第127話 枷鎖2

極められなかった壁の頂点に立っていた人物と、時雨は四年越しの対面を果たす。

だが、天王寺催花は驚いてはいるものの、一言として言葉を発さない。

「歌姫」その単語が聞こえて来るだけで、当時の時雨は敵愾心を抑えきれずに居た。

だから「喋らない」それだけの事が、余計に時雨の神経を逆撫でするのである。

「てめえ!おい!大将こりゃどういうことだ!説明しやがれ!」

いつも飄々としている時雨にして珍しい。

何故だと尋ねる時雨の声は確実に冷静さを欠いている事だけは伝わって来る。

「落ち着け時雨これには訳が……」

「落ち着くわきゃねえだろうが!さっさと説明しろや!」

「とにかく落ち着くけ、今回はお前らに全部話す為にこいつを此処に連れて来たんだ」

八城は決めていた事がある。

それは天王寺催花の一件が切っ掛けにはなっているが、大元を正すなら、桜が一華に出会った事に事の発端がある。

「一つまず全員聞いてくれ」

そう言った八城へ全員の視線が突き刺さった。

どんな反応をするのか、紬辺りは怒りに任せて襲いかかって来るかもしれない。

絶望的な期間設定と絶望的な状況で八城は僅かな勝算に全てを掛けるのだから。

「俺はクイーンを討伐する」

全員が言葉を失い、催花は申し訳なさから視線を落とす。

「天王寺催花を此処へ連れて来たのは、そのクイーン討伐のための布石だ」

「布石つうのはこいつの事か?」

「そうだ、天王寺催花は「奴ら」特にクイーンを引き寄せる特別な声を持っている。だがその声のせいで中央の同盟関係にある横須賀中央は、天王寺催花の存在を危険視している。そして今回、元八番隊から裏切り者を出した事が引き金となって、中央の管理に不信感を持った横須賀中央は、同盟の破棄もしくは天王寺催花の処分。そして処分しないのであれば、その有用性を示す事を東京中央へ一方的に叩き付けて来た」

それを聞いた紬は靴音を鳴らし、椅子から立ち上がる。

「何故?」

「横須賀は催花の力が他の組織に回るのを何よりも恐れてるんだろ、だから、東京中央に…」

紬は苛立ちを表す様に靴音をもう一度大きく鳴らす。

「違う!私が聞いているのは何故処分せず天王寺催花の有用性を示すかという事!」

そうだろう、最も早く、迅速に横須賀の要望を叶えるのであればそうする事が望ましい。

「八城君は戦えない、そして八番隊も戦えない。そして私達の隊はこいつを助けたせいで……」

紬は俯いたままの催花を見て奥歯を噛み、次の言葉を飲み込んだ。

それは余りにも個人的な見解であると知っているから

だから紬はより現実的に事の結論を出す。

「八城君、結論は一つの筈……」

紬の言葉は正しいのかもしれない。

「紬さん!」

だがそれを納得出来る人間ばかりではない。

無言のまま射竦める紬の視線には説得力が存在する。

だが意義を示そうとする桜の言葉には、足りない物が多すぎた。

だがそれでも、納得の出来ない事は納得できない。

「そんな人の命を簡単に、そんな風にしては……」

そして桜は自分の言っている言葉の意味に気付く。

命を選ぶという事はどういう事なのか、

八城を死地に向かわせ殺すか。

天王寺催花をこの場で処分し、他中央との着地点を見つけるか。

簡単な計算だ。

この武器も、装備も、その殆ど全てを横須賀中央から賄っているのが現状だ。今同盟関係を切られる事は、東京中央の死活問題に直結する。

横須賀中央をたった一人の人命の為に切り捨てる事は東京中央には出来ない。

なら取るべきは二つの選択肢に絞られる。

そしてその選択は非情な結末である。

苦悩する表情の桜を見てマリアはいつかの自分とその姿を重ね合わせる。

かつてマリアは責めた。

助けられなかった責任を八城へと当てつけた。

「何でかしら?何で八城君は、今回はその子を助けようと思ったのかしら?」

マリアが思い返すのは、脳髄を撃ち抜いた拳銃の硝煙と酷くつまらなそうにそれを見つめる八城の横顔だ。

そして奇遇にも八城は同じ事を考えていた。

「簡単だろ、そっちの方が何かと都合が良いからだ」

「それが、答えになってないのは自分でも分かっているでしょう?」

「分かってても答えを馬鹿正直に言うとは限らないだろ」

「無理に一華ぶっていたらいつか貴方は壊れてしまうわよ」

「随分昔に壊れてるからな、俺なんかジャンク品の訳あり品も良い所だ。半額シールを誰か貼ってくれないか?」

「そうやって巫山戯ているのも一華の真似かしら?」

「一華、一華って本当に五月蝿いな、別に誰が何と言おうと、どうでも良いだろ。俺の戦う理由は、俺だけが知っていれば良い。他人に吹聴させようとする方が間違ってる」

「本当昔から貴方は変わらないわ、だから嫌なのよ貴方と居るのは……」

「昔って、お前が知ってる俺なんか此処四年間ぐらいだろ、知ったかぶりも程々にしたほうがいい。それに俺はお前に一緒に居てくれなんて、一度も頼んだ事はない」

「八城君、貴方一体何を考えているの?」

皆が知る東雲八城という人物は、横着者で、面倒事が嫌いで、それで、持ち前の刀の腕と仲間を頼りに、危機的な状況をどうにかして来た人物だ。

だが今回はその全てに八城は当てはまらならない。

「何も考えてない、ただ今回お前らに言いたいのは一つ。俺の邪魔をするな、それだけだ」

今までにない突き放した一方的な言葉に全員が眉根を寄せる

納得がいっていないのは、天王寺催花を含めた八城以外の全員だ。

「なっ、大将!てめえ!そりゃどういう!」

時雨の言葉を遮り、八城は言葉を続ける。

「今、八番隊は凍結中だ。俺の今回の行動は謹慎の一貫だと思ってくれれば良い。それから天王寺催花に声を出させる様な事はするなよ、此処は大丈夫とはいえ、他の番街区に被害が及ぶかもしれないからな」

八城は上着を着用し、右側に「雪光」を携える。

「隊長…何処に行くんですか?」

「仕事だ」

「八城君、また一人で行くつもり?」

紬は八城の袖を掴むが、その手をゆっくりと解かれていく。

「一人で行くべき場所には一人で行くさ」

淡々と返される言葉とチラリと桜へ注がれた視線は、直ぐさま切れる。

背筋を舐める悪寒は気のせいじゃない。

これならまだ無視された方が良かったと思う。

その仕草は何処と無く、111番街区で戦った彼女を彷彿とさせる。

「隊長…」

そう呟いた桜の声に返事は無く、代わりに軋む扉が甲高い音を立てゆっくりと閉じていくのだった。

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