第82話 願い

19時過ぎ、眠るには早く、活動するには遅すぎる時間。

八城を含めた八番隊は、全員が部屋で横になっていた。

「隊長はどんな女性が好みなんですか?」

「そうだな、強いて言うなら調理が上手い人が……お前、いきなりどうした?」

今時、修学旅行でも聞かない質問をしてきた桜に紬はピクリと反応し時雨は聞き耳を立て、八城は嘆息混じりに聞き返す。

「いえ、実はですね、今日一緒になった雛ちゃんが隊長の事が好きみたいなので」

桜の発言に凍り付いた空気が、桜自身から発信されている事に気付く事が無い事実に桜以外の全員が戦慄する。

「それって本人に言っちゃ駄目なやつなんじゃないの?」

「大将の言う通りだな、惚れた腫れたなんて当人同士で知り合ってりゃいいもんだぜ?他が知ってても、特に好いてる本人には教えないのが人情だろうにな、どんな拷問つうはなしだろ」

「桜は少し人の心について情緒を学ぶべき」

三つもベッドからそれぞれの批判を受け、桜はベッドから起き上がり飛んで来た順番にベッドを見渡した。

「あれ?何で私責められてるんですか?」

「責めてない、どちらかと言うと全員が呆れてるんだ」

「何で私呆れられてるんですか?」

「人の好きな人とか勝手に言っちゃうからだろ!お前学校で習わなかったの?次の日に黒板に相合い傘書かれたりとかさ!告白した次の日にクラス中に知れ渡ってたりしただろ?!」

「私女子校だったので分からないですけど、普通そうなんですか?」

「大将こいつは重症だ、こいつには刀振る以前に教える事があるみてえだぜ」

「桜それは本気で言っている?」

二段ベッドの上に居る二人は首だけ覗かせ下に居る桜を覗き込んだ。

「だっだって、仕方ないじゃないですか!私、災害当時まだ高校生だったんですよ!」

「高校は一番そういうのに敏感な年頃だろうが!むしろなんで高校生とか胸張ってんだよ!普通にそういう事情は、分ってなくちゃおかしいだろ!」

八城が叫び、紬がゴミを見る目で桜を見る。

「こういう人間が、誰も幸せにならない公開告白をさせる。本当クソ」

紬は実感の籠った声でそう吐き捨てた。

「だけどよ、私は分かるぜ〜桜の気持ち」

「時雨さん!」

ようやく理解者が現れたと声を弾ませたが、その内容を聞いていくうちに表情は陰りを帯びた。

「つまりは他人のスキャンダルが楽しいって話だろ?私もアイドルの頃はそりゃよく楽しんだぜ!懐かしな、時には隣のグループの不祥事で笑い。時には週刊誌されちまったアイドルで、美味い飯を食ったもんさ」

