第102話 鬼影9

「おい、元気が有り余ってるなら俺が相手してやるよ」

雛が感じるのは、先日感じた相手と同種の感情。

だから雛は歓喜した。自分が信じた東雲八城は本物だった。

本物だけが出す事を許された自身内に感じる「殺される」という感覚は雛の内を快感として駆け巡る。

「八城さん!」

歓喜の声を上げる雛に対して、八城の感情は何一つとして動くことは無い。

「桜、刀を貸せ」

八城の有無を言わせない口調に、桜は腰にある自身の刀を八城に差し出した。

汚れ一つないまっさらな刀身。

八城はそれを受け取り、確認した後に、地面に突き刺した。

「抜けよ、誰でも良いから相手して欲しいんだろ?ならそれを抜け」

だが此れは絶好の機会だ。自分の強さを八城自身に証明出来る。

なら何も問題ない。

雛は桃の上から退き笑みを堪えながら八城が突き刺した刀を取る。

「いいんですか?怪我するかもしれないですよ?」

雛のその言を八城は鼻で笑ってみせた。

「俺がか?あんまり笑わせないでくれ、笑い過ぎて腹が痛くなるだろ」

恐怖ではなく喜びが勝るのは、今現在の雛が正常でないからだろう。

構えを取らず、不意打ちの踏み込み

裂帛の後、雛は地面に倒れ臥した。

この前と同じ光景、この前と同じ痛み。

否、この前より痛くない。

だが立ち上がる事が出来ない。

確かに八城の元まで駆け、刀を振った所までは覚えている。

その後は何も見えなかった。

「何も出来ないなら刀を手放せ、まだやるなら立ち上がれ。」

上から降り掛かる言葉に対して雛は喜び以外の感情が湧かない。

口が攣れ口元に笑みが張り付く。

「えへっへへひひひ」

雛は杖代わりに刀を使い立ち上がる。

だが八城は、雛が杖として使っている刀に自身の持つ刀を叩き付けた。

支えを失った雛は、今度こそ倒れ、呻きながらも笑い転げる。

ドン引きしている桜と、駆け寄って行く美月は、只の仲違い程度に思っているのかもしれない。

だが八城には分かっている。

雛は桃を殺そうとしていた。

それは誰もが知っている筈だ。

この世界がこうなってから普遍の原理。

奴らの体液はすぐさま腐食していく。

だが完全に腐食していない体液は感染力を残している。

あのままあの刀が刺さっていれば桃は今頃……

「今日はもう終わりだ。美月、雛を頼む。桜は桃を。俺はちょっと野暮用がある」

そう言って一足早く八城は111番街区へと戻って行く。

「地区遠征は中止にすべきだ」

善の元に辿り着いた八城が開幕一番に口にした言葉だった。

「済まない八城、それは出来ないんだよ」

善は溜め息を付きながら座っていた回転椅子を回し、八城へ向き直った。

「おかしいだろ!今日雛は桃を危うく殺し掛けた!桃は数日前にフレグラを使った!あんな状態の隊を地区遠征に向かわせたら、「奴ら」に出くわさなくても死人が出るぞ!」

「と言ってもね……中央からは迅速な人員補充の請求が来ているし。前回のツインズ戦でもかなりの人員を失ってるんだ。これ以上現場の人間に負担を掛け続ける訳にはいかないんだよ」

「だが!これじゃあ余りにも危険過ぎる!」

「分かったよ、じゃあこうしよう。八城と時雨君、二人でそれぞれの訓練生の代表に遠征用の救難信号の出せるビーコンを持たせる。君達二人は、先駆けて中間地点で待機する。こうすれば有事の際は君達二人が動く事が出来るだろう?」

「なんで時雨まで……」

「訓練生の育成で不公平だと苦情を言われても困るからね。もちろん時雨君の許可が降りればだけれど。どうだろう?コレが僕に出来る最大限の譲歩だ。これで駄目なら君の要求を承諾する事はできないよ?」

正直悪い話ではない。

中間地点にいれば、後半前半共に、緊急の際は現場にすぐさま駆けつける事が出来る。ビーコンに関しても、美月に持たせれば、間違いは起こらないだろう。

「分かった……明日何時からあいつらは出発するんだ?」

「明日の正午丁度だね。中間地点はここから直線距離七キロ地点にある。出る時間は八城に任せるよ。」

「了解した」

話は終わりだと、八城は後ろの扉へ、善は手元の資料に視線を移す。

「でも意外だ、あの八城がまさかここまでちゃんと教官をやるとは思わなかったよ」

「俺が一番驚いてるよ」

そう言って八城は善の部屋を後にしたのだった。

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