第71話 罪注2

夕暮れを前に八番隊は長く連れ添った回廊から解放され柏木を含めた麗、八番隊は全員で教会の前に集まっていた。

柏木が代表として孤児院の扉を叩く。

すると慌てた様に奥から人の気配が近づきその扉を開け放った。

「やあマリア君、一番隊の凍結処理以来だね」

「あらあら、柏木議長お久しぶりです」

笑顔で挨拶を交わす二人ではあるが、元々一番隊に所属していたマリアは、柏木から一番隊が凍結処理された事に関して少しのわだかまりもなかった…訳ではない。

しかしながら、一番隊隊長である野火止一華の暴走によって一番隊隊員に被害が出ていなかったのかと言われればそうではない。

何より野火止一華の暴走が一番隊を凍結するに妥当だと、一番隊隊員だったマリアが納得してしまう程の出来事だった事が元一番隊員の反抗を抑止しているとも言える。

「しかし珍しいですね?柏木さんがこの場所に足を運んで下さるなんて」

「今日は中央では出来ない秘密の話をしようと思ってね。そうなるとマリア君も居てくれた方が、何かと都合がいいんだよ」

「あらあら、そうなんですね。ここで立ち話もなんですから皆さん中にお入りになって下さい」

マリアはそっと扉の前から退くと、全員を奥へ招き入れる。

柏木はいつも貼付けている笑顔を子供達に振りまきながら協会内へ入って行く。八番隊と麗もそれに続き教会へ入って行った。

八城率いる八番隊にとっては、久しぶりの我が家だ。

各々が席に付き、唯一電源供給の来ている冷蔵庫から冷えた麦茶が全員に振る舞われた。

「さてこれから話をするのは一年と少し前……追放した野火止一華の事柄に関することだね」

いつもならたわいもない世間話から会話を始める柏木にしては珍しく、単刀直入な言い方をする。

「待て柏木、何で今一華に関する事が話題に上がるんだ?」

「うんそうだね、それも順を追って説明するよ」

柏木は麦茶を半分程飲み、息を一つ。

「まず八城達、八番隊が先日テルと……この言い方だと混同してしまうね、僕のお墨付きを渡したテルと出会ったと報告を受けてね。そしてツインズ撃退の最中、八番隊…という言い方は相応しくない。紬は五番街区常駐隊隊長である雨竜と行動を共にしていた。ここまでの情報に差異はないね?」

紬は良の名前が出た途端に気まずそうに目を逸らす。

「雨竜良はテルと共に前々から野火止一華に関する情報を探っていたんだよ。二人はその道中、今この中央で起こっている奇妙な出来事を見つけ出したんだよ」

「奇妙な事ですか?」

桜は考え込み、う〜んと、唸り声を上げるが、その答えは良と行動を共にしてた紬によってすぐさま答えられた。

「東京中央番街区内で、研究員が居なくなっている」

「紬の言う通り、研究員の失踪に関してテルと良は一つの憶測をしていたんだ」

八城は思考を巡らせる。そして一つの結論が頭を掠めた。

「それは最悪だな……」

「ああ、最悪だ」

八城、マリア、柏木の三人は険しい表情のまま考え込む。

だが紬を始めとした他の四人は何が問題なのか分かっていなかった。

「え?え?どういうことですか?」

「考えてみて欲しい。今現在、雪月花の三本は何処と何処にあるのか。そして仮に研究員が奴らの手ではなく人の手によって引き抜かれていたとしたらどうだろう?多分その引き抜き行為をしてる人物には、東京中央又はそれに準ずる規模の後ろ盾が有る可能性が高い。そして何故今になって東京中央内で野火止一華という脅威が現れたのか?そしてその理由によっては、この中央全体の脅威になりうるわけなんだよ」

