第80話 真壁桃2

「おい桜、やりすぎだ!泣いて出て行くまでやれなんて言ってないだろ!」

八城も叫びと共に、美月と雛の二人が、逃げ出した桃を連れ戻すべく追いかけて行った。

「でも隊長も最初こんな感じのアレでしたよ?」

「俺はもう少し優しい感じのアレだった筈だ!」

「いいえ、厳しい感じのアレでした」

桜と話していては平行線だと感じた八城は紬に向き直る。

「紬はどう思う?」

「強いて言うなら泣いているのは一緒。あっ、帰って来た」

桃は扉を出て直に捕らえられたのか、雛と美月に両腕を抱えられ、泣きじゃくりながら扉の前に引きずられいる。

「うっぐっぇっぐぅ〜」

「桃ちゃんが泣いてるの初めて見た……」

「雛ちゃんあんまりその話は……桃ちゃんも逃げようとしないで?ね?」

「うるじゃぃ……」

「あ〜お前ら、一応これが今仮設十番隊の二人、で今日から地区遠征に行くまでは一人一人に付いて指導して行くつもりなんだが……桜。お前は誰を教えたい?」

「じゃあ桃で」

よくもまぁ姉妹喧嘩をした後で平然としているとも思うが、それが二人の姉妹の感覚なのかもしれない。

「お姉ちゃんなんて嫌い!」

ほぼ食い気味に桃は叫んだ。

「というわけだ桜お前は、雛を見てやれ。俺が桃を見る」

「お前も嫌い!」

「俺も嫌となると、残るは紬だが……」

「こんなチビに教わることなんてないわよ!」

「八城君、ちょっとだけ撃っていい?先っぽだけだから」

「紬、頼むから落ち着け」

紬が青筋を立てながらまもしてもホルスターに手が伸びかけるのを八城が押しとどめる。

「まあ桃は俺に任せろ、桜は雛、紬は前の約束通り美月を見てやってくれ」

桃、以外からの反感は無く、人員の采配はこれで決まりだ。

「じゃあそれぞれが個別で、外で教えてやってくれ」

外、その言葉で三人の表情が変わる。

「あの、外に出るのは地区遠征だけじゃないんですか?」

「ああ、一応訓練内容は指導員に一任されているからな、外に出ることも可能だ」

美月の疑問は最もである。

訓練生を教える指導員が、わざわざ足手まといを連れて番街区の外に出たがる訳がない。

半人前の訓練生を失う事で、誰も責任は取らされたくないだろう。

外に出なければ半人前のままだが、その実、誰も外に出たがらない。

だからこそ、遠征隊着任後の生存率が低いともいえるが。

「お前らにはこれから量販店の物資調達を行ってもらう。現在地である海浜幕張から徒歩一キロ、往復二キロの道程だ。発砲禁止区域だから、銃火機は使えない。替え刃は一人につき三本。現在時刻が十三時半各自十三時四十五分までに装備を整えてこの部屋に集合しろ」

と八城が指示をだしたのが二十分前。

では何故八城未だにこの部屋に取り残され、出発しないのか?