「私そこまで人格破綻してません!っていうか時雨さんのは腹黒すぎます!」

「馬鹿野郎!桜、てめえは知らねえだろうがよ!アイドルは腹黒いぐらいじゃねえと勤まらねえんだよ!」

「藤崎ちゃんはそんな事言いません!」

「今、目の前で喋ってんだろうがよ!」

「言わないんです!絶対言いません!藤崎ちゃんは純真で、思慮深くていつも花の咲いた笑顔でみんなを包むんです!……とにかく時雨さんとは別人です!」

桜はテルから見せられた雑誌で橘時雨と藤崎時雨が同一人物だと確認したにも関わらず、未だに無駄な抵抗を続けていた。

「同一人物だって言ってんだろうが!」

時雨は我慢ならないのか、ベッドから降りて桜の頬を抓り上げた。

「いだぃでず〜や〜め〜て〜」

「てめえの大好きな藤崎ちゃんだぜぇ〜」

時雨は下卑た目で桜をベッドに押し倒し、吐息のかかる距離まで顔を近づける。

時雨の顔立ちは整っているものの、その言動と振る舞いは酔っぱらいのそれに近い。

「いぃーやーだーおっ犯される!隊長!と〜め〜て〜」

「落ち着け、周りの部屋に迷惑になっちゃうから。お前らが謝りに行くならいいけど、知らないよ俺。この歳で謝りたくないもん」

流石に二人の叫び声が近隣に響き始めたので八城はいち早く予防線を張り始めた。

「へいへい、分かったぜ大将。でもよ私も気になってたんだが、大将は昔彼女とか居たのか?」

「八城君に彼女なんて居る筈が無い」

八城の名代として紬が質問に答える。

「何でお前が答えるんだよ……」

まるで知っている様に答える紬に抗議の視線を送る。

「居た事がるの?」

「居ないけどさ……」

「なら問題ない」

紬は、小馬鹿にした様に鼻を鳴らし、それ見たことかと、指定位置に戻って行く。

「何かムカつくな……だけどそういうお前はどうなんだよ時雨?なにせ、時代が認めるアイドルだろ?芸能界は知らないけど、学校なんかじゃ、そこそこモテたんじゃないのか?」

「ああ、それな……逆も逆だな仕事場に居る方が、周りは五月蝿かったぜ?私は県外出身だからな、東京へ御上りさんだ。知り合いの居ない学校なんて、私を遠巻きに見てるだけで、声すらかけてきやがらねえからな。学校じゃ静かなもんだった」

「あんまり楽しくなさそうですね」

桜は表情を引きつらせながら無理矢理に笑顔を作って見せる。

それもそうだろう、高校で深窓の令嬢をやって楽しい筈がない。

「アイドルだけで生きてくつもりはなかったつうのもあるし、何より高校まで行けって親が口うるさかったからな。まあ、でも……それも今になっては無意味だったけどな」

紬はその言葉を聞いて、続いてベッドを降り時雨の袖をツイッと引っ張った。

「時雨、高校ってどんな所?」

「ん?ああそうか、紬は高校を知らねえんだもんな。高校つうのはなぁ決められた階級の中で、強者は頂点に、弱者は隅に追いやられて三年間過ごす修練場だ」

時雨は、自信満々にそれが正しい事の様に言って見せた。

「何それ、行きたくない」

「おい!紬に変な知識を植え付けるんじゃない!紬いいか?高校って言うのはな、人生に置いて重要ともいえないけど、行けばとりあえずは良い経験を教えてくれる施設だ」

「施設って大将、それも中々ひでぇ説明だろうぜ?」

「仕方ないだろ、俺も別にそこまで良い思い出は無いんだから」

桜は二人の言葉を聞き、ヤレヤレと言わんばかりに首を振ってみせる。

「お二人とも、どれだけ灰色の高校生活を送ればそんな答えに行き着くのか知らないですが、ここは私の出番の様ですね?」

その言葉に二人の視線が鋭い物になる。

「暢気に女学校に通ってた奴が言うじゃねえか桜」

「共学でもなかったお前に、俺達共学組の高校の恐ろしさがわかる筈ないだろ!」

時雨は高校時代殆ど登校した事が無いが、それでもたまに登校すれば居場所など皆無。

方や八城は高校に毎日行っていたものの、クラスカーストは外野に近い。

放課後になれば「奴ら」より恐ろしい者達がたむろする教室を、いち早く後にして陸上の練習に専念していた。

だが両方に共通する事柄があるとするなら、それは共学特有の男女関係の縺れ。それによるグループ格差。

衝突によりクラス不和。

誰かが人気になれば、それを蹴落とすための根も葉もない噂が流れる徹底ぶりだ。

それは最早戦争と言っても過言ではない。

「ふふん!高校はとにかく楽しいですよ!朝練して、クラス皆で文化祭を楽しんだり!体育祭も私活躍したんですよ〜あの時の打ち上げは楽しかったな〜」

八城、時雨の二人はその端的な情報だけである種の答えに辿り着いた。

「お前もしかして……バラモンか?」

「バラモン?ってなんですか?」

世界インドカースト制度には様々な区分分けがある。

シュードラと呼ばれる奴隷、

ヴァイシャと呼ばれる平民、

クシャトリアと呼ばれる王族、

そしてカースト制度内で最も高いバラモンと呼ばれる司祭。

不可視のカーストであるアチュートと呼ばれるものもあるが、今回は外しておく事にする。

何が言いたいのか?