「野火止一華の後ろ盾としてどっかの中央が付いた可能性があるつうのは分かった。だがよ、一体それの何が問題になるっつうんだよ?」

時雨は紙コップの淵を齧りながら聞き返す。

「話はそう単純じゃない。お前ら中央協定は知ってるよな?」

「はい、西武、東京、横須賀の三つが参加して、有事の際はお互いを助け合う協定ですよね?」

「それは半分正解だけど、正解半分は不正解ね」

会話に割って入った麗も事の深刻さをようやく理解できた様子だ。

「協定はそもそもの始まりが、お互いの物資の枯渇を防ぐ為の協定なのよ。今この中央から提供されてる物資って何か分かしら?」

「ええ?食べ物とかですか?」

麗は残念そうな物を見る目で、桜を見つめた。

「研究よ。西武は食料。横須賀は武器。そして東京は研究。それぞれの役割で三分割されているわけ。じゃあそこから研究員が持って行かれていたらどうなると思う?」

「大変な事になると思います!」

「そうね、大変な事になるわね」

麗は本気で心配そうに桜を見たあと一つため息を零した。

「桜、喋らないで。馬鹿がバレる」

その一言に麦茶を含んでいた時雨が吹き出した。

「な!何ですかその反応!私馬鹿じゃないですよ!ねえ私は馬鹿じゃないですよね隊長?」

「お前は馬鹿じゃない。少し頭が足りないだけだ。だから少し静かにしてくれ。」

桜は蚊帳の外にされ、静々と席に戻って行った。

「で?柏木は謹慎中の俺達にどうしろって言うんだ?」

「まずは聞きたいんだけどね、八城とマリア君は、今の話を聞いて率直にどう思った?」

八城とマリアは数瞬顔を見合わせ一言

「彼女らしくないと思いました」

「アイツらしくないと思う」

二人の言葉に柏木も頷いた。

「その通り、今の行動は野火止一華らしくない。共に過ごした時間が薄い私ですら、そう思う。だとしても、らしくない事をしていたとしても、ただ一つだけ野火止一華をこの中央に寄せ付ける理由が僕はある気がしてならないんだよ」

柏木は、今は何も無い八城の右腰と八城を見る。

「あんたのジョークはいつも笑えないな」

「僕はこれでもコメディアンの素質があると思っているんだけどね」

柏木の視線が縫いとめたのは、誰でもない東雲八城だ。

野火止一華は八城へ雪光と鬼神薬を残しこの中央を追放処分にされた。

そして前回のツインズの襲撃と、目撃証言から野火止一華が中央に戻って来ている可能性が浮上した。

八城は思考のテーブルに積まれた情報を整理し苦笑いを浮べる。

「その自己評価を改めた方がいいな、こんな夏場でも、薄ら寒くて仕方ない」

八城がそう言って席を立とうとするのをマリアはやんわりと押しとどめた。

「本題としてはここからなんだけれど、正直研究員が行方不明になっている件と野火止一華との関わりは今のところ不明なんだ。でも間違いなく今この東京中央並びに番街区内の何処かに、野火止一華が居ると僕は思っている」

「確かにな、やってない事まであいつのせいにしても仕方ないからな。」

「野火止一華と研究員引き抜きの関わりが不明な以上、僕は野火止一華は中央の敵だと考えている。」

八城は柏木の考えに賛同する。確かに楽観するよりか余程いい。

「そして野火止一華を止めるなら僕が今知る限りの戦力では、君が一番の適任だと考えるんだよ」

「おいおい!ちょっと待ってくれ!俺は謹慎中だぞ!?そんな人間を野火止一華との同窓会に参加させようもんなら、また他の人間からまた騒ぎ立てられるんじゃないのか?」

「だから僕は野火止一華を敵と考えているんだよ。つまり八城。君は同窓会に参加したんじゃない。君は同窓会、会場に最初から居たことになる」

重要なのは対処ではない。偶然を装った遭遇であれば、他の隊員にも示しが付く。

「それが111番街区だっていうのか?」

「他の番街区で引き抜かれていない番街区は66番街区、3333番街区そして君達がこれから行く111番街区だ。111番街区以外の研究所には他40名規模の隊員を別作戦にて送ってある。この意味が分かるね?」

その柏木の言葉には一つの意味が込められている。

計八十名の隊員を他二つの研究を請け負う番街区に送った。

そして八城含めた四名は、謹慎という名目の元111番街区に送られる。

此れは他番街区に比べ余りにも少なすぎる。敵にしてみれば狙い目も良い所だろう。

「柏木お前、111番街区を蟻地獄にしたな?」

つまりは111番街区を手薄にして敵をおびき寄せる、ということだ。

「そう捉えられても仕方ないね。ちなみに111番街区に遠征隊として送るのは仮設十番隊のみだ。今は他の隊員が他二つの番街区に出払っているからね」

柏木は悪びれも無い笑顔で答える。

だがそれを聞いて黙っていない人物が、机を大きく叩いた。

「待って下さい!一華の相手をするのに何故八城君達だけ送られるんですか!」

マリアは翡翠の瞳を大きく見開き柏木に詰め寄る。

「八城と共に行動できる人間には限りが有るんだよ、彼の持つ武器もさる事ながら彼自身も機密対象だ」

「なら私が行きます!私は八城君の事を知っています!私が一華を止めます!」

「君を含む一番隊員は凍結中だ、もし君がこの中央から動けば、僕が批難されかねない」

「貴方は自分の立場と人の命、どちらが大事なんですか!」

掴み掛かろうとするマリアを時雨と桜で羽交い締めにして柏木から引き離す。

「僕はね、僕一人の命と他の一人の命で考えるのなら喜んでこの命を差し出すよ。でもね」

そう言って柏木はマリアを真っ直ぐに見て立ち上がる。

譲れない。

柏木も、この四年間を凡庸に生き抜いて来た訳ではない。

だから譲れないのだ。多くの犠牲の元でこの中央を存続させるために。

「僕の命は、中央という機構に、人を繋ぎ止め、そして回すための心臓なんだよ。僕が不具合を起こせば、中央はその根本から揺らぎかねない。僕は僕自身が大切ではないけれど、こうなった世界で人の命を繋ぎ止めるためなら僕は僕の立場も利用するよ」

マリアが柄にも無く柏木を睨み、柏木もその瞳を真っ直ぐに見つめ返していた。

「二人とも一旦落ち着けよ」

八城は険悪な雰囲気を気にも止めず悠々と麦茶を飲む。

「お前らが言い合った所で結局誰かが研究員を引き抜きに来るなら、誰かがそれを止めないと行けないんだろ?どうせ俺は謹慎中の身だ、成功の有無は関係ないんだろ?」

「君の仕事は訓練生の教官だよ。それ以上を望むつもりはない。ただし仮設十番隊は別だけれどね」

「つまり、今回の作戦で仮に失敗しても罰せられるのは紬って事か」

「そうだね、仮設十番隊は今回最も危険な任務になる可能性があることは認めよう」

柏木の言葉は脅しに近い。

つまり柏木はこう言いたいのだ。

元八番隊の同じ隊の隊員が、力不足で死んでしまっても八城のせいではない。

昔からの知り合いを助けられるが、助けなくてもいい。

そして今回の事柄に野火止一華が関わっていた場合、矢面に立って戦う事なるのは仮設十番隊の紬と桜ということになる。

そして今現在の仮設十番隊の二人が、野火止一華と戦った場合まず間違いなく二人は何も出来ずに殺されるだろう。

「お前昔より随分やり方がえげつないんじゃないの?」

「僕は昔からこんな感じだった筈だよ」

「それで人が付いてくると思っているのなら大きな間違いだぞ、柏木」

「一人を連れて行くのなら今の方法は間違っているのかもしれないね、だけど僕が連れているのは中央だ。一人の意思では全体を守れないんだよ」

「お前……」

一見非情に聞こえる柏木に言葉だが、長い付き合いの八城には分かってしまった。

一人の意思では救えない……

その一人に柏木自身も含まれている事に。

それはつまり、全体の為なら自身ですら切り捨てるという事だ。

「言っているだろ?僕は、僕自身がもう大切じゃない。この中央に住む人々の暮らしを守るのが、今僕に求められている役割なんだよ。」

そして柏木は尋ねる。

「君は?八城はどうなんだい」

「俺か?俺は……」

八城は言葉につまりかと言って柏木を見る事も出来ない。

そんな八城の様子を見て柏木は薄く微笑んだ。

「うん、八城君は個が強いんだろうね。君は色々な個と交わって、すれ違って分かち合ったんだ。君はそのままでいい。君がそのままで居てくれるから僕はまだここでこうして生きている。君が個を叫ぶ事が、僕をまだ人で居させてくれるんだろうね」

「柏木あんた……」

「八城も知っての通り、僕の娘がもそして妻も、この世に居ない。僕だけだが惨めったらしくここで今も生き残っている。僕はあの時から個を失ったんだよ。だけど、いや……だからこそ僕は、今はこの東京中央のためにこの命を捧げるよ」

「随分と壊れた理性もあったもんだな」

「感情と理性が鬩ぎあっている事が健康であるなら、僕は随分と不健康だろうね」

「なら早めに健康診断に行って来い」

「これはもう治らないからね、諦めているよ」

「そうかい、なら精々死なない様にな」

八城は見ていられない柏木の横顔から目を逸らす。

「うん、では本題に戻ろうか?八城含めた謹慎組は表向きに訓練生の指導、手が空けば仮設十番隊の補佐をしてくれたらいいかな」

「てぇことは何か?そりゃいつもとかわらねぇって事じゃねぇか」

時雨の茶化しに麗が言葉を重ねた。

「それは違うわね。貴方達は擬似的ではあるけれど階級が変わるわ」

「あぁ?」

時雨が睨みを利かし麗もそれに睨み返す。

「貴方本当に野蛮ね、私一応隊長なんだけど?」

「八番隊の方針は感情の赴くままになんでね!」

「誰がそんな事言ってんだよ!変な誤解を生むだろうが!悪いな、話を続けてくれ麗」

ガルルと威嚇する時雨を押しのけ八城は麗に頭を下げた。

「ふん、八城に免じて許してあげるわ。で、話を戻すけど。凍結された八番隊は八城とその野蛮な女の二人だけになるわ。そしてそのまま凍結処理。つまりは遠征隊を名乗る事は出来ないって訳。貴方達は階級が全体的に二段程下がる。つまり結論だけ言うのであれば、紬の階級が八城より上になる」

「ちょっと待って麗、八城君より上?」

「そうよ紬。そして貴方には十番隊の隊長として隊を動かす権限が与えられるわ」

「そんな権限は要らない。私は八城君の隊に居る」

「紬、それは出来ないの。今の八城は普通の犯罪者と同じ扱い。大々的にそれをしたら今度こそ八城は追放処分を受ける事になるわよ」

「それは……困る」

「つまり俺と紬は無関係。たまたま同じ場所に転勤になった顔なじみの元同僚って扱いでいいんだろ?」

「つまりはそういうことだね。だけど八城もう一つ大切な事を言い忘れていた。雪光は今回持って行けないからね」

予想していなかったわけではない。

ただそう、八城の中に多少の動揺はあった。

「そういうことかよ……」

「済まないね」

麗を含めた時雨と桜以外はその八城の横顔を痛々しく見つめていた。

八城にとって雪光は唯一八番たらしめる武装である。

だが考えれば直に分かる事だ。雪光は重要な武器。八番を凍結された八城にそれを振るう権利はない。

そしてもう一つ、相手方には一華が居る可能性がある。一華が居る可能性が有るという事は三シリーズの性能が相手方に知れ渡っている可能性が有るという事だ。

狙って来る敵が「奴ら」ならいざ知らず、相手が人間となると話は別だろう。

「謹慎中の奴が武器持って行くのもおかしな話だもんな」

「そういうことだね」

「で?何時出発すりゃいい?」

「ああ、そうだねぇ」

柏木は身につけている腕時計を確認する。

「うん、じゃあ話も終わったし、今から行ってもらおうかな?」

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