第103話 鬼影10

地区遠征当日

この日は111番街区にとって、最も長い一日となる。

「紬、桜、111番街区は任せた」

「八城君も時雨も気を付けて」

八城と時雨は先駆けて地区遠征の中間地点へ向かう為に、訓練生より早く111番街区番街区を出発する。

八城は、あらかじめ呼んでいた美月にあるもを手渡した。

「美月、危なくなったら迷わず押してくれ」

そう言って八城は善から受け取ったビーコンを美月へ手渡す。

「本当はこんな物は仲間を信じているなら受け取ってはいけないですよね……でも、今回も私達ではどうすることも出来ないですもんね」

口惜しさを感じているのはきっと美月だけではない。

ビーコンを受け取るという事の意味を美月は十全に理解している。

「奴ら」との遭遇の少ないこの遠征で危機に陥る事は少ない確率だ。

ならこのビーコンを握らされた理由を考えたとき、美月はその理由に心当たりを見つけてしまった。

そう、美月の手のひらに握られた小さな機械が、結局の仲間を信じ切れていない証明となっている。

「結局は外敵を野放しにしてきた中央の責任だ。お前らは何も悪くない」

どんな言葉を連ねても、美月の暗雲が晴れない事は分かっていた。

気休めにもならない言葉は、結局言葉として意味を結実しない。

「ありがとう御座います。なんかすみません、気を使わせてしまったみたいで……」

「気ぐらい使わないと、いざ使うときに使い方を忘れるから丁度いい。それに気を使ってるのはお前もだろ?」

嫌な役をお互いに押し付け合わなければ、全体を生かせない。

不器用な笑い顔を見せる八城を見て、美月は痛々しい表情を浮べる。

「分かっててそう言う事言うのは狡いです」

「そうかもな、だがコレが俺達の仕事だ、どうだ?美月?ここならまだ引き返せる」

「何処に引き返すんですか?」

「こんな仕事だ、お世辞にも清々しい気持ちでは終わらないだろ」

「でも、あの子達に、助けられた分は、私が返さなくちゃいけませんし……それに……」

美月は八城の耳元に近づき、二人にしか聞こえない声で八城に囁いた。

「嫌なのはお互い様ですからね」

つかの間の吐息が離れ、悪戯っ子の笑みを浮かべる美月に、八城はしてやられたと思う。

「分かっててそう言うのは狡いな」

八城は一瞬跳ねた鼓動を宥めるように刀の柄を触る。

「だからお互い様です。だからすみません八城さん、またお願いします」

「また」そう彼女は言って深々とお辞儀をする。

「任せてくれ」

八城が言葉を締めるようそう言ったのを皮切りに、時雨が長い髪を後ろに結い上げた。

「大将、時間だぜ」

「そういえば、俺はまだお前に、賭けでいう事をきかせる権利を使ってないよな?」

「どうしたんだ?何だ?おっぱいでも揉みたくなっちまったか?」

「違う……一つ。あの賭けの事で、頼まれてくれないか?」

八城と時雨はその言葉を最後に出立する。

八城はレッグホルスターに拳銃。腰に量産の刀が下げられた完全武装。

その装備を時雨にもさせていた。

此れから来る嵐を予兆するかのように、風が強く吹き、湿り気を帯びた雲が次から次に陸に流れ込む。

それは午前十時の出来事だった。


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