っている場所なのか、八城は知らなかった訳ではない。

ただ迂闊だった。

聞き届けられてはいけない人物に、その会話を聞き届けられてしまった。

「じょっ…冗談…だ」

「…言葉は慎重に選ぶ事よ、八城君。此処は広い。八城君Already one every time say.」

「…おっ…おうけい…」

マリアはキレると、純正の英語を話す。

これが日本英語教育の弊害なのか、八城は特に英語が話せる訳でも、逆に聞き取れる訳でもない。

そしてマリア自身も八城に聞き取らせようとする気も無い。

「聞き取れなかったかしら?八城君、もう一度言いなさい。此処は広い。はいどうぞ」

「此処は…広い…はい……どうぞ」

一字一句間違いなく言葉にする事だけを念頭に置く八城だが、マリアはそれが気に食わないのか眉間に皺をよせた。

「要らない言葉が混じっているわね。そんなにねじ切られたいのかしら?」

マリアは容姿こそ優れている。

出る所は出て、日本人離れした顔立ちに、通りすがる誰しも息をのむ。

容姿だけを比べるなら元アイドルである時雨と並び立つのかもしれない。

そんなマリアに恋人の様に背中に密着されているのだが、今現在の胸の高鳴りは、恋や性的な高鳴りではなく、動物的本能からくる事を八城は知っている。

正直、身体の震えを止めるので精一杯だ。

それにマリアは日本語が堪能だ。

「ねじ切られたいのかしら?」などと主語を抜く様な喋り方をする人物ではない。

八城は、兎に角「ねじ切られたくない」その一心である。

「広いです…此処は広いですから…ねじ切らないで…」

「Very often out come better it was」

またも分からない英語を早口で捲し立てられ、八城は混乱の最中でいつも通りの答えを返す。

「おっ…おうけい」

恫喝と恐喝の違いとは何か、そんな事を考えるが、どうでもいい事に気付いた。

今重要な事はただ一つ、マリアがとてつもなく怖いという事だ。

「ムッ…八城君がマリアとイチャイチャしている」

何処をどう見るとそんな風に見えるのか。

腕を取ったその手のひらから伝わる握力と瞳をカッぴらいたマリアに人を愛するという概念を理解させる事は甚だ不可能に近いだろう。

「うふふ〜イチャイチャしているわよ〜嬉しいわよね?八城君」

「オレ、マリアスキ、コジイン、オオキイ、サイコウノバショ」

「はい、上手に言えましたね〜さぁ、みなさん、八城君の部屋にも入れますから、上がって下さいな」

マリアは八城に絡めていた腕を解き、ニコリと怖い笑みを見せた後、桜と紬、そして催花を中へと押し込んで行く。

その背中を八城は遠い目で見送っていると、後ろから聞き覚えのる声達が帰ってきた。

「おい〜引っ付くんじゃねえよ!邪魔で歩きにくいんだっつうんだ!荷物ぶちまけちまっても知らねえからな」

「嫌です!これからは時雨さんと一緒に生活していくんですから!仲良くしましょうよ!」

「桃ちゃん…最近少しおかしいよ」

二人は足を怪我しているため松葉杖を付きながら

一番重傷だった時雨が、足を怪我していないため、自分の分を含めた三人分の荷物を載せた台車を転がしている。

「おう!大将!出迎えたあ、気が利いてるじゃねえか!再会を祝い合う前に早速頼みなんだがよ、この妖怪パパラッチを引き剥がしてくれや」

「触らないで!もし触ったら訴えるから!セクハラですから!セ!ク!ハ!ラ!」

桃は時雨に張り付くを通り越し、一体化を目指しているのではないかと疑いたくなる距離感だ。

だが八城にとってそんな事はどうでもいい。

「時雨お前はつい一時間前に別れたばっかりだろ……それから、何もしてないのに何で俺がこんなに傷つかないといけないのか、誰か説明してくれない?」

八城は多感なお年頃はとうの昔に通り過ぎたとはいえ、女子からの急なセクハラ発言に耐えられる精神など持ち合わせていない。

それこそ切れるナイフ例えるなら隠しカミソリの様な言葉攻めなど、普通の大人でも頭から地面に崩れ落ちるだろう。

「はぁ…まあいい、所でお前ら病院追い出されたんだってな」

「そりゃ大将も同じだろ?あの変態医者を我慢すれば、三食昼寝付きの生活は最高だったんだけどよぅ」

「全くの同意見だな」

そう八城が言った矢先に桃が皮肉に笑う。

「アンタは、少し仕事した方がいいんじゃないの?」

「ねえ、何で時雨と同じ事言ってる俺が責められてるの?おかしいよね?ねえ何で?」

「諦めた方がいいぜ大将…こいつ、良くない宗教に嵌った人妻並にイカレちまってるからな」

自分を慕っている人間をイカレてる扱いは、八城も流石に酷いとは思うが、時雨という新興宗教に嵌ったのなら、それは強ち間違いではない気がするのだから不思議だ。

「そんな事になったら、間違いなくご家族が泣くな」

「ハハッ、ちげえねえ、っと、美月を早めに休ませてやってくれ。随分疲れてるみてえだからな」

慣れない松葉杖を付きながら、歩く美月の顔には、疲労の色が濃い。

「何があったんだ?」

「急患の手伝いをさせられてたんだ、美月は応急処置までなら出来るからな、動けねえ足引きずって、あっちへ、こっちへ……権蔵の野郎に随分こき使われてたぜ」

「普通に酷いな…お前も重傷人なんだ、厳しいなら断っていいんだからな」

「いえ…大丈夫です…私もちゃんと人を助けられる様になりたいので」

「その心がけは立派だけど、自分の傷直すのが専決だろ」

美月の庇う足には、血の赤が薄く滲んでいる。

美月が無理をした理由は大体察しがつく。

そして美月がそれに対して後ろめたさを感じている事も分かっている。

そもそも時雨や桃の様に平気を装う事の出来る方が、箍が外れていると言える。

「誰かを直すのも結構だが、お前が無理して倒れたら意味がないだろ、それにあんまり気にするもんじゃない、生きてりゃまた会う事もあるからな」

篝火雛の一件で美月は気がかりがあるのだろう

だからこそ八城は具体的な名前を出す事はしなかった。

だがそれで伝えたい事は伝わった筈だ。

八城は扉を開け時雨と桃を中へと招いていく。そして美月だけが、外に立ちすくみその場を動こうとしなかった。

「どうした?」

「八城さん…」

美月は八城を呼び止めるが視線が彷徨い、一向に何かを喋ろうとしない。

「なんだ?どうした?」

「…何でもありません」

美月は俯きがちに、松葉杖を付きながら孤児院の扉を潜り中へ入る。

それを見計らい、八城が扉を閉じた瞬間、時雨の叫び声が孤児院に木霊した。

「おい!何でてめえが此処に居やがる!」

何が時雨にそんな声を出させたか理由は簡単だ

勝てなかった相手が居た。

思いだしただけで、悔しさが滲む相手だ。

そんな最中、世界が終わり、新しい秩序の中で新しい世界が始まった。

世界が新しくなろうと、日常が変わろうと、住んでいる人間は変わらない。

だから、アイドル藤崎時雨はあの時幕を下ろし、橘時雨が台頭した。

名前しか違わないのかもしれないが、それは時雨にとっては大きな違いだ。

藤崎時雨が一つやり残した事があるとするなら、それは頂点を極める事が出来なかったという一点に尽きる。

そして今藤崎時雨にとって信じられない人物と邂逅する。

「なんで天王寺催花が此処にいやがんだよ!」


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