第70話 罪注1

麗は柏木に律儀にも敬礼を返し、桜もそれに習い敬礼を返す

だがその他の三人はそうではない

今にも噛み付きそうな時雨に、何もやる気の無い八城。

そして無気力を露わにしている紬は、柏木という存在をただの通行人ぐらいの気安さで迎え入れた。

柏木は形式上で二人に敬礼を返し和やかに笑う

「元気そうじゃないか八城」

「ゲロ吐く程熱いのと、プライベートが無いのと、自分の所の女の隊員の便所の音を聞くのと、自分の音を聞かせるのを考えなければ、まぁ概ね元気だよ。」

寝転がったまま悪態を付く八城に麗は驚愕する

「やっ八城!失礼よ!起きなさい!」

麗の言葉を無視して、八城は全く起き上がろうとせず、代わりに顔を背ける始末だ。

その態度に対しても柏木はいつも通りといった様子で平然と微笑んでいた。

「ああ、構わないよ。私と八城の仲だ。」

「で?そろそろ出られるのか?」

八城は柏木に背を向け問いかける。

「八城含む八番隊が回廊から出る事。それ自体は可能だ…ただね、八番隊…いや…八城はそうはいかないんだ。」

柏木の含みのある言い方と、身の憶えのある八城の行動は一つの結論を導き出す事が出来る。

重篤な中央に関する問題を起こした者。

住人や番街区を故意に危険に晒したもの。

殺人を犯した者。

それらを含め、上位No.半数を超えた決議が行われた場合

一つの処分が可決される。

即ち…

「俺も、中央を追放されるのか?」

「まあ、そう言う意見が出なかった訳ではないんだ。君が野火止一華と深い関係にあった事を知る人物は少なからずこの中央にも居る訳だからね。」

諦め半分の八城とは裏腹に、時雨は聞き捨てならないと格子を叩いた。

「って事は何か!うちの大将は、中央を守るだけ守らされて、ポイッてかよ!」

「事の発端が野火止一華を起点にしているのは僕も分かっているよ。89作戦、多山大39作戦、ツインズ挟撃作戦。八城くんの活躍は数えれば切りがないね。でも君一人が活躍したところで、事の大局は揺るぎもしない、揺るぎもしないから結局、誰も気が付かないんだよ。」

柏木の言う事は最もだ。気付かないという事はその史実は無かった事になる。

「でも!隊長が居なければその大局も揺らいでいましたよ!」

桜は我慢なら無いと格子に詰め寄りそれは違うと叫ぶが、桜の反論などこの場所でも最も人の生死を見て来た柏木には分かっていた。

分かっている、今の中央が八城の少なくない尽力の元でバランスを保っている事は…

「そうだね、桜君の言う通りだよ。きっと八城が居なければ事は大きく揺らいだ筈だ。それも悪い方向に。だけどね、人は良い情報しか聞きたくない生き物なんだ。そして逆に悪い知らせには敏感な生き物なんだよ。」

「柏木が何を言いたいのか分からない。」

紬は柏木の的を射ない言葉にそう吐き捨てた。

「うん…つまり結果だけで言うならば、今現在八城を含めた君達八番隊を解体…つまりは凍結処理を望む声が上がり始めているんだ。もちろん隊長である八城には更に重い罰を下す必要が出て来る訳だけどね。」

その言葉を聞いた瞬間最も反応したのは紬だった。

寝台を思いきり殴りつけ苛立ちを露わにした。

「いつもそう!中央は!私達を助けない!」

「落ち着け紬…布団は何も悪い事してないだろ。で?その罰の内容が決まったからここに来たのか?」

「結局はそう言う事になるね、八番隊は凍結、問題を起こした時雨君は謹慎処分が妥当だろうね。その間は紬と桜君がペアにて仮設十番隊で動いてもらう事になる。まあそれで八城の処遇なんだけれど…これがかなり厳しい物になる。」