つまり桜はクラスを仕切る最強の一角だったという事だ。

八城、並びに時雨がその存在に恐れ戦くのは無理からぬこと。

八城は出来る限り関わらないように、時雨はそもそも輪の中にすら居る事が無かった。

そんなクラス内の頂点に君臨する人物に良い印象など皆無である。

「これからは俺の事はNo.で呼んでくれ真壁」

「私の事は橘さんと呼んで下さい真壁さん」

八城は遠い存在を見るように、時雨は他人行儀を通り越して営業スマイルをする始末だ。

「ちょっと!何で、ですか!クラス皆で仲良くしてたんですよ!良い事じゃないですか!」

「そんな楽園は無い、お前からは見なかっただけだ。なあ時雨」

「フフッ全く、大将の言う通りです」

様子がおかしい二人を見て紬は小首を傾げながら次は八城の袖を掴む。

「高校は怖い?」

「情報と人間関係が、全てを支配する場所だ」

「だな、それに乗り遅れると、もう二度と廊下の真ん中は歩けねえと思え」

八城が、さも苦しそうに喋る事柄に時雨が拍車を掛ける。

「廊下が歩けない……高校……怖い」

新たに知る事実に恐れおののく紬はもう高校など行きたくもないだろう。

「そんな場所じゃありませんから!大丈夫ですよ!もう!二人ともやめて下さいよ!本当に紬さんが信じたらどうするんですか!」

紬は今年16歳になった。

四年前は中学一年。そして今は高校二年でもおかしくない年齢だ。

こんな世界だ、学校に気ままに通う事など出来る筈もない。

だがそれでも夢を見るぐらいは誰にでも許される。

「ちなみに、紬さんは高校に行けたら何がしたいんですか?」

「……分からない」

「部活とか、やってみたいスポーツとか、勉強してみたい事とか」

「特には無い……でも」

紬はふと浮んだある事を口に出すか躊躇う。

それは空想とも言える、半ば夢物語の様な話だ。

きっと笑われるに違いない。そう思い口を噤む。

「でも?どうしたんですか?」

「笑わない?」

通常時より少し赤みの差した頬、桜は紬の手を取りその瞳を真っ直ぐに見つめる。

「笑いませんよ。私は笑いません」

それは八城も時雨も同じ意見だ。

他人の望みを聞いて笑う訳が無い。

それを確認して紬は一歩を踏み出す様に口を開いた。

「私みんなと学校に通ってみたい。」

数瞬、八城も時雨も桜も言葉を忘れた様に沈黙が続いた。

「駄目?」

「……駄目じゃねえがよ、歳が離れてるからな、もし通うとしても、紬は中学からなんじゃねえか?」

時雨が至極当然の質問をする。

「勉強する。そうすればみんな学年は一緒」

だがもう一つ問題がある。

「俺は桜と時雨より一学年上だぞ?」

「八城君はどうせ成績が悪い、もう一度一年生からやり直すべき」

「違いねえな!大将!」

「まあ、それに関しては言い返せないな」

「じゃあ決定ですね!私も紬さんの意見に賛成です。もう一度学校に通いましょうよ」

八城が遅刻し、時雨が以外に頭が良かったり、桜が朝練の疲れで授業中に寝て先生に怒られる。

それは一人の少女が想う遠い未来の希望。

それを思い描きながら笑い合う四人の元に、隣人からの苦情が来るのは必然とも言えるのだった。

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