理由は簡単だ、桃が来ない。

「あ〜お前らは先にこのルート通りに量販店に行ってくれ、多分現地で時雨が待ってるから」

八城は大まかなルートを書いた紙を桜と紬に手渡した。

紬はその紙を受け取りながら八城に尋ねる。

「八城君は?」

「俺は桃を連れて後から追いつく。全体が揃って三十分経っても目的地に俺と桃が来なかったら、その時点で、全員111まで戻ってくれ」

「了解、じゃあ別件。もしもの時はどうする?」

「その時は逃げてでも戻って来い。まぁ多分美月は大丈夫だろ。それより桜、お前も分かってるよな?」

桜は雛に興味を引かれているのか、先から怯える雛を質問攻めにしていた。

「え?モッもちろん!分かってますよ!了解です!ちゃんと戻ってきますよ!それより……」

桜は声のトーンを一つ落とし、いつも見せる笑顔でない大人びた微笑みを八城に向ける。

「八城さんも桃の事を任せました。もしもの時は出来る限りでいいので桃の事よろしくお願いします」

八城さん。

いつもふざけた笑顔を浮べて、八城の事を隊長と呼ぶ桜。

桜は隊長でない東雲八城に用があるのだろう。

八城はその言葉の意味を理解するのに時間は掛からなかった。

というのも、数刻前のやり取りを八城は思い返す。

それは全体で解散した二十分前。

八城は桜、紬の二人を自室に呼び出した。

「あの中に裏切り者がいた場合外部に出るタイミングで外部に居る協力者と落ち合う事があるかもしれない」

この作戦を立案したのは111番街区常駐隊隊長である善だ。

八城もこの作戦に賛成だ。なにせ研究員を引き抜かれる事は、東京中央の力を根こそぎ奪われる事に他ならないからだ。

だからこの件に関して八城は躊躇わない。

「その時は迷わず内通者を拘束。難しい場合はすぐさま合流地点へ向かい、仲間が到着するのを待って欲しい」

紬そして桜は特に渋い顔を見せた。

「隊長、それって美月ちゃんや雛ちゃん、それに、その……桃まで疑っているってことですか?」

桜の不快感はもっともだろう。

肉親を含め、自身が関わった事がある者までが疑いの対象となっている。

紬も桜も良い気分とは言えない。

だが事はそんな肉親感情を度外視してでも明らかにしなければ、中央の存続が危ぶまれる。

中央の存続が危ぶまれれば、東京中央に住まう一万人規模の人間が路頭に迷う事になる。

そうすれば四年前見たあの無秩序の光景が、また目の前に現れる事になりかねない。

四年前この世界が始まって一ヶ月、最も人を殺したのは奴らではない。

それは人だ。

恐慌に陥った人は訳も分からず人を殺した。

食料を得る為に人が人を殺し。

居場所を得る為に人が人を殺し。

己を守る為に、己の命を脅かす人を殺し。

人から人を守る為に人を殺した。

そしてその罪悪感から己自身が最後に自分自身を殺した。

そんな人を八城は五万と見てきた。

八城は思う。

奴らに殺されるのならマシだ。

と言っても人が人を殺す光景に比べれば幾分かマシな程度てしかない。

何より人を殺した相手を八城が殺さなくて良い分、まだ奴らの方がマシだ。

四年前の光景の逆戻りの引き金に手を掛けている奴が、今何処かに居る。

もしあの少女達の中に居るのなら、まだ戻る事が出来る。

八城は雨竜良との約束を思いだす。

担い手の命を守る事が八城の責務であり、遠征隊の成すべき事である。

であるのなら必然、その少女達も一片の偏り無く守られるべき存在であるのに変わりない。

なら八城が答えるべき回答は一つだ。

今現在、桜を見ればいつも強気な瞳が揺れている。

桜が珍しくも、しおらしく頼み事をして来る事など今回を除いて無いかもしれない。

たった一人の妹が、中央を揺るがす裏切り者だったなら心中穏やかではいられないだろう。

「お前、俺に勝った事があったか?」

「何ですかいきなり、っていうか勝ってたら今頃私自慢しまくってますよ」

「お前はお前が勝ったお前の妹に俺が負けると思うのか?」

「思わないですけど」

「だろ?ああ、そういえばお前にはとんでもない化物から助けて貰った恩があったな。そんなお前に対して、俺は何も返さない程恩知らずじゃない。それに俺は謹慎組だからな」

「……隊長、言葉が遠回りすぎてよく分からないです」

紬はため息を一つ付いて、八城の考えを読み言葉を付け加える。

「八城君はこう言ってる。都合の悪い事は上層部に報告しない。悪い事をしたら止める。八城君は最強だから、誰にも負けないから、むしろ桜の方が心配」

