歌姫の荒城

第117話 歌姫の荒城 序

数ヶ月前

89作戦にて

8番街区を何の前触れも無く奴らが襲撃して来た。

予想し得なかったその事態に、一人だけその襲撃を予想していた人物が居た。

分けも分からない中、地下鉄内部に立て籠り、その人物は最後を迎えようと考えていた。

声を出せない筈だった

それは精神的疾患からくる失声症。

しかし、今現在

少女が声を出したせいで、多くの人々が犠牲になった。

だからこの場所で。この寂しさの溢れる場所で、最後を迎えるのは少女への罰なのだと考えていた。

本当は叫びたい、この場所に居ると

張り裂けんばかりの激情をこの場で吐き出したなら、この声に群がる「奴ら」の軍勢が少女を終わらせてくれる。

真っ暗闇の中、一筋の光りが此方の足下を照らした。

見覚えのある顔立ち。

黒服と迷彩柄の入り交じった遠征隊が着る服装。

特徴的なのは、その人物は両腰に二刀を差していることだろう。

東京中央でNo.八を背負っている人物

少女は細い指で、紙にサラサラと手慣れた手つきで文字を起こす。

「八城さん……私、声を出してしまった」

再三になる事だが、この少女、天王寺催花は声が出せない。

筈だった。

「みたいだな……とりあえず此処を離れよう」

暗闇と静寂が張り付いた地下鉄内で、八城だけの声が響く。

だが足音だけは、その暗がりの中に二つ響き渡った。

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