第81話 真壁桜

一方量販店に向かっている私は、後ろに居る雛ちゃんにどう接すればいいのかを戸惑っていました。

「雛ちゃんは何が好きなのかな?」

「お肉が……好きです……」

「へっへ〜お肉好きなんですね〜私も好きです〜」

気まずいです。

そう思いながらも次に繋がる話題が見つからない事でまた気の遠くなる沈黙が私と雛ちゃんを包みます。

「あの……桜さんは、いえ……何でもありません……」

初めて私に対して興味を示した雛ちゃんは、その言葉を言うか言うまいか悩んだ挙げ句、結局その言葉を飲み込んでしまいました。

「え?どうしたんですか?何か聞きたい事があったんじゃないんですか!?」

「いえ……その、やっぱりなんでもありません……」

私も、鳴らすの靴音が心地よいと感じる程には、音が恋しく感じます。

「大丈夫だから!何でも聞いて下さい!むしろ聞いて下さい!何でも答えますから!」

雛ちゃんは私の必死の形相に若干引きつつ、私を見ては視線を外し、躊躇いがちに口を開きました。

「じゃあ聞きますけど、八城さんって……その誰が好きなんですか?」

「隊長が?え〜と……なんですか?」

またこれは困った質問が来ました。

隊長が誰を好きなんて私が知る筈無いじゃないですか!

そう叫びたいのも山々ですが、折角来た話題提供をこんな形で失う訳にはいきません。

「え〜と一番付き合いが長いのが紬さんで、多分気兼ねなく話すのは時雨さんですかね……」

「じゃっ、じゃあ!八城さんが、今一番興味がある人って誰ですか?」

はっはは〜ん、どうやらこの雛という子は隊長に興味があるという事で間違いない様子です。

ただ私自身が、隊長の事をあまり知らないので何とも言えないのは事実なのが痛い所。

隊長が誰に興味を持っているのか?

紬さんでしょうか?

何か違う気がします。

なら時雨さんでしょうか?

これも違います

そしてその答えは私でもありません。

八城さんが最も感情的になる人物、それを私は一人だけ心当たりがあります。

その人物は会った事はありませんが、名前だけは知っています。

「多分ですが、隊長が一番興味のある方の名前は野火止一華さんだと思います。」

「……一華さん?」

「はい、野火止一華さん。昔中央でNo.一を背負っていた方ですよ。」

知らない筈はありません。

というか東京中央にいる方ならこの名前にピンと来ない方が稀でしょう。

唯一生身でクイーン討伐を成し遂げたもう一人の英雄の名前であり、東京中央を放逐された殺人者の名前なのですから。

雛ちゃんはその名前を数回口の中で吟味します。

「何で……ですか?桜さんは何で……八城さんがその一華さんに興味があるんだと思いますか?」

この子案外グイグイ来るなと思います。

私は恋なんてした事がありません。

だからこの子の気持ちは分かりません。

でもきっとこの子は今恋をしているのでしょう。

隊長の事を知りたい。隊長と一緒に居たい。

そんな思いが質問から、声の高低から、ひしひしと伝わって来ます。

少し先に生まれた筈の私は、少し後に生まれた子の子より、心が遅れているのかもしれません。

ですが一生懸命に、恥ずかしがりながらも、心の少し先を行く後輩の一助をしてあげる事は、やぶさかではありません。

「私の勘ですが、八城さんは強い人に興味があるんじゃないでしょうか?」

そうです、思い返せば、隊長は私達を隣で戦わせる事も渋る人です。

隊長の優しさがそうさせていましたが、私も時雨さんも、あの時は酷く傷つきました。

きっと現在も隊長の方針は変わっていないのでしょう。

「情けない話ですけど隊長は、私や時雨さんも隣に立って戦う事を許してくれなかったので……多分ですけど、昔背中を預けて戦えた一華さんは今でもきっと隊長にとっては特別なんだと思います」

雛ちゃんは少し悲観的に唇を噛みました。

「じゃあ……もし……もしですけど……私が強くなったら……八城さんに、認めてもらえますか?」

その問いに答える経験を私はまだしていません。

ですが一つ言える事はあります。

「認めるかは分からないですけど、同じぐらい強ければ、隣に立つ事は許して貰えると思います」

気付けば目的は目の前。合流地点の位置を確認する為に地図を広げます。

私は地図を確認して合流地点である量販店の正面に向かいます。

「ふぅ到着って……あれ?もしかして、私達が一番最後ですか?」

そこには隊長、紬さん、時雨さんが並び立ち、私の到着今か今かと待っていました。

おかしいですこんな筈じゃなかったのに…

だってそうでしょ?

隊長は桃を探す時間を取られたのですから、私達より、絶対隊長の方が遅く付くと思っていたのですから。

私は自分の異変に気付きます。

一番遅れたなら、気落ちする筈なのに、どうしてでしょうか?

八番隊の面々が集まると少し気持ちが高揚している自分に気が付きます。

「隊長〜手伝ってくださいよ〜」

私が情けない声を上げると

「仕方ない奴だ」と隊長が

「八城君甘やかさない、早く行く」となじる紬さんが

「桜はどんくせぇなあ!」と口が汚い時雨さんが

私に代わる代わる声を掛けて来るのです。

それに答えるのが何処か心地よくて、くすぐったくて、私はまた甘えた声を出してしまいます。

「だれか〜手伝って下さいよ〜」

でもきっと、隊長以外は、誰も手伝いません。

私は重いリアカーを一緒になった少女、篝火雛と111番街区まで運ぶのでした。


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