第125話 黙従2


書き殴られた文字から感情を窺い知る事は出来ない。

ただその行為を切に望んでいる事だけは伝わって来る。

「八城、彼女もこう言っている。この場所で終わらせてあげるのも君の役目なんじゃないのかい?」

その行動を促す様に柏木は道を開ける。

此処で天王寺催花を処分する事は中央の安全を第一に考えている事を証明する事に他ならない。

東京中央と八番隊の、横須賀中央への体裁を保つ事が出来るのは八城も理解している。

それに、天王寺催花が他…例えば、野火止一華率いる他組織に身柄をとられてしまう事が何より避けたい事態の筈だ。

天王寺催花と東京中央の意向が合致してしまっている。

右に差したこの刀に手を伸ばしいつもの通りに振り抜けば…

終わらせてしまえば…十秒と掛からない。

「催花、お前は89作戦を覚えてるか?」

八城は最終確認として問いかける。

「お前は俺と同じ様にその行動で多くの人間を殺している。それは分かってるよな?」

心ない言葉だと分かっている。それでも八城はその問いの答えを聞かない訳にはいかないのだ。

「お前はこのままで良いのか?」

呆然と顔を上げる催花の顔を見る八城の表情には怒りと悲しみが混じり合う。

天王寺催花は叫び出したい声を押し殺す。

このままで良い訳が無い。

だとしても気持ちだけではどうする事も出来はしない。

だから天王寺催花は、光も声も届かないこの場所で踞っていたのだ。

「俺は89作戦の時、前線に仲間を置いてお前を助けに行った。お前はあの時俺の手を取った。だから俺はお前を助けて良かったと思ってる。俺の仲間はあの場所で散って行ったが、お前を助け、助けたお前が生きてくれる事が、俺の仲間と…俺にとってあの場所で掛けた命の価値だ」

天王催花は八城を見上げ、その瞳に涙を溜める。

「俺はお前を何度でも助けに行ってやる。だがな、死のうとしてる…これから死ぬ予定のある人間を、助けて……死んで行った人間の事を…一体誰が覚えててくれるんだ」

流れる涙は、この孤独な空間で培われたのだろう。

だが八城は天王寺催花にこれだけは伝えなければいけない。

89作戦時、死んで行った仲間達はこんな事の為に死んだ訳ではない。

「お前が死にたいのはきっと俺達の想像も出来ない苦痛だ。だがな…お前の価値は、俺の仲間が…八番隊が命を掛けた価値だって事を忘れないでくれ」

何を言われたとて、彼女の心に声が届かない事を八城は知っていた。

「今は、俺はお前を殺さない。お前にはお前の価値を気付くまでは死んで貰う訳にはいかない」

八城は書き殴られた紙を天王寺催花に押し付ける。

「これは次、死にたくなったら俺に渡せ。一部の歪み無く、綺麗に介錯してやる」

その言葉に柏木は八城を睨みつける。

「それはつまり、君は僕の命令に逆らうという事かい?」

「違う、柏木。俺はもう一つの可能性を証明する」

(横須賀中央は、東京中央へ期限中「二週間以内」に「歌姫」当該人物の有用性を示す、又は処分する事を強く願う物である。

これが実行されない場合。此方が一方的にこの関係を破棄する事を宣言する。)

条項は以下の通りである。

八城が言ったもう一つの可能性とは何か…

条項に書かれた文は、処分又は「有用性」の証明

「有用性の証明のことかい?流石の八城もそれは難しいとおもうのだけど。それこそ……」

柏木は一つの可能性に当たりを付ける。

それは荒唐無稽で、殆どゼロに近い可能性の一つだ。

だが、それを示す人間が八城だからこそ、一笑符に出来ない。

「まさか八城、君は…」

柏木は、途切れた言葉の続きを模索するまでもなく見付け出した。

きっと誰もが、この場で八城の本当に実力を過小評価していたのだろう。

東雲八城は誰よりも最前線に立っていた。

強さの証明をして来た。

それは89作戦で、

多山大39作戦で、

ツインズ新宿地下道で、

今一度、この場で東雲八城が立つ事は、元八番隊隊員への弔いとなるのだと東雲八城は信じている。

守った者の価値を、八城自身が証明してみせる事で…

失った仲間の価値を証明する。

「柏木、簡単だ。成すべき事は天王寺催花の有用性の証明。なら、この世界で最も脅威を振るっている存在を天王寺催花の持つ声と協力して打破すれば、こいつの存在を誰にでも認めさせる事ができる筈だろ」

それは二年前で止まったままの伝説的偉業の形でもある。

野火止一華だけがやってのけたその記録。

以来誰も成し遂げなかった人類の勝利

八城は天王寺催花の頭と右に差した刀に手を置く。

夢でも目標でもない。

その言葉は八城による宣言だ。

「俺が天王寺催花を使って、クイーンを殺す」


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