第101話 鬼影8
そんな日常を過ごしながら、日付は地区遠征前日
八城は最終確認のため、時雨、紬、桜と訓練生計七名を連れて実地訓練を行っていた。
百メートル程下がった場所で、紬と時雨が四人の男子生徒を見て、八城と桜が、三人の女子つまりは美月、桃、雛の戦いを見守っていた。
「三人とも良い動きをしてますよ隊長」
三人は最初と見違える様な動きを見せていた。
美月は着実に「奴ら」の動きを読み、足止めをしながら数を減らし、桃は前線で刀を振るいながら大きくその戦果の幅を広げていた。
だが八城が目を見張ったのは雛の成長だろう。
動きは狡猾かつ残虐だ。
身体を弓の様に撓らせ、独特のフォームからくり出される片腕のみの刺突は奴らの脳天を軽々と突き破った。
滴る体液もそのままに、次の獲物を見定めた雛は、刀を強引に振り回し、全体重を乗せて振り抜き、易々ともう一体の頭部を唸る刃で斬り飛ばした。
刹那の攻防でも、掴もうとする腕を躱し代わりにその腕に足を絡ませ地面に叩き伏せ、腰から引き抜いたサバイバルナイフで首から脳天にかけて斬り開く。
必要以上のダメージを与えるその姿は、悪鬼羅刹を体現していた。
「くひっふふひひひぃ」
雛は息を吸うたびに笑い、その笑い声に引き寄せられた「フェイズ1」を斬り、また笑い声を上げた。
「雛ちゃん大丈夫?」
美月は明らかに普段と違う雛の様子に八城に一瞥を送り、雛の傍らに立つが、雛はべったりと奴らの体液の付いた頬を上気させニッコリと笑う。
「大丈夫だよ、強くないといけないから。私は……私を、この場で証明するから!」
雛は自分に言い聞かせ、また近づく一体に自ら肉薄しその脳天に一撃を入れる。
「雛!そっちに行った!任せるわ!」
桃が切り捨て様に取り逃がした一体を目線だけで追いながら、また新たな一体に一太刀を浴びせ掛けた。
「うん、任せて桃ちゃん!」
何処か吹っ切れた様子の雛に、八城以外の全員が頼もしさを感じていた。
丸腰の雛は一体に肘そして肩を密着させ、噛まれないよう顎を固定し、そのまま地面に打ち付け馬乗りになる。
刀の鞘を抜き、それを口の中に差し込み、地面に頭を固定させ足下に転がっている木片を手に無表情のままそれを首の付け根に差し込んだ。
溢れ出る体液と、肉の千切れる音。
木片では武器としての威力が弱く一度では留めを刺せない。だから雛はそれを何度も、何度も繰り返し、ようやくその一体の動きを止める。
両手を体液で濡らした雛は、その力尽きた「フェイズ1」の頭部にさらに蹴りを入れその頭部を茂みの方へ転がした。
「ひっ雛ちゃん?」
「なぁに?美月ちゃん」
美月は恐怖を押し込めて、その名前を呼んだ。
体液に濡れた雛はそれでも和やかに美月へ笑いかける。
豹変と言って差し支えない。
ついこの間まで雛が奴らを倒す場面など指折り数える事も無かった。
だが今はどうだ?
戦果だけで言えば、桃と数が並ぶだろう。
そして奴らを倒す技術だけを表するなら、それは桜に引けを取らない。
桜は強い、その辺の並み居る隊員には間違いなく劣らない逸材である事は間違いない。
「雛ちゃんどうしちゃったんでしょうか。ヤバいですよ……何て言うか執念で倒すっていうか、一番敵に回しちゃいけないタイプですよ!」
桜の言う事も理解出来る。
雛は元々刀を得意とする人間ではない。
得意とする人間ではなかったと言った方が正しいだろう。
一刀の元に首を斬り落とすという芸当は、誰にでも出来るものではない。
しかし、その芸当を出来てなお、雛はその刀に頼る戦い方ではない。
刀を使えば手放し。
その辺に落ちている石、ガラス片、パイプその全てを駆使して奴らを殺している。
だからこそ今の雛は異常だと言える。
確実に倒せる武器を使わない。
刺し貫いた刀を、抜き取る事も煩わしいと、その両手には毎度違う何かが握られている。
錆び付いた包丁は何度となく「奴ら」を突き刺し。
アスファルトと砕けたブロック塀で、奴らの頭蓋をすり潰す。
奴らの影が一段落した頃には、その場所は見るも無惨な遺骸が無数に転がっている。
「ねえ桃ちゃん勝負しよう?」
目の前の動かなくなった物を見つめ心底退屈そうに雛は桃に提案した。
雛の刀を所々が欠け、奴らの体液でベッタリと濡れている。
「雛、あんた今日、おかしいわよ」
「おかしい?おかしくないよ。でもなんか物足りないんだよね。これじゃあまだ八城さんに認めて貰えないと思うから。だからさ、桃ちゃんを倒せば八城さんに認めて貰えるんじゃないかと、思うんだ」
今この場に置いて、常軌を逸したその言葉は全員の表情を凍り付かせるのに十分過ぎる役割を果たしている。
「雛ちゃん?どうしたの?いきなり……」
「あんた今日本当にどうした訳?」
困惑する美月と桃を見て雛は嘲笑った。
「怖いんだね?」
「はぁ?」
「だってそうでしょ?守ってた私の方が強かったら、桃ちゃん困るもんね?」
「あんたね、ちょっと調子がいいからって、ってお姉ちゃん!」
言い返そうと桃が一歩踏み出そうとしたのを、桜が止めた。
「どうしたんですか雛さん。八城さんの事が大切なのは分かりますけど、こんな形で認められたって仕方ないじゃないですか!」
「別に貴方でもいいですよ?桜さんでも、桃ちゃんでも……戦ってくれるのであれば私は誰でもかまわないです」
「雛さん!」
桜はその濡れた瞳に何度も問いかけては刀を抜く以外の答えを見つけようとしたが、雛自身がそれ以外の答えを望んでいなかった。
「お姉ちゃん、私がやる」
押しとどめていた桜の前に桃が出る。
「美月が言ったのよ、私達はチームだって、だから仲間が馬鹿をしているなら仲間で止める」
「キヒヒっ!じゃあ行くよ!」
準備もスタートも無い戦闘の始まりは雛が一歩踏み込んだ。
素早い打ち込みから、粘り着く競り合い。
舐めるように峰を滑らせ間髪入れずに雛は桃の急所を狙い撃ちにするが、桃は着実にその打ち込みを受け流す。
「やるねー桃ちゃん!」
逆袈裟切り。桃は返す刃を想定し、切り込みを入れるが刀同士が切り結ぶ事は無かった。
逆袈裟切りの直後雛は量産刃を手放し宙に放っていた。
「ガラ空きだよ!桃ちゃん!」
桃は、はなから雛を斬るつもりなど無い。
だが雛は違った。
それが絶対的な勝敗の差だ。
その違いに気付くのに桃は遅すぎたのだ。
身体を取られ、体重のその全てが宙を舞い背中から叩き付けられた。
雛は桃が刀を持つ腕を取り、降りて来る刀を確認した。
そのベッタリと体液の付着したその刀を
雛は確信していた。
間違いなくあの刀は寸分の違いなく桃の足に突き刺さる。
「キヒヒっ」
だがその刀は刺さる事はなかった。
何処からか抜き放たれた一線が、雛の放った刀を遥か遠方へ飛ばしていた。
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