「別に桜は心配してないけど、まぁそんな感じだ。お前にはツインズで世話になったからな、お前の妹ぐらいはこっちで何とかしてやるよ」

「隊長!」

「泣くなよ、面倒くせえ……とりあえずお前らは先に行け、多分第一バリケード手前で、訓練生の二人は待ちぼうけしてるぞ」

「八城君気を付けて」

「隊長先に待ってます」

八城は二人の背中を見届けると一つ声を上げた。

「お前の姉が心配してるぞ?」

訓練場後ろのロッカーがカタリと鳴り、その中から桃が這い出て来た。

「ねぇ、あんた性格悪いってよく言われるでしょ?」

「性格の悪い奴からはよく言われるな、で?お前は何をやってるんだ?かくれんぼか?」

「やめてくれない、これでも私落ち込んでるの。お姉ちゃんに迷惑掛けたし、多分失望された」

「なら早いとこ追いついて、安心させてやればいいんじゃないのか?」

「何それ、まだ私を疑ってるって事?」

心底不愉快だと視線を落とす。

「違う、疑ってるのは俺じゃない。」

八城は最初から誰一人疑ってなどいない。

「じゃあ誰が疑ってるのよ?」

ここに至って隠す事も意味を成さない。

だから八城は隠れている桃に対して意図的に内情を聞かせたのだ。

万が一、桃が裏切っていた場合、動けなくさせるために。

次の言葉は桃が仮に裏切り者であるなら、行動は大きく制限される事になるだろう。

「常駐隊隊長、善だよ。お前を疑ってる」

この作戦、つまりバリケード外に出て協力者を炙り出す作戦を考えたのは善に他ならない。

そしてその第一候補として挙げられたのが真壁桃だった。

「善さんが私を?」

「おい待て。聞き捨てならないな。何で俺はさん付けしないのか詳しい理由が聞きたいんだけど?」

「はぁ?むしろなんで謹慎中のあんたに敬語を使わないといけないよ!」

確かにその言葉は的を射ている。

謹慎中の八城は、隊長はなく、ましてやシングルNo.でもない。

全ての資格と権利を剥奪された、ただの東雲八城なのである。

「いや、その年上?的な?」

「善さんとあんたを一緒にしたくないわ。そもそもあんたが善さんの上に立ってたっていうのも謎だし。それにさっき聞いてたけど?私をなんとかするって何?笑っちゃうわ」

「おまっ!そういうのは本人の前で普通は言わないだろ!」

「先に言ったのはアンタの方でしょ!それにまあ、アンタがお姉ちゃんに勝ったなんて、正直まだ信じられないけど、あんたは私を信用してるって事で良いのよね?」

桃は現在16歳、紬と同い年だ。

そんな年端もいかない少女が疑いの対象になっている。

年相応に不安に潰されそうになっているに違いない。

「信用とは違う。俺はお前にこう言ってるんだよ、お前は疑われてる。疑われている立場のお前が下手な動きをすればすぐさま周りに知れ渡る。だからもし万が一お前が裏切り者であるなら、今動けばお前の立場が危うくなる。だから今は動くなって事だ」

「あんたそれって……」

「だから言ってんだろ?俺は今ただの東雲八城なんだよ。上への報告義務は無い。お前が悪さをしようとするなら勿論止めるけど、それ以上を追求するつもりは無い」

「それって私にとっては、良い事尽くめね、気持ち悪い」

「都合が良い事なら、都合が悪いよりいいんじゃないのか?」

「あんたの事を知らない私としては気持ち悪い限りだけど?」

「それは我慢してもらうしかないだろうな」

「なにそれ」

桃は言葉程悪い気分ではないのか、口元を少し手で覆いコロコロと笑ってみせる。

「まぁでも、あんたは周りの大人と少し違うのね」

「何言ってんだ?俺は立派な20歳児だぞ、食べ盛りの伸び盛りだからな、永遠に子供だ」

「何よそれ、でもまあいいわ……大人しくあんたに付いて行けばいいんでしょ?」

「そういうことだ。今頃あいつらも出発してるだろうからな、急いで追いつかなけりゃいけないだろ。まぁでもあの三人の中でお前が一番強いんだよな?」

「何言ってんのよ、当たり前でしょ」

「ちなみに一番遅かった組が、量販店の物資を111番街区まで運ばなけりゃいけないんだけど、俺達には丁度いいハンデだよな?」

「それを先に言いなさいよ!」

「じゃあ行くか、楽しい課外活動だ。」

走り出した八城の後ろを劣らない体力の桃が付く。

二人が向かうは幕張舟溜跡公園目の前にある量販店だ。

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