第65話 一目

「おい化け物!俺ばっかりに気をとられてると痛い目に遭うぞ。」

八城は相手の目配せの通り、その範囲から飛び退いた。

「大将は久しぶりに会うといつも怪我ばっかしてんなぁ」

「私たちが遅れたせいですよ!すみません隊長!」

言い争いをする声が今はどれだけ頼もしいか分からない。

「時間通りだ!頼む!」

「了解!」

「です!」

その言葉と同時に時雨は大食の姉の膝の裏を散弾銃で撃ち。

桜は体勢の崩れた大食の姉に雪光を抜き放ち八城の刀を持つ左腕を難なく切り飛ばした。

耳をつんざくような絶叫が大食の姉から発せられた。

左腕は重力に従い、芝の上を転がり落ちていく。

時雨と桜は八城を庇う様に前に並ぶ。

「おいおい、何でこいつが大将の刀を持ってんだよ。大将がプレゼントしてやったのか?」

「どうしても欲しいて言うからな」

こんな時まで冗談を言える時雨は頭がやはり何処かおかしいに違いない。

だが、その冗談に笑ってしまう八城も何処かおかしいのだろう。

「それは私が欲しいので貰っちゃいますね。隊長には、はい!こっちの方が良く似合いますよ」

桜は三刀ある刀の一本。雪光を八城に渡して来た。

渡された雪光の刀身は、三割程が黒く染まっている。

「どうだったこいつの使い心地は?」

「怖いぐらい切れるので、切ってる心地がしないのであんまり楽しくないです」

「お前かなりイカレてるのな」

「隊長程じゃないですけどねっと!来ますよ!」

桜は拾い上げた刀を正眼に構える。

時雨も散弾銃を肩に担ぎその相手を見る。

大食の姉は左腕を切り飛ばされ再生を始めない身体に戸惑っていた。

どうして。

なぜ?

胸や脇腹に付けられた傷と同じ。

どうする。

大食の姉の判断は早かった。

なんと大食の姉は切り飛ばされた患部に自身の刃を当てそのまま、患部ごと切り飛ばしたのだ。

「気持ちわりいな。」

その光景に時雨が悪態を付く。

だがそれは八城も桜も同感だった。化け物が化け物たる所以がそこにはあった。

そして大食の姉の再生が始まる。

盛り上がる様に肉が蠢き、そこからやがて腕が形作られていく。

二〇秒と経たずその変化は終わりを迎え何事も無かったかのように大食の姉はその場に佇んでいた。

ケタケタと鳴き声が響く。

ようやくここからだ。

「桜も時雨もまだ動けるか?」

「隊長よりかは疲れてませんよ。」

「同じくだ。」

八城には決めていた事がある。あの孤児院で二人は八城に求めた。

それは対等な存在としてみる事を。

そして八城は五番街区で二人に求めた。

二人を対当の存在と見る為に。

二人は応えた。

なら八城も二人の問いに応える必要がある。

「なら後ろは任せた。」

それは不器用な八城なりの答え方。

だから二人はその顔を見合わせた。「強さを証明しろ」八城の言葉の意味をここで果たす為に。

「「了解」」

二人もそれに気付く様に笑い合う。

やっぱり俺にはこいつらが丁度いい。

八城は雪光を手に前に出る。

「お前達は好きに暴れろ!俺もそうする」

作戦ではない。

だがその言葉はどんな命令より二人には分かりやすかった。

八城が前に、二人は左右から回り込む。

八城の一刀をその凶刃で受け止めた。

大食の姉は理解した。今までと何かが違う。

だが大食の姉はその何かが理解できない。

来る。大食の姉が見切った刃を防御に回す。

八城からの一刀を弾き返し右からくる時雨を振り抜いた凶刃で牽制。

右から来る桜の刃を腕で受け止めようとして出来なかった。

「雪光」桜が握っていた刀の名前。

何時取り替えた?分からない…

何が起こっている?分からない…

大食の姉が警戒すべきはその刀ただ一本。

白く濁り所々に黒をちりばめた一刀。

桜は手に持った雪光で大食の姉の手のひらを薄く切り、後退。三人はまた大食の姉の前に並び立つ。

大食の姉は吠えた。

訳が分からない痛み。

殺せない敵。

混乱。

その全てが混ざりそして乱れる。

再生を阻害されている切り口を、自らのブレードで切り落とし、新たな腕を生やす。

並び立つ三人の中で一番早く出たのは時雨、それに続き八城。

最後に桜が正面から大食の姉の間合いに入る。

時雨は難なくその刃を刀に打ち付けそのまま刀を手放す。

「私はこっちの方が得意なんだよ!」

最後の弾を込めた散弾銃を大食の姉の顔面に撃ち放つ。

だが大食の姉が優先すべきは目の前。

回り込んでいる分、八城の方が若干遅い。

ならば

そう思考凶刃を構える。

一人殺せば押し切れる。

そんな単純な思考は大食の姉にその構えを取らせた

最も敵を葬るのに適した形。その技の型を

納刀するような姿勢。

数瞬の静寂の後風切り音が桜を撫でた。

居合い。

抜刀。

それは大食の姉の中で最も殺す事に適した一太刀。

「それは知ってますよ!」

桜は孤児院での八城の一太刀を思い返す。

雪光を抜き放ち、刀ごと断ち切られた記憶。

あれは私を殺していた間違いなく己の命を奪うに足る一刀。

きっと雪光と同じ刀でも、その純粋な技によって弾き飛ばされていた。

だから同じ失敗だけは…もう一度その技で敗れてなるものか。

「へへっ、そんなに私の刀が気になりますか?」

桜は大食の姉が、抜刀した刃を剣先から滑らせ全ての勢いを全て相殺してみせた。

それはギリギリの、まさに神業と言って差し支えない。

何故なら桜が持っている刀は先までの通常の量産刃。下手をすれば、凄まじい膂力でそのまま半ばで断ち切られていてもおかしくない。

大食の姉はすぐさま別の殺気に振り返る。

だが遅かった。

見えたのは剣線。

白く棚引く一筋の光は大食の姉を撫でた後。

八城はその時には刀を振り抜き、最後の納刀を終えていた。

大食の姉の胸に一本の亀裂が走る。

それは消えぬ一文字と重なる様に、十字の傷となる。

大食の姉が膝を着く。

同時に雪光もその刀身の殆どが黒く染め上げられてしまった。

「大将、女に十字傷とは!さてはドSだな?」

「こっ怖かったですぅ…」

時雨も桜も凶刃の間合いから逃れるように後退し短息を付く。

しかし、未だに倒すに至らない。

だが大食の姉はその場から動こうととはしない。

ケタケタとい笑い声の様な鳴き声が大きく響く。

するとそれに伴い大きな影が丘に落ちて来る。

「おいおい!嘘だろ!」

現れたのは無食の妹。

妹は此方に見向きもせず姉をまたもや無数の触手で絡めとる。

刀は黒く染まり、使用限界を迎え使い物にならない。

通常の刀では致命傷を与える事も難しい。

下手に刺激してこの上戦闘になる事になれば、不利になるのは間違いなく此方側だろう。

「大将りゃあ一体……」

「翼?ですか?」

八城が思考に耽った刹那、その変化は二人の表情を曇らせるに足る結果を見せ付ける。

それは桜の言う通り翼だった。

どうやってあの化け物姉妹が移動しているのかは疑問であった。

そしてその答えは妹にあった訳だ。

妹はブヨブヨした身体を大きく変化させ、それはやがて二〇メートル程の翼になった。

それをの場で展開し、その身体に大食の姉を取り込み、そのまま大空高く飛び去って行く。

余りに突然の出来事に呆然とする一同だが、八城は微かに聞こえる荒い息づかいに現実に引っぱり戻された。

そう、それよりも八城の思考を焦らせる案件がまだ残っている。

八城はその場を走り建物へ向かって行く。

建物入り口付近うめき声で、八城はその場所が分かった。

「良さん!」

そこには弱り切った良の姿があった。

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