柏木は渋い顔を見せて無精髭の生えた顎を擦る。

「つまり俺はクビか?」

その一言で牢内に居る三人が息を吞む。

「柏木は八城君が大切じゃないの?」

紬の声は何処か期待を込める様でもあり、ねだる様な声色でもある。

「僕、個人としては八城が大切だよ。」

優しい声音はその願いを期待させる。

「なら何故?」

紬のその淡い期待は一間の猶予も無く切り捨てられた

「でも僕は中央の代表としてここに居るんだ。代表は決定を下さなければならない。そして今、八城の事で、僕が目を瞑ってあげられる範囲を大きく超えてしまった。」

「それがあんたの命令を聞いた結果こうなっているとしてもか?」

それは八九作戦時柏木からの命令により、八城が単身隊を抜け結果として隊を全滅させてしまったという事柄に始まる。

「その通りだよ。」

だが柏木はその言葉を斬って捨てた。

「確かに合理的な判断だ。あんたが居なくなるよりは俺が一人、首を切られた方が中央への負担が遥かに少ないからな」

「そういう事になるね。」

その決定は得てして全員の反感を買う。

「ちょっと!ちょっと待って下さい!何で隊長はそんな事を言われて納得できるんですか!」

勢い良く立ち上がった桜を制するように麗は言い聞かせる。

「だから言っているでしょ?隊長っていうのは隊員を守るのが仕事なの。それは私も。そして…こいつも同じ筈よ。」

「じゃあつまり…」

「そういうことだね、ここまでの話しは八城が言い出した事だね。」

「大将!てめえはまた!」

紬、桜、時雨は同じ思いだった。

また、八城一人に行かせてしまった。

だが何より時雨のプライドを傷つけたのは自身の行いを八城に知らず庇われていた事だ。

「何でだ!私を切り捨てりゃいいだろうが!」

だから時雨は声を荒げずにはいられない。

これでは助けられた恩人に恩を仇で返すと同義だからだ。

「ここで騒ぎ立ててる奴らが一番欲しい物は何だと思う?正解はこれだ」

八城が指差したのは自分の喉元。

つまりは自分の首の事だ。

「お前がいくら自分の責任として騒ぎ立てたとしても、そいつらにとって重要なのはお前の処遇じゃない。仮に騒ぎ立てたとしても言及されるのは結局のところ俺の方だ。」

だがそれでも時雨は納得のいかない事なのか八城に言い募った。

「ならお前から徽章ごと奪った事にすりゃいいだろ!何も大将が私の事までケツ持ちする必要があるのかよ!」

「それも無意味だ、徽章の事で言い逃れ出来たとしても別件で俺に問題を問われる。事ここにて小細工を労した所で、イタチごっこになるだけだ。それにな…」

八城は何処か諦めたように、今の状況に嘲笑する。

「何時か俺がこうなる事は目に見えてたんだよ。今回がたまたまお前の行動が起因しただけで、誰の行動であれ俺はこの中央から追い出される事は分かってた。」

「何で…何で言わなかった!」

「知ってれば、もっと上手く立ち回れたのか?」

半笑いの八城の胸ぐらを上から掴み、責め立てていた筈の時雨だが、二の句が次ぐ事が出来なかった。

「そもそも、お前をあの番街区で助けた時…もっと言うならお前を八番隊に入れた時からお前の魅力的なケツもちまでする事を決めて助けたんだ。今更そんな事聞いてませんでしたは、通らないだろ?」

八城はこう言っているのだ。

隊長として、隊員を助けるのは当たり前だ。

八城はその覚悟をして時雨を隊員として迎え入れた。

だから八城は時雨に尋ねる。

「時雨お前は隊員として助けられる覚悟を持っているのか?」

言葉として問いかけられた訳ではない。だがそれは時雨に痛い程身に沁みる無言の言葉だったに違いない。

常駐隊直所の隊長は逃げ、一人居住区に残り、その小さな背に住人を庇いながら戦っていた時雨にとって嬉しくもあり、そして自身の不甲斐なさを知らしめられた。

そしてそれは他二人にとっても同じ事だ。

声に出来る言葉など八番隊の面々が持つ筈も無く空虚な時間だけが過ぎていく。

「でもね、一つ勘違いしてもらっては困るんだよ。」

柏木はそう切り出した。

「僕はね、優秀な人材を手放す様な愚行を繰り返すつもりはない。君達が隊を作ったこの短い間に様々な結果を残してくれた事は知っている。だが君達…特に八城を毛嫌いする奴らに、君達が行った功績を足し算する頭は無いんだ。だから誰かが教えてやらなければいけない。だけど八城がその間ここに居られると多少面倒な事になる。だけど君の様な人材を遊ばせておくわけにもいかない。」

柏木は一呼吸置く様にその無精髭を撫でる。

そして次の一言が波乱の幕開けとなる。

「だからね、八城。最終的な決定だけを話すならこうだ。まず八番隊は凍結。そして仮設十番隊の隊長に紬、そして隊員として桜君を付ける。次に時雨君の処遇だけど…君は降格、常駐隊に移ってもらう事になる。そして八城。君には111番街区に時雨君と共に訓練生の指導に当たってもらう。並びに仮設十番隊に任務を与える。君達は111番街区に併設されている研究所の警備に当たってくれるかな。」

檻の中の面々は困惑を露わに、何が言いたいのか分からないと言った表情を作っている。

話に追いついてない八番隊に麗がため息を着いた。

「つまりあんた達は中央の熱りが冷めるまで111番街で警備と訓練生の指導をしてればいいの!分かった?」

麗が随分と手を回してくれたのだろう。

恥ずかし気にソッポを向く麗は耳まで真っ赤に染まっていた。

「ありがとう麗。」

「最初から分かり易く言いやがれってんだ。」

思い思いに言葉を発していく中で一人絶望的に頭を抱えている人物が居た。

「仮設十番隊?私が?紬さんの下で?働く?…何で?」

誰でもない桜だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る