第116話 嵐後
嵐が過ぎ去った翌日、台風一過とはよく言ったものだ。
昨日とは打って変わったカンカン照りの太陽は、部屋の不快指数を着実に上げていく。
そんな蒸し風呂の病室には、時雨と八城が揃って寝かされていた。
「大将何で私はここに居るんだ?」
時雨が最後に見た記憶は、家電量販店で刺し違える覚悟で篝火雛と戦い、その後とある人物に応急処置を受けた所までだ。
「お前を運ぶのは重かったらしいぞ、美月も桃も足をやられてお前をここまで運んで来たらしいからな」
時雨のベッドのすぐ横のベッドに八城が、そして目の前に並べてある二つのベッドに桃と美月がそれぞれ寝かされていた。
「やられちまったな……」
時雨が苦々しく呟くのは、自分の甘さをあの少女に見透かされていた事だ。
「殺す気がなかった」違う、躊躇ったのだ。
そしてその躊躇いが時雨の命を救った。
泣きぼくろが特徴的な少女。
その少女が最後に告げた名前が、今も時雨の記憶にこびり付いている。
「なぁ、大将には、妹が居るのか?」
時雨が思いだすのは、束の間意識を失い倒れ臥した自分を治療していた人間
警戒を示した所で、深手を負った時雨はこの相手をどうにか出来る訳ではない。
だから必要最低限を問うた。
そして返って来た答え
「私にこの応急処置をした女、東雲九音って言いやがった。泣きぼくろがあって、大将にどっか似てた気がする。そして私達三人は、そいつに助けられた」
八城は最後に見た妹の姿を思い返す。
八城は複雑そうに、だが何処か安心した様に目を伏せた。
「間違いないだろうな、東雲九音は俺の妹だ」
「だろうな、そっくりだったぜ」
東雲九音。
そう名乗った少女に対して、時雨は問いかけた。
お前らの敵を殺さずしてどうするのか?
すると少女はハニカムようにこう答えた
「誰もこの場所で死ぬ必要なんてないでしょ?」と
そして篝火雛は消えていた。
多分東雲九音が連れて行ったのだろう。
時雨は現状の暗さに溜め息を一つ、気持ちを切り替えるように、目下の問題と向き合う。
「なぁ?だがよ大将……こりゃあんまりだぜ」
それは、病人食を見た時雨の最初の一言だ。
「病人食が不味いのは今に始まった事じゃないだろうが。ほら夏みかんみたいな、何かだぞ」
「かてぇ、皮が剥けやしねぇよ」
病人に剥く事がほぼ不可能レベルの皮の厚い柑橘類が、幾つも展示された病室の脇にはその柑橘類に混じって、申し訳なさそうな顔で桜が黙って座っていた。
そして桜の向かいにはこれまた神妙な顔つきの紬が、椅子を向かい合わせている。
「桜、八城君に言う事はある?」
「ありません……」
一方的な言葉の攻めは八城としても心苦しい限りだ。
「喧嘩するなら他所でやってくれよ」
八城がシレッと言った言葉に、紬は溜め息をつき甲斐甲斐しく八城の世話を焼き始める。
「はい、八城君アーン」
「いや……いいから、自分で食えるから!むしろ食べづらいから!」
「八城君は桜に、右肩をやられている。仕方の無い行為」
「意味ないから!無意味な行為だから!あぁ……ほら、何でそういう事するの、零れたじゃん……」
「大丈夫拭いてあげる」
「ここぞとばかりに変な場所触らないでくれない!お前こういう変な事何処で覚えてくるの!」
ベッドで暴れる八城と紬を見て何処か不機嫌に立ち上がった。
何故かモヤっとする心は桜にその行動をとらせた。
「隊長の怪我は私がやったので!私が面倒を見ます!」
時雨の邪悪な笑みと、好戦的な紬の表情がぶつかり合い病室熱は更に激しさを増していく。
「頼むから、喧嘩するなら他所でやってくれよ」
八城の囁くような声はその喧騒に消されていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます