第83話 真壁桃3
翌日午後
基礎訓練を終えた桃、雛、美月は午後から番街区外の実地訓練に移っていた。
「ねえアンタ、今日はお姉ちゃんは来ないわけ?」
昨日はあれだけやり合った癖に、一日でケロッとしているのはやはりとも言うべきか、流石は桜の妹らしい。
だが八城には引っかかる事が一つある。
「アンタって言うのはやめろよ、敬語は使わなくてもいいから固有名詞で呼んでくれ……それから、お前の姉ちゃんは、時雨の方に行ってるからな、今日は来ない。それより気を引き締めろ此処からは、そろそろ入るぞ。」
「入る」八城のその言葉に三人はそれぞれに辺りを警戒する。
現在地は111番街区から、美浜区方面へ三キロ程行った場所。
耳を澄ませば海の音と共に、微かだが此方に向かって来る奴らの呻き声が聞こえて来る。コレからするのは訓練でも実戦だ。
だから八城は三人に聞く必要が有った。
「桃、奴らと戦う時に最も重要な事は何だと思う?」
八城は分かりきった事を敢えて尋ねた。
というのもコレを履き違えるとと即座に死ぬからである。
「戦う?重要な事なら、切れる刀じゃないの?」
「脳筋らしい素晴らしい答えだな。二十点。雛は何だと思う?」
「どんな手段でも奴らを殺す」
「頼もしいな、七十点」
「じゃあ最後、美月」
「生き残る事ですか?」
「流石美月、百点だ。お前らはこれから、どんな手段を使っても生き残れ。これは訓練だが実戦だ。噛まれれば後は無い。分かってるよな?」
「あっあの……何でいきなり、実戦を?」
雛がおずおずと八城に進み寄る。
「お前らの動きを確認する室内訓練は、奴らを殺せて初めて意味がある物だ。それに俺が遠征隊になってから、奴らと戦闘にならなかった遠征を俺は知らない。つまり、遠征隊になるに当たって奴らを殺す事は、絶対に避けて通れない道だ。だからお前らには、ここで一体でも多く、奴らを殺してもらう。」
「あんたね!無茶苦茶にも程があるでしょ!私と雛はまだしも、美月は此処に来てまだ一ヶ月経ってないのよ!」
庇われた美月は複雑そうに視線を逸らすが八城の考えは桃の逆を行く。
「確かに美月は此処に来て一ヶ月だ。だが、お前ら二人より余程美月の方が実戦慣れしてるだろ」
八城の言い放った言葉に美月以外の二人は不満げな表情だ。
だがコレは事実だろう。
それもその筈、八城は始めて幕張海浜周辺のクイーン分布を見て愕然とした。
ここにはクイーンの密集地が明らかに少ない。
つまり訓練生が奴らと出くわす頻度が明らかに少ないのだ。
これは確かに安全で、訓練生の命を守るにはうってつけの場所なのかもしれない。
だからこそルートの定められた地区遠征において戦闘が全く無いという事が起こってしまっている。
現に桃はこの中で最も地区遠征をしているにも関わらず会敵が三回、雛に至っては二回、内一回は隊を失う程の損害を受けている。
この内容であるなら、八城率いる八番隊と初芽率いる十七番隊に引率されながらも、多摩川周辺の窮地を脱し、都筑PAでの篭城戦をした事のある美月の方が、経験は上だと言えるだろう。
「何もお前らに、フェイズ2を倒してくれ、なんて無茶を言ってる訳じゃない。ただのフェイズ1を協力して倒せって言ってるだけだ。それぐらいは今のお前らでも出来るだろ?」
八城の嘲笑うような発言を美月は理解出来たものの、桃はギリと奥歯を噛み、雛は刀の柄に手を添えた。
「やってやるわよ!」
「私も……やり……ます」
二人ともいつも以上に、やる気を漲らせながら前に出る。
八城は一番後ろに居る美月の肩に手を置きそっと一言を付け加える。
「ノルマは全員で三十体だ!一人十体、とりあえず倒してみろ!」
八城は二人の背中に声をかけたが、振り返る事なく前に進んでいった。
そして美月も二人の後に続き前に出る。
開始十分。
奴らの影が次から次に増えて行く。
「桃ちゃん!前に出過ぎてる!左右を意識しながら後退して!雛ちゃんは後方建物の扉をお願い!」
二人に返事をする余裕など無い。
ざっと見ただけで立っている奴らの数は7体。桃も雛も戦闘を続け、早くも息が上がっている。
「ちょっとあんた!手伝いなさいよ!」
桃は切り払う刀を、もう一度振り上げながら、真ん中でうろちょろしている八城に怒声を浴び掛けた。
全員で合せても倒した数は二〇に届かない。
八城は目の前に来る敵を転ばせ、蹴り組み手で地面に押し付ける。
これまで只の一度も刀を抜いていない。
そして八城が転ばした奴らは、留めを刺されていない為動きを停止せず、また四人に襲いかかった。
「ちょっと!あっ、あんたねえ!なんでとどめささないのよ!」
「俺は居ない者と思ってくれ」
八城は冗談まで言う余裕を見せるが対する桃にそんな余裕は無い。
「あんた!いい加減にしなさいよ!」
そうして感情任せに大振りの一撃を奴らに叩き込んだ時桃の切っ先がぶれた。
桃の刀は狙った脳天ではなく肩口を、胸部まで切り裂き刀が動きを止める。
「まずっ!」
刀を引き抜こうとしたのを奴らは一歩桃に近づき、桃は刀を抜ききれず、人を超えた握力で肩のベルトを掴まれてしまう。
「この!離しなさい!」
二度三度奴らに蹴りを入れ、その豪腕から脱出するのも束の間、後ろから来た一体に掴まれ、挟み込むように刀が刺さったままの奴らに再度掴まれてしまう。
振りほどこうにも万力の様な力で腕を掴まれ動かす事も間々ならない。
「ちょっと!嫌!!離しなさい!はなしなさいよ!」
こうなってしまえば抜け出す事は出来ない。
叫ぶも虚しく、その言葉は奴らには届かない。それどころかその叫びは更に奴らを呼び寄せる。
桃の首筋に奴らの腐敗に近い醜悪な顔が近づく間際、二線の鈍色が虚空を描いた。
それは桃の隙間を縫う様に描かれ、風がすり抜けたと錯覚する程鮮やかに、全てが終わっていた。
「はい、お前一回死んだ」
桃は八城の軽口に何かを返す余裕など無かった。
息が詰まり本当の意味で死を覚悟した。
恐れと驚愕が入り混じった表情を確認して、これ以上は無意味だと悟る。
「そろそろ限界だな」
その様子を傍目に見ながら、八城は少しずつ数を増やし始めた奴らに、ここでの戦闘の限界を感じていた。
決めたが、早く
八城はホルスターから拳銃を抜き正確に頭部を二射。
一体の顎下から刀を突き刺し、その反動を鞘代わりに使い、二体の首をその勢いのままに一線の内に斬り飛ばした。
それだけで、三人があれだけ苦戦した七体は即座に動かなくなる。
三人の感想は一つ。
自分たちと、同じ武器を使い、同じ敵と戦っている筈なのに、到底同じとは思えない。
「帰るぞお前ら。今日は終わりだ」
三人が言葉を発する前に、八城の行動は終わっていた。
戦い慣れという言葉すら生温い。それ程までに八城は圧倒的だった。
八城は尻餅をついた桃を起き上がらせ、美月と雛を連れ、迂回路を地図情報で読み込み111番街区へ向かい始める。
「ちょっと!待って……待ちなさいよ!」
「どうした?漏らしたか?大丈夫だ、帰りに量販店に寄らせてやるからな」
「違うわよ!あんた……その……」
桃が言い淀み何かを八城に伝えようとしたのも束の間、雛が八城に抱きついていた。
「八城さん!やっぱり!やっぱり強かったです!」
「そりゃありがとう。まだ安全じゃないから、離れて歩いてくれ」
そう言いながらも八城は横目で桃を見る。
下唇を噛み締め、下を向いたまま今日の失態を気にしているのが分かる。
流石に美月も異変に気付いた様子で心配を露わにしているが、何と声をかければ良いのか分からない。
グリグリと自らの頭を擦り付ける雛に、八城は気味の悪い物を感じつつ、日が落ちるのが早くなった街を歩いていく。
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